【冷たい墓石で鬼は泣く~死拾漆~】
文字数 1,221文字
謀反を企てた者には厳しい処分が下される。
ましてや、位の高い旗本相手に弓を引いたとなれば一族郎党皆殺しにされるのが落ちだ。それをわたしは食い止めたかった。
自分の潔白を証明するため、という名目であるのは間違いなかった。正直なことをいえば、わたしは自分の命が惜しかった。だからこそ謀反者を殺さなかった。もちろん、人の生き死にが嫌いというのもあるが。
しかし、これでわたしは謀反者の彼に悪いことをしてしまった。謀反を防ぎ、かつ本人及び親族を死へと導く結果となってしまうだろうから。わたしはやはり甘かった。こんな時ですら謀反者の彼を気遣っていた。
謀反者の彼は当然ながら周りの武士達に捕らえられた。彼の身に待っているのは切腹も許されない見るも無惨な獄門だけーー
「待たれよ」
わたしは思わず声を上げた。旗本はわたしをじっと見てーー
「何かな?」
「あの者は、やはり殺されるのでしょうか」
当たり前だろう。そう強い口調で答えたのは有象無象たちだった。頭に血が昇った従者は、時に飼い主の思っている以上に余計なことをしてしまう。それはまるで八百万の神をデタラメに崇め奉るようだった。
「何か、思うことがあるのかな?」
「幾ばくか......」
幾ばくなんて話ではなかった。わたしは次の狼藉者へとなることを覚悟していった。
「何といえばいいのでしょうか。あの者の話を聴いてみるのもよろしくはないでしょうか?」
その問いはいうまでもなく有象無象たちに却下され、彼らは今度はわたしのもとに群がろうとして来た。だが、旗本はーー
「まぁ、待て。......話してみなさい」
「ありがたく。まずわたしが思ったのは、何故貴殿を獲ろうとしたか、です。そもそもそういった謀反を起こそうとしたところで、上手く行くことは殆どありません。それはわたしの周りにたくさんの貴殿の従者がいることからも明らかです。にも関わらず貴殿を討とうとするのは、何か重大な事情があるからに違いありません。それは今後のことを考えても聴いておいて損はないのではないかと思います。貴殿のようないずれは幕府の中心にて政を取ることになるであろうお方ならば、尚更。今後の政の参考にもなられるかと思ったのです」
「......なるほど」旗本は大きく頷いた。「そういえば、まだ名前を聴いてなかったな」
名前を訊かれると反射的に警戒してしまうのはこの時も変わりはなかった。自分は旗本の面汚し。そんな人間が偉そうに武士の名を騙っているのだから、どうにもスッキリしなかった。だが、答えるしかなかった。
「牛野、寅三郎です」
「牛野? もしかして、香取の......」
「はい。牛野の長男です。今では家を出た浪人でしかありませんが」
「なるほど、もしよろしければ、その話、後で詳しく訊かせて貰えぬかな?」
わたしは耳を疑った。
「後で、ですか?」
そういうと旗本はニヤリと笑った。
「そうだ。わたしは武田藤乃助、常陸は水戸のしがない旗本だ」
【続く】
ましてや、位の高い旗本相手に弓を引いたとなれば一族郎党皆殺しにされるのが落ちだ。それをわたしは食い止めたかった。
自分の潔白を証明するため、という名目であるのは間違いなかった。正直なことをいえば、わたしは自分の命が惜しかった。だからこそ謀反者を殺さなかった。もちろん、人の生き死にが嫌いというのもあるが。
しかし、これでわたしは謀反者の彼に悪いことをしてしまった。謀反を防ぎ、かつ本人及び親族を死へと導く結果となってしまうだろうから。わたしはやはり甘かった。こんな時ですら謀反者の彼を気遣っていた。
謀反者の彼は当然ながら周りの武士達に捕らえられた。彼の身に待っているのは切腹も許されない見るも無惨な獄門だけーー
「待たれよ」
わたしは思わず声を上げた。旗本はわたしをじっと見てーー
「何かな?」
「あの者は、やはり殺されるのでしょうか」
当たり前だろう。そう強い口調で答えたのは有象無象たちだった。頭に血が昇った従者は、時に飼い主の思っている以上に余計なことをしてしまう。それはまるで八百万の神をデタラメに崇め奉るようだった。
「何か、思うことがあるのかな?」
「幾ばくか......」
幾ばくなんて話ではなかった。わたしは次の狼藉者へとなることを覚悟していった。
「何といえばいいのでしょうか。あの者の話を聴いてみるのもよろしくはないでしょうか?」
その問いはいうまでもなく有象無象たちに却下され、彼らは今度はわたしのもとに群がろうとして来た。だが、旗本はーー
「まぁ、待て。......話してみなさい」
「ありがたく。まずわたしが思ったのは、何故貴殿を獲ろうとしたか、です。そもそもそういった謀反を起こそうとしたところで、上手く行くことは殆どありません。それはわたしの周りにたくさんの貴殿の従者がいることからも明らかです。にも関わらず貴殿を討とうとするのは、何か重大な事情があるからに違いありません。それは今後のことを考えても聴いておいて損はないのではないかと思います。貴殿のようないずれは幕府の中心にて政を取ることになるであろうお方ならば、尚更。今後の政の参考にもなられるかと思ったのです」
「......なるほど」旗本は大きく頷いた。「そういえば、まだ名前を聴いてなかったな」
名前を訊かれると反射的に警戒してしまうのはこの時も変わりはなかった。自分は旗本の面汚し。そんな人間が偉そうに武士の名を騙っているのだから、どうにもスッキリしなかった。だが、答えるしかなかった。
「牛野、寅三郎です」
「牛野? もしかして、香取の......」
「はい。牛野の長男です。今では家を出た浪人でしかありませんが」
「なるほど、もしよろしければ、その話、後で詳しく訊かせて貰えぬかな?」
わたしは耳を疑った。
「後で、ですか?」
そういうと旗本はニヤリと笑った。
「そうだ。わたしは武田藤乃助、常陸は水戸のしがない旗本だ」
【続く】