【帝王霊~参拾死~】
文字数 2,108文字
喧騒。七色の光が爆音と共にきらめき、白い煙が辺りを舞っている。
「……ほんと、ギャンブル中毒ってのは救いようがねぇな」皮肉を込めたように弓永はいう。
「別に中毒じゃねぇだろ、コイツらは」
祐太朗がいう。スロットの爆音に牌がぶつかり合う音、コインは落ち、球の転がる音がする。舌打ちに咆哮、絶叫。天国と地獄が同時に存在する。まるで煉獄のよう。
祐太朗と弓永は裏カジノの中を歩きながら喋っている。この世の淀んだ欲望が集結し、ある者は終結、ある者は愉悦する空間。それは奥へ行くほどに強くなっていく。
「へぇ、流石にギャンブル中毒の野郎がいうと説得力が違うな。手、震えてんぞ」
祐太朗の手は欲望を抑えきれていないことが明らかであるようにブルブルと震えている。目をひんむき、何処か呼吸も荒々しい。
「……んなワケ、ねえだろ」
荒ぶる呼吸を押さえつけているからか、祐太朗の声はとても小さい。弓永は呆れていう。
「ハッ! その割には辛そうじゃねえか」
「……一回くらい、いいだろ?」
「ダメだ。お前を遊ばせるための金なんか一円たりともねえんだ。それより、どうなんだ」
「何が……?」
「この部屋に『足のない連中』はどれくらいいるんだ、ってことだよ」
幽霊、というワードはいわない約束になっていた。それが何かの不備を生むかというと怪しいが、何事も下手は打たないほうがいい。祐太朗は震える右手を左手で押さえ、辺りを見回していう。
「……酷いモンだ。まるで動物園だな」
人の賑わうところには霊も集まりがちになる。これは霊も肉体がないだけで、所詮は人間であるということだ。賑やかな場所は肉体があろうとなかろうと、人を寄せ付ける力がある。ただ、その場の空気も非常に大事で淀んだ空気には未練や業に満ち満ちた浮遊霊や動物霊、悪霊といったネガティブな霊が集まりやすい。
「……へぇ、最低だな」弓永は吐き捨てる。
「何が」
「生きてようが死んでようが、金の亡者ってのは何処にでも存在するんだなって」
「別に肉体がなくなったからって何かが変わるモンでもない。死んだから聖人君子になるワケでもなければ、生前徳を積んだ人間が突然怨霊になるワケでもない。もちろん死んだ時の状況にもよるけど、ただ問題は根深いな……」
「……どういうことだ」
「『ナナフシギ』覚えてんだろ?」
「……あぁ、あの夏休みの時の」
「そうだ。あん時は昇降口そのものが霊道になっててあの世とこの世の間に繋がってた」
「懐かしいな。でも、そんな昔話を懐かしむのは、こんなとこよりもっと落ち着いた場所のほうがいいと思うけどな」
「そういうことじゃねぇよ」
祐太朗が強く否定すると、弓永は緊張した顔をより一層引き締める。
「……なるほど、そういうことか」
ふたりは「スタッフ・オンリー」と書かれた扉の前に来た。そんなふたりに注目する者は、客はおろかスタッフすらいない。
「……何か変だな」弓永がいう。
「何が」
「……いや、気のせい、か」
「何でもいい。おれはさっさとここから離れたいんだ。行くぞ」
祐太朗がスタッフ・オンリーの扉を開き速やかに中へ入っていく。弓永もそれに続く。
扉の向こうは雑居ビル内部の廊下と同様に冷たい白色灯が真っ白な鉄筋コンクリートの壁を静かに照らしている。カジノ内部の爆音がバキュームに吸い込まれて行くように遠く感じられる。防音設備に関しては甘いようだ。
ふたりは通る部屋の扉を見ながら歩く。めぼしい部屋はない。と、比較的奥まで来たところで、弓永は再び口を開く。
「……やっぱり可笑しい」
「だから、何が」
「最近のネズミは用心深くてな。おれたちみたいなゴキブリが侵入しないか常に目を光らせているはずなんだ」
「そういや、そうか。でも、おれはヤツラにツラが割れてるし、そういう意味では用意周到とはいえねぇか?」
「それもそうかもしれないが、問題はおれたちがこの廊下を堂々と歩いて何の問題になってないってことだ」
「……何がいいたい?」
「そのまんまの意味だ。おれたちは今、ヤツラのネスト、心臓部にまで達しようとしている。普通ならそんな侵入者は排除されていて可笑しくないだろ。それなのに……」
「つまり……?」
弓永は何も答えない。まるで、そのことばが現実になることを恐れているかのよう。祐太朗も弓永の緊張する様に引っ張られてか、その表情に緊張感を携えている。
突き当たり。そこにはドアがあるだけですべては行き止まり。先に進むには、目の前のドアを開くか、リスクを承知の運否天賦で、素通りしてきたいずれかのドアに潜り込むしかない。
だが、突き当たりのドアには『マスター・ルーム』と出ている。支配人室。どうやらすべての終着駅はここになるらしい。
「……何だかな」と弓永。
「今日はヤケにビビるじゃねぇか」
「いや、ここまでストレートに行くとまるで」
そうことばを発したかと思うと背後から扉が開き閉まる重い音がいくつも聴こえて来る。ふたりが振り返るとそこには黒いスーツに身を包んだ男、男ーー男。細身であるが、スーツの上からでもわかる鍛えられた男たち。
と、『マスター・ルーム』の扉が開いた。
