【冷たい墓石で鬼は泣く~睦~】

文字数 2,175文字

 昨日降った雪は、思った以上に酷かった。

 草鞋と脚絆を濡らし、脚はズボッと雪に飲み込まれてしまう。牛野寅三郎は袴の裾を大きく持ち上げながら歩いている。

 寅三郎のとなりにいるのは笠を被った渡世人姿の男。寅三郎と違って身軽な格好はしているが、足許は雪に飲まれて非常に寒そうなのはいうまでもない。

「ヒドイ雪ですな」

 寅三郎はいう。額には珠のような汗が陽の光をうけてギラギラと光っている。口から荒く吐かれる息は白く凝固し、あっという間に気化して霞と消えてしまう。

「まったくですね」渡世人は同意する。

 この渡世人、名前を『朝夕の助蔵』という。なぜ朝夕かというと、本人がいうところでは、

「朝は闇に光が滲み出し、夕方は桧皮に闇がジワリと滲み出す。人間というのは、朝と夕方のふたつの顔を持っている。あっしはそのふたつを同時に持っているようなモノなのだ」

 とのことだった。寅三郎にはどうもその意味は理解出来なかったようだが、助蔵は、

「わからずともよい。ひとついえるのは、人は常にふたつの顔を持ち、その時の様子によってそれが入れ替わるということだ」

 と説明した。とはいえ、朝の反対は夜なのではないか、と疑問を呈すると助蔵は答えた。

「夜闇のように完全に真っ暗なこころを持つ者はこの世には存在しない。どんな悪党もほんの少しの情は持ち合わせているモノだ」

 その情は仲間や家族といったごくわずかな相手に、ごくわずかにしか掛けられることはないが、まったく存在しないということは有り得ない、と助蔵は断言していた。

「そういうモンですかねぇ……」と寅三郎。

「そうです。こうして渡世人なぞをやっておりますと色んな人に出会います。そうするとですね、どんなろくでなしに出会っても、その人は完全にダメな人とはいえないこともあれば、逆に聖人君子といわれるような人でも、僅かな腹黒さを見せたりする、といったモノなんです」

「はぁ……、なるほど……」寅三郎は考えを巡らすようにして俯いた。「いえ、実はですね。わたしには弟がおりまして。もう死んでしまっているのですが、これがお尋ね者になるような狂暴な男でして、もしかしたらあの男にもそんな優しさや情のようなモノがあったのかな、とふと思いまして……」

「きっと、あったのではないでしょうか。それよりも、『あった』とは?」

「あぁ……」寅三郎はいい淀む。「実は、弟は何年も前に死んでいるんです」

「そう、でしたか。これは失礼致しました」

「いえ、あの男が死んだのも、いってしまえば自業自得ですから。気になさらずに……。そんなことより、助蔵さんはどうして渡世人などやってらっしゃるので?」

「いえ、お恥ずかしい話ではありますが、わたしもかれこれ様々な業を背負っておりまして」

「それは、罪を、ということですか……?」

「……まぁ、いってしまえばそういうことです。あまり恐れないで頂きたいのですが、わたしもこれまで何人と人を斬ってきました。しかし、虚無僧になるか遍路をするような資格もなく、結局はこうして渡世人として世を渡り歩くしかなくなってしまったワケです」

「そう、でしたか……」寅三郎はいい淀む。「しかし、どうしてわたしに声を?」

「ヤクザの集団に襲われていたアナタを放っておくワケにはいかなかったのです」

 数日前、寅三郎がヤクザ者連中と殺し合った時のことだ。全員を撃退した後、寅三郎の元に助蔵は現れた。寅三郎はまたひとりヤクザ者の仲間が現れたのか、と身構えたが、助蔵は身構える寅三郎に対して戦う意思はないことを両手を顔の横へとかざして見せた。

「そう警戒なさらずに。わたしは敵ではありませぬ。それより、大丈夫でしょうか?」

 寅三郎は大丈夫だと伝えようとしたが、微かについていた左腕の切り傷を押さえて、痛みに耐えようとした。

「無理はなさらずに。御天道様の様子もあまりよろしくはありません。よければ、そこら辺で少し休んではいかがでしょうか。もうすぐ夜もやって来ますし」

 何処となく胡散臭い雰囲気を纏っていた助蔵ではあったが、その動きの鈍臭さから見るに、あまり大層な腕は持ち合わせていないように見えた。油断は出来ないとはいえ、寅三郎は助蔵のことばに甘えることとした。

 ふたりが休むこととしたのは、すぐ近くにあった念仏堂だった。中は荒廃しており、何もなかった。雨風を防ぎ、身体を休めるには持ってこいの場所ではあった。

 ふたりが身体を休め始めると、少ししてから雪が降り始めた。念仏堂自体は荒廃していたが、冬の冷たい風を防ぐだけの能力は未だに持ち合わせていたようだった。

 ふたりは念仏堂にて一夜を過ごした。寅三郎は助蔵に気を許すことなく、いつでも起きられるようにしていたが、助蔵が寅三郎に対して危害を加えようとはして来なかった。

 一夜が過ぎ、朝になってふたりは念仏堂を後にした。そして、今に至るということだ。

「あの、助蔵さん」

「何でしょう?」

「どちらへ向かわれているのですか?」

「……とある山村です。そちらに行けば何とか寒さと飢えを凌げるかと思いまして」

「そうですか……」

 気は進まないといった調子だったが、この冷たい深雪の道が平坦になるのを待つより、寒い思いを多少してでも、メシと暖にありつけるほうがずっとマシだったのはいうまでもない。

 寅三郎は助蔵の背中を眺め、尚も歩く。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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