【門出の前には風が吹く】
文字数 2,147文字
四月は新しき門出の月だ。
年度が変わり、進学や進級、就職に転職と様々な変化が訪れる。そして、それは何もそういったことばかりには限らない。
桜の花は散るけれど、人の世界じゃ花が咲く。何も変化しないと思っている人でも、案外この時期になると何かしらの変化を起こすモノだとおれは思っている。
かくいうおれはというと、生活に大した変化はないのだろうけど、緊急事態宣言が明けて、また以前までの生活が戻ると考えると、まぁ、まったく変化がないともいい切れない。
それに個人的に楽しみにしていることもある。というのはーー
友人が立ち上げた劇団の旗揚げ公演があるのだ。
本来ならば、昨年の六月に旗揚げ公演をする予定だったのだけど、例のウイルスの影響でそれも断念。延期されるも、時間も過ぎ、ここに来てようやく公演を打つこととなったワケだ。
とはいえ、ある意味ではこの時期で良かったんじゃないかとも思っている。四月の旗揚げ公演というのも、新しい門出という感じで何となく縁起がいいように思えるしな。
公演場所に関しては、関東圏内からは外れており、少し距離はあるのだけど、友人の新しい門出だ。おれもそれを観に行く予定でいる。
数日前にしばらく旅は無理とかいっておきながら県外への移動をするのか、という感じだけど、こればかりはどうしても観たいのだ。
確かに今、劇場にしろ芝居にしろ、エンターテイメント業界ではクラスターの発生が常に懸念されている。
客席は制限され、公演の回数も減らし、感染予防も徹底されているとはいえ、世間が向ける目が冷ややかなのは仕方もないだろう。
それに、どんなに頑張って稽古してきても、役者なり関係者なりの誰かひとりでも微熱があれば、その場で公演は中止になる有り様だ。
今、舞台芝居はかなり苦しい状況にある。そんな中でも、最善の予防を心掛けてでも、友人が打つ芝居を観に行きたい。そう思わずにはいられなかった。だって、彼は戦友だから。
舞台の板を踏まなくなって一年半。もし、また芝居をやるならば、彼と芝居した時のように明るく楽しく芝居がしたい。そう考えている。
さて、今日はそんな友人と一緒に立った舞台について話してみようと思う。多分、数回に分ける、かつスローペースでやっていく予定。まぁ、適当に更新していくかなーー
始まりは三年前の十一月だった。
その時はちょうど『ブラスト』の公演が終わり、片付けも終わって、打ち上げの真っ最中だった。居酒屋の宴会場は非常に賑やかだった。おれは座小部屋の一角で芝居仲間と談笑しながら、泡を吹いた冷たいビールを呷っていた。
「五条さん、今回はありがとうございました」
そういったのは、舞台の演出兼主演を務めた「森ちゃん」だった。森ちゃんはこの二年前の公演にて初めてブラストに参加、入団したおれのふたつ下の青年だった。
その二年前の公演というのが、これまでおれがよく話した「曰く付き」の公演だった。孤立無援でろくでもない公演ではあったけど、そんな中で堕ちていくおれをサポートしてくれた数少ないメンバーのひとりが森ちゃんだった。
そんな彼とはブラストの若年メンバーとして仲もよく、おれがベテランメンバーと揉めてブラストを辞めてからも一緒に飲んだりする仲だった。
実はこの時の公演は、おれはブラストを辞めていた身でありながら、メンバーが足りないからゲストとして出てくれないか、と森ちゃんに頼まれて、役者として出演していたのだ。
「いえいえ、こちらこそ誘ってくれてありがとう。本当に楽しかったよ。でも、正直こころ残りはあるんよな……」
おれが口をつぐむと森ちゃんは訊く。
「何ですか?」
「いやぁ、今回、また一緒に芝居が作れて本当に楽しかったんだけど」おれは一拍間を開けてからいった。「役の性質上、一緒に芝居できなくて、それが残念でならんのよね」
そう。この時の芝居は、森ちゃんとは同じ板を踏み、同じ場に居合わせながらも、役の性質上、一度もセリフを交わすことなく、直接的な関係を持つこともなかったのだ。
「なるほど……」おれの話を聴いて、森ちゃんは唸った。「確かにそれはありますね」
とはいえ、おれと森ちゃんが舞台上で絡んだことがないのかといわれると、そうでもない。というのも、例の「曰く付き」の公演で、結構な絡みがあったのだ。
とはいえ、その時はおれも精神的に限界で、芝居を全然楽しめていなかったし、そもそもおれの技量も低かった。
まぁ、この時も未熟ではあったのだけど、二年程度の完全なブランクがある中でよくもまぁ、知らぬ間に演技が上達したもんだ。多分、休んでる間の経験が活きたんだろうな。それはさておき、その時は大きな満足感と微量の無念さを胸にしたまま、終わりを迎えたワケだ。
それから年も明けて二月頃、森ちゃんから突然こんなメッセージが入ったのだ。
「五条さん、六月頃の土日とか、現時点で予定とかわかったりします?」
おれは首を傾げた。この時点でわかっている予定としては日曜日に居合の稽古があることぐらいだが、一体何だろう。
「日曜に居合の稽古があるくらいだろうけど、何かあったの?」
おれは訊ねた。すると、森ちゃんから思わぬ回答が返って来たのだ。
