【冷たい墓石で鬼は泣く~弐~】
文字数 2,117文字
廃屋の中にささやかな火が灯る。
いつ頃まで人が住んでいたのかわからないが、少なくとも辺り一面にそこまでほこりが被っていない時点で、そう長い間人がいなかったということでもなさそうだ。
もしかしたら、旅の者たちが寝床として使っていたのかもしれない。現にここにいるふたりがそうしているのだから。
薄暗く、夜はもうすぐそこだった。お雉は火打ち石を使って、囲炉裏にくべられた薪に火をつける。とはいえ、雪降る夜の風は非常に冷たく、その風がボロ家の隙間から微かに入り込んで来るせいで、肌寒さはあるし、何よりついた火も何処か弱々しい。
お京は身体を震わす。手を合わせ息を吹き掛けて、少しでも冷たい身体に熱を送り込もうとする。と、お雉はその場にあったボロ布をお京の身体に掛けてやる。
「これ、汚いけど少しは寒さも紛れるだろうから」
「すまねぇだ」お京は震える頬をクシャっと歪めていう。「でも、これ……」
「うん。布団代わりにね、あたしが使ってたんだ。使い回しでごめんね」
「それは別にいいだ。でも、お雉さん、どうしてこんなところにいるだ? それに……」
そういってお京は口をつぐむ。何か触れてはいけないことに触れてしまうのを避けているような態度。が、お雉は朗らかな笑みを浮かべ、
「ここ最近、天気も良くないでしょ?食料にも少し余裕があったし、少しここで休んでたんだ。それとーー」お雉は少し間を開けてから再び口を開く。「この格好のこと、でしょ?」
少しばかり恥ずかしそうにお雉はいう。それもそうだろう。村で会った時のお雉は派手な格好をした夜鷹の姿だった。それが、髪は下ろしてうしろでまとめていはするモノの、今では武士のような姿をしているのだから。
お京が曖昧に頷くと、お雉は、
「それもそうだよね。でもね、あたし、本当のことをいうと武家の出身なんだ。剣術のほうはからっきしだけどね」
「そうだっただか……。でも……」お京はためらいがちになる。「……でも、何で御武家様の出なのに、夜鷹やってただ?」
その疑問は空気へ溶けて行くように、次第に小さくなっていった。が、お雉はそんなうしろめたさのある疑問に対して明るく答える。
「あぁ、いってなかったっけ。あたしの家、焼かれちゃったからさ」
「焼かれた!?」思いもかけないことばに、お京は驚きを隠せない。
「うん。あたしの家は下総は香取のほうでね。父上はちょっとした旗本のひとりだったんだ。だけど、ある日、盗賊連中の襲撃に遭ってね。それでみんな殺されちゃった。あたしと、生き別れた兄さんを残して、ね」
「お兄様?」
そのことばに、お雉はこれといって反応は見せなかった。まるで、そのことばを避けているかのように。お雉は口を開く。
「ねぇ、お京さんはどうしてここにいるの?良顕様は?」
その問いはお京にとってはあまり嬉しいモノでもなかったようだった。お京は何処となく悲しそうな目をしてうつむく。
「……村は出ただ。寺にも戻るつもりはね」
「どうして?」
今度はお京が曖昧に口ごもる番だった。だが、その様子はお雉のように気丈なモノではなく、むしろ悲しみを身に纏ったようだった。その内、お京の目は濡れ、肩は震え出す。
「おら、許せなかっただ……」
「……許せなかった?」
お京は頷く。
「そうだ。じさまのことが許せなかっただ。じさまな、昔盗賊の一番偉い人だったそうでな。それで……」涙がこぼれる。「それで桃川さんのお家さ焼き払ってしまったっていうだ!」
雪の降りしきる寒い夜に、お京のすすり泣く声が静かに響き渡る。お雉は若干の笑みを浮かべながらも、何処か寂しそうにうなだれている。
「そっか……」
「そうだ……。それで、じさまな。桃川さんのおっ父とおっ母を斬ったんだと。で、残ったのは桃川さんと妹だけなんだそうなんだ」
「……うん」お雉は自分の過去を思い出し振り返るように頷く。
「桃川さん、可哀想にそれから妹と生き別れになってひとりぼっちなんだそうだ。それが可哀想で、可哀想で……」
「……え?」
意外、といった表情がお雉の顔に刻まれる。まるで、お京はお雉がその件の『妹』であることを知らないかのように話すのが不思議で仕方がないといわんばかりだった。
「そっか……、じゃあアイツ、妹とは会えないでいるんだね……」とお雉。
「そうだ……。おら、桃川さんに謝らないといけねぇだ。じさまがあんなことして、桃川さんに迷惑掛けて。ずっとひとりぼっちで……。だから、おら、桃川さんの力になってあげてぇだ! 傍にいてあげてぇだ!」
力強くお京はいう。だが、そこには肝心な内容が抜け落ちていることに、お雉が気づかないはずがなかった。
桃川、あの村に流れ着いた侍。だが、その正体は盗賊『十二鬼面』の三代目『丑寅』であり、数多くの人の命を奪ってきた人殺しである、ということだ。つまり、存在としては良顕と何ら変わりない。むしろ、憐れむどころか、逆に軽蔑すべき相手なのもいうまでもない。
だが、お京はそこら返の事情は知らないようだった。とはいえ、知らないのであれば、知らないほうがいい話であるのもまた事実だった。
「そっか……」
