【いろは歌地獄旅~無限の明日~】

文字数 4,354文字

 終わりが来ないというのは恐ろしい。

 この世のあらゆるモノは有限である。だが、その前提を取り除き、終わりがなくなってしまった時、世界の均衡は大きく崩れる。

 人は死ぬ。動く臓器も、流れる血も、機能する器官も、そのすべてはいずれその役目を終えて、最後に人はまっさらとした灰となる。

 そして、それは時間の流れと共に進行する。だが、その流れる時間に狂いが生じてしまったら、人の一生はどうなるのだろう。

 同じ時間の中で生きる人々は、同じ記憶と同じルーティンの中でしか生きられないのだろうか。だとしたら、人は時間という牢獄に閉じ込められたまま、死ぬことなく一生を生き続けることとなるのだろうか。

 年を取ることもなく、同じ人生を何回も繰り返すこととなるのだろうか。

 だとしたら、どうすればいい。

 松永は二十代前半の男。就職活動に失敗し、大学卒業後は職にも就かず、実家にある自室に引き込もって怠惰で自堕落な生活をしていた。

 太った身体に不潔な身だしなみ。過ぎ去った歳月の中で積み重なった負債のようなネガティブな要素は、松永から大事なモノを奪っていた。今となってはミイラも同然。生きながらに死んでいる腐った命が、腐りかけの僅か生きている肉体に乗っている、そんな感じだった。

 そんな松永が自室で日々やることといえば、テレビにゲーム、ネットサーフィン、動画サイトで日々更新され続ける動画を暇潰しのために見続けるーーそれだけだった。

 日進月歩とは程遠い生活。部屋の外では時間も人も進んでいるというのに、松永だけは、肉体と精神が老化するばかりで、他には何も進むことはない。まるで精神の牢獄。

 松永に就職する気配はない。ただ、日々、時間を潰しながら、メシを食って便をする。それだけ。ミニマルといえば聴こえはいいが、結局は殆ど何の活動もしていない、生きていながら死んでいるような、そんな虚無の連鎖。

 だが、そんな生活もある瞬間から不可能になってしまった。

 それは親が死んで養ってくれる人がいなくなっただとか、遊ぶ金が尽きただとか、時間潰しのためのツールがダメになっただとか、そんな単純な話ではなかった。

 松永はストリートを歩いて回る。外に出たのは何ヵ月ぶりだろうか。そもそもトイレ以外で室外に出たのも久しぶりだった。

 とはいえ、ここ何日かは家の外へ出ている。にも関わらず、松永はまだ『一日』しか外へ出たことになっていない。

 まったくもって矛盾した話ではあるが、そこには間違いはない。というのも、

 松永はもう何ヶ月も同じ時間を過ごしている。

 2022年の二月十八日、あらゆるカレンダーがそう示している。

 たった一度きりのその年のその日。だが、松永はこの日をもう三十度以上も経験している。

 はじまりはゲームを起動したことだった。前日に終わらせたセクションが、クリアされていないことに気づいた松永は、苛立ちを覚えながらも再び同じセクションをクリアした。

 だが、翌日も同じ。クリアしたはずのセクションが、未プレイの状態になっていた。

 バックアップ機能がイカれたのか。松永はゲームを止め、動画サイトで適当な動画を観ることにした。だが、日々更新される動画たちも、一向に更新される様子はない。それどころか、更新時間は遡られ、一向に「NEW」の文字が消えることはなかった。

 どういうことだ。

 松永は次にテレビをつけた。そこで聴いた日付とやっていた番組の内容を、大学時代に使っていた筆記用具とノートを部屋の隅から引っ張り出して来てメモ書きした。

 翌日、再びテレビをつけると、やはり日付は同じで番組の内容も同じだった。オマケにメモ書きで黒くなっていたはずのノートもまっさら、それどころか、またもや部屋の端に埋もれていて、取り出した気配も皆無になっていた。

 ワケがわからない。

 いや、もしかしたら偶然、本当に偶然、自分のパソコンにスマホ、ゲームが同時に壊れて新規の状態に更新されないようになってしまったのかもしれない。そう思った松永は数ヶ月閉じ籠っていた部屋から出た。

 自室を出て久しぶりにリビングへ行くと、そこには両親が頭を垂らして向かい合って座っていた。松永がふたりに声を掛けると、ふたりとも驚きの表情で松永を見た。そして、母は泣き崩れ、父は「やっと出て来てくれたんだな」といって何日も風呂に入っていない松永に近づいて両肩を掴み揺さぶった。

 久しぶりの人間とのコミュニケーションに、松永はまともに声も出ず、これといったレスポンスも出来なかった。

 感動した両親は、松永に何か食べたいモノはないかと訊ねた。松永は取り敢えず、焼き肉と答え、その日は家族と共に焼き肉を味わった。

 だが、翌日も両親は同じ反応を見せた。松永の記憶は日々更新されている。だが、両親の記憶は「前日」と何ら変わっていなかった。なのに、松永の記憶だけが更新され続ける。

 はじめこそ、そのルーティンの中で毎日違ったご馳走を楽しむ喜びを見出だした松永だったが、次第にその同じ流れを繰り返すことに不安を抱くようになってきた。

 とうとう松永は長らく籠っていた自宅から出、久々の外出をすることにした。

 ネオンを抱いたストリートは、長らく引き込もっていた松永には眩し過ぎた。半開きの目でストリートを歩く。そんなことをしているモノだから、今度は如何にもガラの悪いチンピラとぶつかってしまった。