「一緒に芝居しませんか?」
【続く】
年度が変わり、進学や進級、就職に転職と様々な変化が訪れる。そして、それは何もそういったことばかりには限らない。
桜の花は散るけれど、人の世界じゃ花が咲く。何も変化しないと思っている人でも、案外この時期になると何かしらの変化を起こすモノだとおれは思っている。
かくいうおれはというと、生活に大した変化はないのだろうけど、緊急事態宣言が明けて、また以前までの生活が戻ると考えると、まぁ、まったく変化がないともいい切れない。
それに個人的に楽しみにしていることもある。というのはーー
友人が立ち上げた劇団の旗揚げ公演があるのだ。
本来ならば、昨年の六月に旗揚げ公演をする予定だったのだけど、例のウイルスの影響でそれも断念。延期されるも、時間も過ぎ、ここに来てようやく公演を打つこととなったワケだ。
とはいえ、ある意味ではこの時期で良かったんじゃないかとも思っている。四月の旗揚げ公演というのも、新しい門出という感じで何となく縁起がいいように思えるしな。
公演場所に関しては、関東圏内からは外れており、少し距離はあるのだけど、友人の新しい門出だ。おれもそれを観に行く予定でいる。
数日前にしばらく旅は無理とかいっておきながら県外への移動をするのか、という感じだけど、こればかりはどうしても観たいのだ。
確かに今、劇場にしろ芝居にしろ、エンターテイメント業界ではクラスターの発生が常に懸念されている。
客席は制限され、公演の回数も減らし、感染予防も徹底されているとはいえ、世間が向ける目が冷ややかなのは仕方もないだろう。
それに、どんなに頑張って稽古してきても、役者なり関係者なりの誰かひとりでも微熱があれば、その場で公演は中止になる有り様だ。
今、舞台芝居はかなり苦しい状況にある。そんな中でも、最善の予防を心掛けてでも、友人が打つ芝居を観に行きたい。そう思わずにはいられなかった。だって、彼は戦友だから。
舞台の板を踏まなくなって一年半。もし、また芝居をやるならば、彼と芝居した時のように明るく楽しく芝居がしたい。そう考えている。
さて、今日はそんな友人と一緒に立った舞台について話してみようと思う。多分、数回に分ける、かつスローペースでやっていく予定。まぁ、適当に更新していくかなーー
始まりは三年前の十一月だった。
その時はちょうど『ブラスト』の公演が終わり、片付けも終わって、打ち上げの真っ最中だった。居酒屋の宴会場は非常に賑やかだった。おれは座小部屋の一角で芝居仲間と談笑しながら、泡を吹いた冷たいビールを呷っていた。
「五条さん、今回はありがとうございました」
そういったのは、舞台の演出兼主演を務めた「森ちゃん」だった。森ちゃんはこの二年前の公演にて初めてブラストに参加、入団したおれのふたつ下の青年だった。
その二年前の公演というのが、これまでおれがよく話した「曰く付き」の公演だった。孤立無援でろくでもない公演ではあったけど、そんな中で堕ちていくおれをサポートしてくれた数少ないメンバーのひとりが森ちゃんだった。
そんな彼とはブラストの若年メンバーとして仲もよく、おれがベテランメンバーと揉めてブラストを辞めてからも一緒に飲んだりする仲だった。
実はこの時の公演は、おれはブラストを辞めていた身でありながら、メンバーが足りないからゲストとして出てくれないか、と森ちゃんに頼まれて、役者として出演していたのだ。
「いえいえ、こちらこそ誘ってくれてありがとう。本当に楽しかったよ。でも、正直こころ残りはあるんよな……」
おれが口をつぐむと森ちゃんは訊く。
「何ですか?」
「いやぁ、今回、また一緒に芝居が作れて本当に楽しかったんだけど」おれは一拍間を開けてからいった。「役の性質上、一緒に芝居できなくて、それが残念でならんのよね」
そう。この時の芝居は、森ちゃんとは同じ板を踏み、同じ場に居合わせながらも、役の性質上、一度もセリフを交わすことなく、直接的な関係を持つこともなかったのだ。
「なるほど……」おれの話を聴いて、森ちゃんは唸った。「確かにそれはありますね」
とはいえ、おれと森ちゃんが舞台上で絡んだことがないのかといわれると、そうでもない。というのも、例の「曰く付き」の公演で、結構な絡みがあったのだ。
とはいえ、その時はおれも精神的に限界で、芝居を全然楽しめていなかったし、そもそもおれの技量も低かった。
まぁ、この時も未熟ではあったのだけど、二年程度の完全なブランクがある中でよくもまぁ、知らぬ間に演技が上達したもんだ。多分、休んでる間の経験が活きたんだろうな。それはさておき、その時は大きな満足感と微量の無念さを胸にしたまま、終わりを迎えたワケだ。
それから年も明けて二月頃、森ちゃんから突然こんなメッセージが入ったのだ。
「五条さん、六月頃の土日とか、現時点で予定とかわかったりします?」
おれは首を傾げた。この時点でわかっている予定としては日曜日に居合の稽古があることぐらいだが、一体何だろう。
「日曜に居合の稽古があるくらいだろうけど、何かあったの?」
おれは訊ねた。すると、森ちゃんから思わぬ回答が返って来たのだ。
「一緒に芝居しませんか?」
【続く】