「ようこそ、お待ちしておりました……」
【続く】
「……ほんと、ギャンブル中毒ってのは救いようがねぇな」皮肉を込めたように弓永はいう。
「別に中毒じゃねぇだろ、コイツらは」
祐太朗がいう。スロットの爆音に牌がぶつかり合う音、コインは落ち、球の転がる音がする。舌打ちに咆哮、絶叫。天国と地獄が同時に存在する。まるで煉獄のよう。
祐太朗と弓永は裏カジノの中を歩きながら喋っている。この世の淀んだ欲望が集結し、ある者は終結、ある者は愉悦する空間。それは奥へ行くほどに強くなっていく。
「へぇ、流石にギャンブル中毒の野郎がいうと説得力が違うな。手、震えてんぞ」
祐太朗の手は欲望を抑えきれていないことが明らかであるようにブルブルと震えている。目をひんむき、何処か呼吸も荒々しい。
「……んなワケ、ねえだろ」
荒ぶる呼吸を押さえつけているからか、祐太朗の声はとても小さい。弓永は呆れていう。
「ハッ! その割には辛そうじゃねえか」
「……一回くらい、いいだろ?」
「ダメだ。お前を遊ばせるための金なんか一円たりともねえんだ。それより、どうなんだ」
「何が……?」
「この部屋に『足のない連中』はどれくらいいるんだ、ってことだよ」
幽霊、というワードはいわない約束になっていた。それが何かの不備を生むかというと怪しいが、何事も下手は打たないほうがいい。祐太朗は震える右手を左手で押さえ、辺りを見回していう。
「……酷いモンだ。まるで動物園だな」
人の賑わうところには霊も集まりがちになる。これは霊も肉体がないだけで、所詮は人間であるということだ。賑やかな場所は肉体があろうとなかろうと、人を寄せ付ける力がある。ただ、その場の空気も非常に大事で淀んだ空気には未練や業に満ち満ちた浮遊霊や動物霊、悪霊といったネガティブな霊が集まりやすい。
「……へぇ、最低だな」弓永は吐き捨てる。
「何が」
「生きてようが死んでようが、金の亡者ってのは何処にでも存在するんだなって」
「別に肉体がなくなったからって何かが変わるモンでもない。死んだから聖人君子になるワケでもなければ、生前徳を積んだ人間が突然怨霊になるワケでもない。もちろん死んだ時の状況にもよるけど、ただ問題は根深いな……」
「……どういうことだ」
「『ナナフシギ』覚えてんだろ?」
「……あぁ、あの夏休みの時の」
「そうだ。あん時は昇降口そのものが霊道になっててあの世とこの世の間に繋がってた」
「懐かしいな。でも、そんな昔話を懐かしむのは、こんなとこよりもっと落ち着いた場所のほうがいいと思うけどな」
「そういうことじゃねぇよ」
祐太朗が強く否定すると、弓永は緊張した顔をより一層引き締める。
「……なるほど、そういうことか」
ふたりは「スタッフ・オンリー」と書かれた扉の前に来た。そんなふたりに注目する者は、客はおろかスタッフすらいない。
「……何か変だな」弓永がいう。
「何が」
「……いや、気のせい、か」
「何でもいい。おれはさっさとここから離れたいんだ。行くぞ」
祐太朗がスタッフ・オンリーの扉を開き速やかに中へ入っていく。弓永もそれに続く。
扉の向こうは雑居ビル内部の廊下と同様に冷たい白色灯が真っ白な鉄筋コンクリートの壁を静かに照らしている。カジノ内部の爆音がバキュームに吸い込まれて行くように遠く感じられる。防音設備に関しては甘いようだ。
ふたりは通る部屋の扉を見ながら歩く。めぼしい部屋はない。と、比較的奥まで来たところで、弓永は再び口を開く。
「……やっぱり可笑しい」
「だから、何が」
「最近のネズミは用心深くてな。おれたちみたいなゴキブリが侵入しないか常に目を光らせているはずなんだ」
「そういや、そうか。でも、おれはヤツラにツラが割れてるし、そういう意味では用意周到とはいえねぇか?」
「それもそうかもしれないが、問題はおれたちがこの廊下を堂々と歩いて何の問題になってないってことだ」
「……何がいいたい?」
「そのまんまの意味だ。おれたちは今、ヤツラのネスト、心臓部にまで達しようとしている。普通ならそんな侵入者は排除されていて可笑しくないだろ。それなのに……」
「つまり……?」
弓永は何も答えない。まるで、そのことばが現実になることを恐れているかのよう。祐太朗も弓永の緊張する様に引っ張られてか、その表情に緊張感を携えている。
突き当たり。そこにはドアがあるだけですべては行き止まり。先に進むには、目の前のドアを開くか、リスクを承知の運否天賦で、素通りしてきたいずれかのドアに潜り込むしかない。
だが、突き当たりのドアには『マスター・ルーム』と出ている。支配人室。どうやらすべての終着駅はここになるらしい。
「……何だかな」と弓永。
「今日はヤケにビビるじゃねぇか」
「いや、ここまでストレートに行くとまるで」
そうことばを発したかと思うと背後から扉が開き閉まる重い音がいくつも聴こえて来る。ふたりが振り返るとそこには黒いスーツに身を包んだ男、男ーー男。細身であるが、スーツの上からでもわかる鍛えられた男たち。
と、『マスター・ルーム』の扉が開いた。
「ようこそ、お待ちしておりました……」
【続く】