「痛ぇな」とチンピラ。

 そこからトラブルになり、松永は腹をナイフで刺されてしまった。すぐさま通行人によって呼ばれた救急車で、松永は病院へと緊急搬送された。死ぬ。痛みの中で松永は後悔した。目を閉じ、最後の瞬間を迎えーー

 だが、翌日、松永が目を覚ましたのは自室のベッドで、であった。

 日付は相変わらずの2022年二月十八日。ゲームの進捗も動画の新着も、両親の反応もすべてが同じ。ストリートを歩いてみても、やはりチンピラにぶつかって刺されてしまう。

 また目を覚ましても同じ。同じ日、同じ時間をまったく違った新しい意識の中で迎える。

 まるで時間に囚われたようだった。

 松永は尚もストリートを歩いた。同じ時間、同じ流れの中で。

 何度も同じ時間を過ごしていると、その日のその時間に何が起こるかもわかってしまう。

 まずは刺される運命を回避する。だが、自分がその運命を回避すると、今度は別のところでトラブルが起きる。それを回避すると、今度は何ともなかったが、ふとした瞬間に松永はあることに気づいてしまう。それはーー

 自分が回避したトラブルを代わりに被る誰かがいるのではないか、ということだ。

 次の同日、松永は自分の刺す予定のチンピラとのトラブルを避けつつ、そのチンピラの動向を陰で見張ってみた。結果はビンゴ。

 チンピラはまったく関係のない者をナイフで脅し、金銭を奪ったのだった。

 刺されていないといえば幸いだが、だとしても気の毒な話だった。

 自分が刺されていれば、逃げる時間も加味して、チンピラもそんなことをしている暇はなかっただろうし、関係のない者が恐喝されることもなかっただろう。

 松永は、ひとつのトラブルを回避した後に訪れる別のトラブルの動向を探ってみた。やはり、自分が関与していないところで、色んな人が迷惑を被っている。それは明らかだった。

 松永は試しにチンピラが恐喝をする瞬間にフォーカスして、警察をその現場に呼んでみることにした。結果は予想通り。何とかチンピラの恐喝を食い止めることが出来た。

 いい気分。何ていい気分なのだ。そういわんばかりに、松永は同じ時間の流れの中で、同じ形で人を救った。救い続けた。

 だが、ひとりを救うと、別のトラブルへの対応が間に合わなかったり、一方で警察を呼んだ結果、別のトラブルへの警察の対応が出来なかったり、と問題は次から次へと起こった。

 同じ時間の中なら、自分でも陰ながら人の役に立つことが出来る。そう気づきつつ、自分の無力感を悟る。誰かを救うとすると、誰かを犠牲にしなければならない。そういった虚無感が松永のマインドに積もって行く。

 だが、松永は意地になっていた。もはやこれは松永が繰り返す現実の中で自身がクリアするゲームのようなモノになっていた。

 現実の中で人をひとりでも多く救うゲーム。なるべく不幸を被る人を少なく、不幸の度合いを薄めるために如何に効率的に、かつ思考を凝らしつつどうリアルタイムに動くか。

 どうせ同じ時間の流れの中であれば仕事を探しても無駄なのだ。それならば、今、その時間の中で自分に出来ることをしよう。それが松永が選んだ結論だった。

 同じ時間を繰り返すこと一年、松永は自分だけが同じ時間を生きていないことを活かし、如何に早く動くためにも、トレーニングを重ねて体力をつけ、体重を落とし、思考を磨いた。

 不思議と自分の肉体と頭脳は同じ時間の流れの中でも日々変化し続け、磨けば磨くほどによくなっていった。松永はいつの間にか自信をつけ、同じ時間を泳ぎ続けた。

 その日の新聞、ニュースは片っ端からチェックし、殺人や強盗があれば、それを防ぐために予め虚偽の通報で警察を呼び出した。

 結果、起こるはずだった事件は起こることなく、タイミングが合えば、犯人を犯行を起こす直後に逮捕することが出来た。

 肉体的に傷を負った人が出ても、対応が早いお陰で大事には至ることはない。

 松永は手を尽くした。すべてのネガティブな要素を葬り去るために。

 翌日も同じ流れで動こうとした。だが、松永と両親が顔を合わせると、母がこういった。

「おはよう。朝ごはん、何にしようか?」

 松永はギョッとし、テレビをつけて新聞を眺めた。2022年二月十九日。時間が進んでいる。

 松永は時間が進んだことで、喜ぶよりも動揺した。ここから先の情報は持っていない。だが、テレビや新聞を見てわかった。本来起こったであろう事件は起きていない。

 つまり、自分が一年通してやって来たことは無駄ではなかった。

 だが、ここから先はどうなるかわからない。何故時間の流れが元に戻ったのかもわからない。もしかしたら、これはすべて夢だったのかもしれないし、一日進んだだけでまた時間は同じ流れを繰り返すかもしれない。

 松永は試しにこの一日をストリートを歩き回って過ごし、床に就いて翌日を迎えた。

 2022年二月二十日、時間は進んでいた。

 松永は確信した。元の時間軸に戻った。それはつまり同じ時間を繰り返して生きる強みを失ったということだった。

 だが、松永の顔に絶望はなかった。あるのは、精悍な顔立ちと強い意思の感じられる引き締まった表情だけだった。

 松永は大きく息を吐いて、またいつものように自室を出た。もうそこには今までの松永の姿はなかった。
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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