【ナナフシギ~弐~】
文字数 2,364文字
セミの鳴く小学校の校庭は、夏の暑さを感じさせない程に静まり返っていた。
といっても、この当時はまだ今ほどは暑くなく、気温が三十度を超えれば騒がれるほどのレベルだった。とはいえ、この当時から暑さがメチャクチャ苦手だった男がいる。
「暑ぃ……」半袖のTシャツに短パン姿で、頭はスポーツ刈りの少年がうだるように呟いた。
そう、この少年こそが小学五年生の頃の鈴木祐太朗である。夏休み前の全校集会の真っ只中だった。強い日差しの中、たくさんの生徒が立つのに疲れて立つ姿勢を変えたり、体調悪そうに俯いたりしていた。
「早く終われよ……」と祐太朗。
祐太朗たちが通っていた五村西小学校の当時の校長はとにかく話が長いことで評判が悪かった。しかも、それは生徒だけでなく、教員たちからもそうだったようで、ある生徒はふとした瞬間に教員同士が校長の長話のつまらなさに辟易していると話して笑っているのを聴いてしまったくらいだった。
確かに校長の話はつまらなかった。無駄に堅苦しく、時事ネタに関して自分の意見を述べて行くのだが、そんなことは子供にはそんなのどうでもよく、大人が聞けば余りに的外れな意見に脳細胞が破壊されるといった調子だった。
この日の温度は当時の最高気温三十一度。今となっては屁みたいな気温だが、この当時は人を殺すレベルの暑さ。暑さ嫌いの祐太朗がうだるのも無理はない。
「ちょっと、マジメに聴きなよ……!」
となりの女子が祐太朗にいう。だが、祐太朗はそんな女子の顔を見ていう。
「……顔、黒くなってるぞ」
そういわれるととなりの女子はハッとしてポケットからコンパクトを取り出して顔を確認する。おませな女子が化粧しているのは今も昔も変わらない。
「うわっ! チョベリバ!」
チョベリバなんてもはや死語と化したことばも平気で飛び出して来る。ちなみにチョベリバとは、『超ベリー・バッド』の略で、意味は端的にいってしまえば『最悪』ということだ。
と、そんな時、祐太朗の近くでバタンという音が響いた。
女子生徒がひとり倒れていた。
周りの生徒たちはその様子を伺い、遠くの生徒たちは何があったのかとザワザワしだす。祐太朗もその様子を眺めていた。何と、その倒れた女子は祐太朗と同じ五年三組の人間だった。
これには祐太朗もチャンスと思ったのか、祐太朗は倒れた女子のほうへと向かい、倒れている女子の前に屈み込んだ。
「大丈夫か?」
そう訊ねるも返事はない。それどころか、その女子は茹でたナスのような顔をしていて話ができる気配もない。祐太朗は女子の頬を触った。熱い。もはや気温で温まり過ぎてまるで照りつくアスファルトのようだった。
が、その祐太朗が女子の頬に触ったというのが良くなかった。
この年代は非常に難しい。周りの女子たちは倒れた女子の頬を触った祐太朗に対して、『何で触ったの?』や『マジありえない』といった軽蔑のことばを投げ掛ける。地味に男女が対立する年代であるのもいうまでもなかった。
と、そこに遅れて教員がやって来た。五年三組の担任である『石川かすみ』である。
石川先生はまだ教員になって四年程度の比較的新参の先生だ。小柄ーーとはいえ、小学生からしたら大きいがーーで、腰にまで届きそうな髪はリボンで縛られている。顔は所謂『タヌキ顔』で、容姿としては可愛い部類に入る。
ちなみに、石川先生は面倒見がいい反面、何処か空振りしているところもあって、生徒からは比較的好かれてはいても、嫌いなヤツはとことん嫌いで、教員間からもあまり評判がいいとはいえなかったが。
石川先生は倒れた生徒の容態を訊くと祐太朗は深刻な表情を浮かべていう。
「顔がメチャクチャ熱くなってる。先生、おれが保健室までつれて行くよ」
