【冷たい墓石で鬼は泣く~睦拾弐~】
文字数 1,092文字
鬼ごっこというのは昔からキライだった。
そもそもわたしは足も遅ければ、身体を動かすことが苦手だ。それに袴で走ると足を引っ掛けて転びそうになるから本当にイヤなのだ。にも関わらず、この日からわたしと藤十郎様の鬼ごっこが始まってしまった。
鬼ごっこといえば遊びのようにも聞こえるかもしれないが、ここに遊びらしさのようなモノはもはやなかった。加えていってしまえば、これがただの鬼ごっこで済むワケがなかった。というのも、藤十郎様は基本的にわたしの前に現れないのだから。いってしまえば、これはかくれんぼも同時にやっているようなモノだった。わたしはまず、藤十郎様を見つけて、それから追い掛けなければならないという肉体的にも精神的にも疲弊するようなことを一々しなければならなかった。
学問だろうが、剣術だろうが、素直に時刻通り現れることはまずあり得ない。というか、放っておけば、いつまで経っても現れはしない。即ち、わたしは自分の仕事をまっとう出来なくなる。
これが藤十郎様のもくろみだった。
わたしが自分に与えられた仕事をまっとう出来なければ、それだけで役立たずもいいところ。即ち、そうすることでわたしの評価を下げれば、藤乃助様がわたしに暇を出すだろうと藤十郎様は考えたようだった。
わたしとしても、仕事がまったく出来ないのはマズイ。本音をいえば、すぐにでも藤十郎様の世話係なんて仕事は放棄したかったが、それではわたしを拾って下さった藤乃助様に申しワケが立たない。
わたしはこの日、学問の時刻を軽く遅れている藤十郎様を探しに屋敷の中を歩き回っていた。焦りはあったが、可能な限りゆっくり音を立てないように歩き回った。そして、考えた。藤十郎様が隠れるであろう場所を考え、想像しながら。
武田邸はそもそも広い。屋敷の端と端にいるだけで、探している相手は見付からなくなってしまう。だが、屋敷の中をうろつくということは、それだけ人の目に触れる危険が増えるということだ。ということは、一番安全なのは、どこか一ヶ所に留まり続けるということなのはいうまでもない。
わたしは厠の戸を叩いた。叩く音で返ってきた。声は発しない、か。わたしは辺りを見回した。と、すぐ近くに女給がひとりいた。わたしは女給のほうへ忍び足で向かい、とあるお願いをした。
女給は厠のほうへ行きいった。
「もし、中へ入れては頂けませぬか? もう限界なのですが!」
「うるさい! 別のところでしろ!」
その声は紛れもない藤十郎様だった。わたしは無言で女給に頭を下げていった。
「見つけましたよ」
戸の向こうで藤十郎様が震えたのがわかった気がした。
【続く】
そもそもわたしは足も遅ければ、身体を動かすことが苦手だ。それに袴で走ると足を引っ掛けて転びそうになるから本当にイヤなのだ。にも関わらず、この日からわたしと藤十郎様の鬼ごっこが始まってしまった。
鬼ごっこといえば遊びのようにも聞こえるかもしれないが、ここに遊びらしさのようなモノはもはやなかった。加えていってしまえば、これがただの鬼ごっこで済むワケがなかった。というのも、藤十郎様は基本的にわたしの前に現れないのだから。いってしまえば、これはかくれんぼも同時にやっているようなモノだった。わたしはまず、藤十郎様を見つけて、それから追い掛けなければならないという肉体的にも精神的にも疲弊するようなことを一々しなければならなかった。
学問だろうが、剣術だろうが、素直に時刻通り現れることはまずあり得ない。というか、放っておけば、いつまで経っても現れはしない。即ち、わたしは自分の仕事をまっとう出来なくなる。
これが藤十郎様のもくろみだった。
わたしが自分に与えられた仕事をまっとう出来なければ、それだけで役立たずもいいところ。即ち、そうすることでわたしの評価を下げれば、藤乃助様がわたしに暇を出すだろうと藤十郎様は考えたようだった。
わたしとしても、仕事がまったく出来ないのはマズイ。本音をいえば、すぐにでも藤十郎様の世話係なんて仕事は放棄したかったが、それではわたしを拾って下さった藤乃助様に申しワケが立たない。
わたしはこの日、学問の時刻を軽く遅れている藤十郎様を探しに屋敷の中を歩き回っていた。焦りはあったが、可能な限りゆっくり音を立てないように歩き回った。そして、考えた。藤十郎様が隠れるであろう場所を考え、想像しながら。
武田邸はそもそも広い。屋敷の端と端にいるだけで、探している相手は見付からなくなってしまう。だが、屋敷の中をうろつくということは、それだけ人の目に触れる危険が増えるということだ。ということは、一番安全なのは、どこか一ヶ所に留まり続けるということなのはいうまでもない。
わたしは厠の戸を叩いた。叩く音で返ってきた。声は発しない、か。わたしは辺りを見回した。と、すぐ近くに女給がひとりいた。わたしは女給のほうへ忍び足で向かい、とあるお願いをした。
女給は厠のほうへ行きいった。
「もし、中へ入れては頂けませぬか? もう限界なのですが!」
「うるさい! 別のところでしろ!」
その声は紛れもない藤十郎様だった。わたしは無言で女給に頭を下げていった。
「見つけましたよ」
戸の向こうで藤十郎様が震えたのがわかった気がした。
【続く】