【冷たい墓石で鬼は泣く~死拾参~】

文字数 1,118文字

 二十代をどのように過ごしたかなど殆ど覚えていなかった。

 流石に今まで語っていたようなことは覚えていたが、それ以外でいえば、わたしの人生は精彩を欠き、足りないモノを少しでも埋めようと必死になって生きた時期だったといえた。当然、そこにあったのは血と汗のみで、詳細な記憶よりもただ大変だったという漠然としたモノばかりが残っていた。

 恐らく、記憶も記憶で、苛烈だった過去を封じ込めてしまいたいと極力過去のことを葬ってしまっているのかもしれなかったし、わたしも進んで思い出そうとは思わなかった。

 さて、ここからが三十代の話である。

 三十歳になってすぐ、わたしにとって転機となる出来事があった。その時わたしは常磐街道を歩いていた。わたしの肉体からは無駄な肉が削ぎ落とされ、顔つきは精悍に、身体全体は日に当たりぱなしであったことに加えて、土ぼこりで黒くなっていた。

 この時のわたしは刀の腕はかつてより圧倒的にマシになっていた。流石に長い間、様々な道場にてたくさんの者たちと手を合わせて来て、イヤでも腕は上がっていた。

 加えて、暇な時に投げていた手裏剣の腕も刀の腕以上に上達してしまったようで、気づけば目視せずとも狙った場所に殆ど寸分狂わずに当てることが出来るようになっていた。

 わたしはすっかり自信がついていた。もちろん、わたしよりも腕の立つ者はたくさんいると知ってはいたが、にしても自分の腕前が誇らしく思えるくらいにはなっていたと思っていた。そして、これからも更なる高みを目指したいと望み、旅を続けていたのだった。

 とはいえ、どんなに腕を上げても空腹には勝てなかった。わたしは街道の脇にある大岩に腰を下ろして、飯屋のオヤジ殿に作って貰ったいくつかの塩むすびを食べることにした。のどかな光景だった。畑を耕す百姓が汗を流しながら働く様は見ていて気持ちが良く、ポツポツと歩く旅の侍や飛脚の姿はのどかさに彩りを与え、青い空にふんわりと浮かぶ白い雲は平穏がそこにあるとわたしのこころを落ち着かせてくれた。

 そんな中、ガサガサと忙しい足音が聴こえて来た。ひとりではない。何人もの足音だった。足音のするほうへと目をやると、そこには旅の旗本の行列がアリの大群のように連なって前進していた。街道をゆく侍をはじめ、百姓たちは立ち止まり、手を止めて膝と額を地面につけて行列に頭を下げた。

 わたしは何か違和感を感じた。そのまま塩むすびを一気に頬張ると手を袴で拭い、そのまま大岩に腰掛けた状態で留まった。

「おい貴様!」行列の先頭にいる笠を被った飛脚がわたしに声を掛けて来た。「頭が高いぞ!」

 わたしは笠で隠れた飛脚の目を覗き込むようにして、飛脚をまっすぐに見た。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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