そういって祐太朗は倒れた女子生徒を抱え上げようとしたが、それに対しての周りの女子のブーイングは酷いモンだった。
ついには校長直々に、
「そこ! 先生がしゃべってるというのに私語をするとは何事だ!」
と、今の時代にいったらコンプライアンスだったり、ハラスメントだったりで即座にクビを切られかねないような発言を堂々とする始末。石川先生は大きな声で校長に謝罪をするとすぐ祐太朗に、
「鈴木くん、ここは保健係に任せて、ね」
「え、でも……」
「大丈夫だから。心配してくれてありがとうね。じゃ、元の位置に戻って」
祐太朗の企みは破綻した。いうまでもなく、祐太朗は倒れた女子を介抱することにかこつけて、このクソ暑い校庭から逃げ出すつもりだったのだが、それも残念無念。
だが、祐太朗は無言でその場に留まる。と、石川先生は諭すような優しい口調で、
「鈴木くん、ありがとう。先生、キミのそのこころ使いだけでとても嬉しいよ。あとは保健係の田中さんに任せて、ね」
と、列の前からひとりの女子が歩いて来る。子供の頃の『田中恵美理』だ。エミリは祐太朗の傍でしゃがむと祐太朗に、
「鈴木くん、あとはわたしがやるから、戻って。ね?」
祐太朗はもはや戻るしかなくなってしまった。ゆっくりと未練がましく立ち上がるとトボトボと自分の本来の位置に戻っていく。
「ハッ! 無様じゃん」
祐太朗が元の位置につくと、そんな声が聴こえる。祐太朗は振り返った。祐太朗のふたつうしろにいる男子。人を嘲笑うような下賤な笑み。祐太朗は眉間にシワを寄せた。
「は? 黙れよ」
「どうせ保健室に連れていくとかで暑さから逃げようとしたんだろ?」
そういわれて祐太朗は黙ってしまった。この勘の良さと口振り、表情の作り方。いうまでもなく『弓永龍』だった。弓永はポロシャツにチノパン姿で、髪はやはり少し長く、目にかぶりそうな髪を七対三で分けている。
「ち、ちげえよ!」
祐太朗が力強く否定すると、また校長の怒号が飛んだ。
【続く】
といっても、この当時はまだ今ほどは暑くなく、気温が三十度を超えれば騒がれるほどのレベルだった。とはいえ、この当時から暑さがメチャクチャ苦手だった男がいる。
「暑ぃ……」半袖のTシャツに短パン姿で、頭はスポーツ刈りの少年がうだるように呟いた。
そう、この少年こそが小学五年生の頃の鈴木祐太朗である。夏休み前の全校集会の真っ只中だった。強い日差しの中、たくさんの生徒が立つのに疲れて立つ姿勢を変えたり、体調悪そうに俯いたりしていた。
「早く終われよ……」と祐太朗。
祐太朗たちが通っていた五村西小学校の当時の校長はとにかく話が長いことで評判が悪かった。しかも、それは生徒だけでなく、教員たちからもそうだったようで、ある生徒はふとした瞬間に教員同士が校長の長話のつまらなさに辟易していると話して笑っているのを聴いてしまったくらいだった。
確かに校長の話はつまらなかった。無駄に堅苦しく、時事ネタに関して自分の意見を述べて行くのだが、そんなことは子供にはそんなのどうでもよく、大人が聞けば余りに的外れな意見に脳細胞が破壊されるといった調子だった。
この日の温度は当時の最高気温三十一度。今となっては屁みたいな気温だが、この当時は人を殺すレベルの暑さ。暑さ嫌いの祐太朗がうだるのも無理はない。
「ちょっと、マジメに聴きなよ……!」
となりの女子が祐太朗にいう。だが、祐太朗はそんな女子の顔を見ていう。
「……顔、黒くなってるぞ」
そういわれるととなりの女子はハッとしてポケットからコンパクトを取り出して顔を確認する。おませな女子が化粧しているのは今も昔も変わらない。
「うわっ! チョベリバ!」
チョベリバなんてもはや死語と化したことばも平気で飛び出して来る。ちなみにチョベリバとは、『超ベリー・バッド』の略で、意味は端的にいってしまえば『最悪』ということだ。
