【丑寅は静かに嗤う~真裏】

文字数 2,351文字

 ジトッとした空気が流れている。

 室内を照らすは部屋の四隅で燃えている松明のみで、その四隅の中にはボンヤリ浮かぶ三角の点がある。その点は紛れもない人、人ーー人。

 三角の底辺に当たるふたりは、頂点に当たる者に相対する形で立っている。ふたりの顔にはそれぞれ辰巳、坤の面が付けられている。そして、その頂点に当たる位置に立つ人物はーー、

 丑寅の面を付けている。

 そう、この者こそが『十二鬼面』の頭である「丑寅」であることはいうまでもない。

「始末し損ねた、か」

 丑寅がいう。その声は低音の利いた、何とも落ち着いたモノという印象で、その調子からは感情が一切見えないーーだが、逆にそれが不気味で、丑寅のことばに辰巳と坤は頭を垂らす。

「で、でもぉ! 今頃は戌亥の残党がヤツらをし、始末してるかと思いますわん!」

 辰巳のことばには焦りが見える。だが、そんな辰巳を他所に丑寅はいう。

「始末してると『思う』だと?」強張る丑寅の声。「思うというのはどういうことだ」

「あぁ、いや、だからぁん……」辰巳は返すことばもないといった様子。「……ごめんなさぁい、あたしたちの落ち度ですわん」

「申しワケありません」坤が頭を下げる。

「……このままあの四人をこの隠れ家にまで到達させてはならぬ。絶対に、な」

 丑寅のことばーーと、そこに丑の面を被った者が入ってくる。

「あら、どうしましたの?」

 辰巳が訊ねる。が、丑の面は四天王の辰巳には目もくれず、一直線に丑寅の前まで走り、片膝立てて屈み込む。そのぞんざいな扱いに辰巳はイラ立ちの声を上げるが、それだけに留まり、他に具体的なことばは何もいいはしない。

 十二鬼面には独特の上下関係がある。それは、丑寅の組の者は他の組の者よりもひとつ格が上であるということである。

 そして、それは丑寅を除く四天王の三人よりも上、ということにもなる。

 即ち、例え四天王とあろうと、丑寅の組の者に下手なことはいえないということだ。

 これは丑寅の組の者が鍛えられた選りすぐりであることを意味している。

「……どうした?」

 丑寅が丑の面の者に訊ねると、丑の面の者はやや俯くようにして答えるーー

「は、戌亥の組が全滅致しました」

「……そうか」

 丑寅の声には失望の色には見えず、ただただ事実を事実として受け止めている様子。

 だが、そんな中ーー

「あの、源之助さ……」坤は口をつぐむ。「……いえ、一行の様子は如何様なのですか?」

 坤の質問に対し、丑の面の者は坤のほうへと首を傾けるが何も答えることはなく、そのまま丑寅のほうを見る。丑寅ーー

「答えよ」

「……はっ」丑の面の者は坤のほうへと身体を向け、再び膝立ちに屈む。「一行は一名を除き、無傷、とのことです」

「一名、とは!?」

 坤は身を乗り出すようにして再度訊ねる。丑の面の者は再び口をつぐんだが、丑寅の「続けよ」のことばを聴いて頷くと、

「我が鬼面の『裏切り者』である『戌亥』ーーもとい『犬蔵』が負傷し、吊り橋から転落したとのことです。落ちたら命はない高さではありますが、もしものことを考え、骸を探している最中でございます」

「……そうですか」

 坤の声色には何処かで安堵のようなモノが伺える。それに対し辰巳はーー

「ふんッ! 何よ、女出しちゃって」

「黙れ」丑寅ーー不服そうながら、命令に従う辰巳を他所に、丑の面の者に訊ねる。「他には何かあるか?」

 丑の面の者は丑寅のほうへ居直って、

「はっ、生き残りの三人ですが、道中より忽然と姿を消してしまいまして、範囲を広げて探している最中でございます」

「……そうか、下がってよい」

 丑寅のことばにて丑の面の者はスクッと立ち上がり、気の利いた挨拶を残してそのまま退場する。残される三人。最初に口を開いたのは、

「まったく、何よ。あたしたちよりも昔の仲間のほうが心配だとでもいうワケぇ?」

 辰巳ーー先程の坤の問いと反応が気に食わなかったのだろう。坤は答える。

「そ、そんなことは……ない」

「あれぇ? アンタァ、何でそんなーー」

「うるさいぞ」

 丑寅がピシャリという。辰巳はオドオドし、

「で、でもぉ、本当のことじゃない、ですのぉ……?」

「辰巳、貴様は外せ」

「は?」

「外せ、といったのが聴こえないか?」

「は、いやぁ、でも……」辰巳は弁解しようとするも、丑寅の無言の圧に負け、「……わかりましたわよん。出て行きますわん」

 そういい残してズカズカと室内を後にする。丑寅と坤。静寂が漂っている。

「心配か?」

 丑寅が静寂を破る。

「は?」

「源之助、という侍のことだ」

「い、いや、そんなことはーー」

「隠さずとも良い。正直に申してみよ」

 丑寅の命に、坤は一瞬ことばを飲み込んだように押し黙ったが、少しして頷いて見せる。

「……そうか」

「自分が裏切り者なのは重々承知です。というより、それ目的で近づいたのも重々承知。ですが……」

 坤は再び黙る。そして、そのことばを継ぐかのように丑寅はーー

「『猿田源之助』なる者のことは想定していなかった。それは情けを抱いてしまうほどに」

 坤は驚いたように無表情の仮面で丑寅を見る。が、やはりうしろめたいのか再び視線を外して、ゆっくりと頷きーー

「申しワケ……、ありません……」

悲嘆する坤。対して丑寅は、

「いや、そう思うのも仕方ない。人間、誰かと長く一緒にいると、その相手に対して情が沸くのは当たり前のことだからな」

 丑寅ーー思いの外、懐の深いところがあるようだ。坤はいう。

「ひとつ、お訊きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……何だ?」

「丑寅様は、あの侍とどのような御関係であられるのですか?」

 丑寅の面、その目の奥に微かな輝きが見える。まるで何かの悲しみを抱くように。

 だが、面は笑っている。

 丑寅は静かに笑っているーー

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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