お雉はひとり伏し目がちになって笑った。
【続く】
いつ頃まで人が住んでいたのかわからないが、少なくとも辺り一面にそこまでほこりが被っていない時点で、そう長い間人がいなかったということでもなさそうだ。
もしかしたら、旅の者たちが寝床として使っていたのかもしれない。現にここにいるふたりがそうしているのだから。
薄暗く、夜はもうすぐそこだった。お雉は火打ち石を使って、囲炉裏にくべられた薪に火をつける。とはいえ、雪降る夜の風は非常に冷たく、その風がボロ家の隙間から微かに入り込んで来るせいで、肌寒さはあるし、何よりついた火も何処か弱々しい。
お京は身体を震わす。手を合わせ息を吹き掛けて、少しでも冷たい身体に熱を送り込もうとする。と、お雉はその場にあったボロ布をお京の身体に掛けてやる。
「これ、汚いけど少しは寒さも紛れるだろうから」
「すまねぇだ」お京は震える頬をクシャっと歪めていう。「でも、これ……」
「うん。布団代わりにね、あたしが使ってたんだ。使い回しでごめんね」
「それは別にいいだ。でも、お雉さん、どうしてこんなところにいるだ? それに……」
そういってお京は口をつぐむ。何か触れてはいけないことに触れてしまうのを避けているような態度。が、お雉は朗らかな笑みを浮かべ、
「ここ最近、天気も良くないでしょ?食料にも少し余裕があったし、少しここで休んでたんだ。それとーー」お雉は少し間を開けてから再び口を開く。「この格好のこと、でしょ?」
少しばかり恥ずかしそうにお雉はいう。それもそうだろう。村で会った時のお雉は派手な格好をした夜鷹の姿だった。それが、髪は下ろしてうしろでまとめていはするモノの、今では武士のような姿をしているのだから。
お京が曖昧に頷くと、お雉は、
「それもそうだよね。でもね、あたし、本当のことをいうと武家の出身なんだ。剣術のほうはからっきしだけどね」
「そうだっただか……。でも……」お京はためらいがちになる。「……でも、何で御武家様の出なのに、夜鷹やってただ?」
その疑問は空気へ溶けて行くように、次第に小さくなっていった。が、お雉はそんなうしろめたさのある疑問に対して明るく答える。
「あぁ、いってなかったっけ。あたしの家、焼かれちゃったからさ」
「焼かれた!?」思いもかけないことばに、お京は驚きを隠せない。
「うん。あたしの家は下総は香取のほうでね。父上はちょっとした旗本のひとりだったんだ。だけど、ある日、盗賊連中の襲撃に遭ってね。それでみんな殺されちゃった。あたしと、生き別れた兄さんを残して、ね」
「お兄様?」
そのことばに、お雉はこれといって反応は見せなかった。まるで、そのことばを避けているかのように。お雉は口を開く。
「ねぇ、お京さんはどうしてここにいるの?良顕様は?」
その問いはお京にとってはあまり嬉しいモノでもなかったようだった。お京は何処となく悲しそうな目をしてうつむく。
「……村は出ただ。寺にも戻るつもりはね」
「どうして?」
今度はお京が曖昧に口ごもる番だった。だが、その様子はお雉のように気丈なモノではなく、むしろ悲しみを身に纏ったようだった。その内、お京の目は濡れ、肩は震え出す。
「おら、許せなかっただ……」
「……許せなかった?」
お京は頷く。
「そうだ。じさまのことが許せなかっただ。じさまな、昔盗賊の一番偉い人だったそうでな。それで……」涙がこぼれる。「それで桃川さんのお家さ焼き払ってしまったっていうだ!」
雪の降りしきる寒い夜に、お京のすすり泣く声が静かに響き渡る。お雉は若干の笑みを浮かべながらも、何処か寂しそうにうなだれている。
「そっか……」
「そうだ……。それで、じさまな。桃川さんのおっ父とおっ母を斬ったんだと。で、残ったのは桃川さんと妹だけなんだそうなんだ」
「……うん」お雉は自分の過去を思い出し振り返るように頷く。
「桃川さん、可哀想にそれから妹と生き別れになってひとりぼっちなんだそうだ。それが可哀想で、可哀想で……」
「……え?」
意外、といった表情がお雉の顔に刻まれる。まるで、お京はお雉がその件の『妹』であることを知らないかのように話すのが不思議で仕方がないといわんばかりだった。
「そっか……、じゃあアイツ、妹とは会えないでいるんだね……」とお雉。
「そうだ……。おら、桃川さんに謝らないといけねぇだ。じさまがあんなことして、桃川さんに迷惑掛けて。ずっとひとりぼっちで……。だから、おら、桃川さんの力になってあげてぇだ! 傍にいてあげてぇだ!」
力強くお京はいう。だが、そこには肝心な内容が抜け落ちていることに、お雉が気づかないはずがなかった。
桃川、あの村に流れ着いた侍。だが、その正体は盗賊『十二鬼面』の三代目『丑寅』であり、数多くの人の命を奪ってきた人殺しである、ということだ。つまり、存在としては良顕と何ら変わりない。むしろ、憐れむどころか、逆に軽蔑すべき相手なのもいうまでもない。
だが、お京はそこら返の事情は知らないようだった。とはいえ、知らないのであれば、知らないほうがいい話であるのもまた事実だった。
「そっか……」
お雉はひとり伏し目がちになって笑った。
【続く】