と、そんな時、祐太朗の近くでバタンという音が響いた。
女子生徒がひとり倒れていた。
周りの生徒たちはその様子を伺い、遠くの生徒たちは何があったのかとザワザワしだす。祐太朗もその様子を眺めていた。何と、その倒れた女子は祐太朗と同じ五年三組の人間だった。
これには祐太朗もチャンスと思ったのか、祐太朗は倒れた女子のほうへと向かい、倒れている女子の前に屈み込んだ。
「大丈夫か?」
そう訊ねるも返事はない。それどころか、その女子は茹でたナスのような顔をしていて話ができる気配もない。祐太朗は女子の頬を触った。熱い。もはや気温で温まり過ぎてまるで照りつくアスファルトのようだった。
が、その祐太朗が女子の頬に触ったというのが良くなかった。
この年代は非常に難しい。周りの女子たちは倒れた女子の頬を触った祐太朗に対して、『何で触ったの?』や『マジありえない』といった軽蔑のことばを投げ掛ける。地味に男女が対立する年代であるのもいうまでもなかった。
と、そこに遅れて教員がやって来た。五年三組の担任である『石川かすみ』である。
石川先生はまだ教員になって四年程度の比較的新参の先生だ。小柄ーーとはいえ、小学生からしたら大きいがーーで、腰にまで届きそうな髪はリボンで縛られている。顔は所謂『タヌキ顔』で、容姿としては可愛い部類に入る。
ちなみに、石川先生は面倒見がいい反面、何処か空振りしているところもあって、生徒からは比較的好かれてはいても、嫌いなヤツはとことん嫌いで、教員間からもあまり評判がいいとはいえなかったが。
石川先生は倒れた生徒の容態を訊くと祐太朗は深刻な表情を浮かべていう。
「顔がメチャクチャ熱くなってる。先生、おれが保健室までつれて行くよ」
そういって祐太朗は倒れた女子生徒を抱え上げようとしたが、それに対しての周りの女子のブーイングは酷いモンだった。
ついには校長直々に、
「そこ! 先生がしゃべってるというのに私語をするとは何事だ!」
と、今の時代にいったらコンプライアンスだったり、ハラスメントだったりで即座にクビを切られかねないような発言を堂々とする始末。石川先生は大きな声で校長に謝罪をするとすぐ祐太朗に、
「鈴木くん、ここは保健係に任せて、ね」
「え、でも……」
「大丈夫だから。心配してくれてありがとうね。じゃ、元の位置に戻って」
祐太朗の企みは破綻した。いうまでもなく、祐太朗は倒れた女子を介抱することにかこつけて、このクソ暑い校庭から逃げ出すつもりだったのだが、それも残念無念。
だが、祐太朗は無言でその場に留まる。と、石川先生は諭すような優しい口調で、
「鈴木くん、ありがとう。先生、キミのそのこころ使いだけでとても嬉しいよ。あとは保健係の田中さんに任せて、ね」
と、列の前からひとりの女子が歩いて来る。子供の頃の『田中恵美理』だ。エミリは祐太朗の傍でしゃがむと祐太朗に、
「鈴木くん、あとはわたしがやるから、戻って。ね?」
祐太朗はもはや戻るしかなくなってしまった。ゆっくりと未練がましく立ち上がるとトボトボと自分の本来の位置に戻っていく。
「ハッ! 無様じゃん」
祐太朗が元の位置につくと、そんな声が聴こえる。祐太朗は振り返った。祐太朗のふたつうしろにいる男子。人を嘲笑うような下賤な笑み。祐太朗は眉間にシワを寄せた。
「は? 黙れよ」
「どうせ保健室に連れていくとかで暑さから逃げようとしたんだろ?」
そういわれて祐太朗は黙ってしまった。この勘の良さと口振り、表情の作り方。いうまでもなく『弓永龍』だった。弓永はポロシャツにチノパン姿で、髪はやはり少し長く、目にかぶりそうな髪を七対三で分けている。
「ち、ちげえよ!」
祐太朗が力強く否定すると、また校長の怒号が飛んだ。
【続く】