【明日、白夜になる前に~拾漆~】
文字数 2,196文字
目が覚めるとぼくの横にはたまきがいる。
たまきはまだ眠そうな顔をしてぼくのほうを見ては可愛らしい笑みを浮かべて、
「おはよう」
という。ぼくも彼女におはようと返す。汗の染み付いたネグリジェ一枚という彼女の姿にぼくは興奮を抑え切れなくなりそうになる。
ぼくはパンツ一丁。それで思い出す。昨日は彼女とホテルで一泊し、ふたりでロマンチックな夜を過ごしたのだ。
たまきがぼくのほうへ意地らしく顔を突き出す。「ん!」といいながら、顎と唇を前に出して。ぼくは朗らかに笑いながら、
「なぁに?」
と訊ねる。たまきは、んーと唸りながら、
「わかってるクセにぃ! イジワルぅー!」
と駄々をこねる。そんな彼女の子供っぽい仕草が何とも可愛らしくて、ぼくは思わず笑ってしまい、それから彼女の額にぼくの額を付け、
「ごめんね」
彼女は涙を我慢するような調子で、
「何でそんなイジワルするのぉ……?」
「それは、キミが可愛いから……」
とキザなセリフをいってカッコつけるのだ。彼女はぼくの胸の辺りをポンポンと叩いて、
「イジワル、イジワル、イジワル! でも……、そんなシンくんが好き……」
と自分の身体を更にぼくのほうへ寄せる。そして、ぼくはそんな彼女に顔を近づけて、彼女の柔らかく甘い唇にキスをする。
幸せな朝ーー昨日の悪夢がウソみたいだ。
まさか、ぼくがたまきに監禁、拘束されていただなんて、そんなワケあるはずがない。
彼女はこんなにも可愛らしいく、甘えん坊なのに、あんな風にサイコパスになるワケがない。多分、神もぼくにあんな可愛い彼女が出来て嫉妬しているのだろう。
ぼくはもう一度彼女にキスをする。
ぼくは幸せだ。
この幸せが未来永劫続いてくれることを祈って、ぼくはたまきにいうーー
「ずっと、ずっと一緒だよ?」
彼女はコクリと頷き、どことなく涙混じりの消え入りそうな声色でいう。
「うん……、約束だよ……」
そして、ぼくたちは再びキスをするーー
そう、あの時ぼくが見たのは単なる悪夢だったのだ。多分、彼女を失う恐怖心から、彼女に拘束されるという夢を見たのだろう。
それが事実だったらどんなに良かったか。
そう、今のは全部ウソなのだ。
現実は今も尚、ぼくの視界は真っ暗で何も見えはしない。あるのは聴覚と嗅覚、そしてぼくの顔を伝う汗の不快な感触だけだ。
ぼくは声を上げることが出来ない。タオルか何かで猿轡を噛まされているからだ。唸ることは出来ても、それが何かをもたらすとは思えなかった。それどころか、むしろ体力を消耗するだけでメリットなんて何処にもないだろう。
「ずっと、一緒だからね……」
たまきの口調はねっとりとした蜘蛛の巣のよう。まるで、ぼくは女郎蜘蛛に捕らわれたマヌケナ働き蜂のよう。ぼくは唸る。だが、その唸りがことばとなって何かをもたらすことはない。オマケにたまきはケタケタと笑うばかり、
「頑張って喋ろうとして、可愛い」
ぼくは必死にもがく。だが、手足を拘束するテープのようなモノは、ぼくの身体を放すどころか、窮屈にぼくの身体に食い込んで行く。
「必死にもがいちゃって。何か虫みたいで可愛いなぁ……」
たまきがぼくの口元を指でなぞる。ぼくは恐怖を感じつつも、自分の中に巣食う抗い難い感情というか感覚に襲われる。
急にぼくは震え上がる。電流が走ったような刺激が全身を駆け巡り、下半身にとてつもない熱を感じる。
「ふふ。こんな時でもやっぱり立っちゃうんだね。シンくんは本当に素直だなぁ」
たまきは何度も何度も優しく愛撫する。擦られる度にぼくは全身に熱を感じる。脳が溶けそうなる。もはや恐怖などなかった。あるのはすべての男性が持つであろう、最も純粋な感情。
だが、たまきは急に愛撫を止め、
「ダーメ。シンくんがわたしとずっと、ずっと一緒に居てくれるっていうまではお預け」
脳が汗を掻く。その汗が緊張から来るモノなのか、それとも別の感情から来るモノなのかはわからない。ただ、ぼくの頭の中はもはやひとつのことでいっぱいになっていた。
ぼくは猿轡を噛まされた口で必死にたまきに訴え掛けようとする。が、
後頭部にとてつもない衝撃。
目が顔から飛び出し、意識が宇宙へと飛んでいきそうになる。同時に思考がゼロになり、気づけばマイナスになっている。ぼくは自分が何を思い、何を感じているのかわからなくなる。
だが、急な吐き気を感じたのはいうまでもない。脳は揺れ、目が回っているような不快感がぼくを襲う。そして、ぼくは正気を失い掛けた頭で、自分が横になっていることに気づく。
椅子ごと蹴倒されたと気づいたのは、胸元に重圧を感じたせいだった。
その重圧はぼくの胸骨を砕かんばかりにどんどん重くなっていく。ぼくの胸を踏みにじるように何度も右に、左に衝撃が分散される。
「ウソツキ! ウソツキ、ウソツキ……、ウソツキ! わたしわかってるんだよ、シンくんがわたしのことなんか愛してないの!」
そういわれて、ぼくは霞んだ意識の中で彼女のことばを理解し、可能な限り首を横に振る。だが、一度揺れた頭を自分で更に揺らすというのは苦痛以外の何物をももたらさない。
ぼくの思考は淀んだ沼の中へと飛び込んで行く。うっすらとした吐き気と共に。
どうしてこんなことになったのか。
ぼくは混濁ふる意識の中で自分の記憶の墓を掘り返し、荒らし始めたーー
【続く】
たまきはまだ眠そうな顔をしてぼくのほうを見ては可愛らしい笑みを浮かべて、
「おはよう」
という。ぼくも彼女におはようと返す。汗の染み付いたネグリジェ一枚という彼女の姿にぼくは興奮を抑え切れなくなりそうになる。
ぼくはパンツ一丁。それで思い出す。昨日は彼女とホテルで一泊し、ふたりでロマンチックな夜を過ごしたのだ。
たまきがぼくのほうへ意地らしく顔を突き出す。「ん!」といいながら、顎と唇を前に出して。ぼくは朗らかに笑いながら、
「なぁに?」
と訊ねる。たまきは、んーと唸りながら、
「わかってるクセにぃ! イジワルぅー!」
と駄々をこねる。そんな彼女の子供っぽい仕草が何とも可愛らしくて、ぼくは思わず笑ってしまい、それから彼女の額にぼくの額を付け、
「ごめんね」
彼女は涙を我慢するような調子で、
「何でそんなイジワルするのぉ……?」
「それは、キミが可愛いから……」
とキザなセリフをいってカッコつけるのだ。彼女はぼくの胸の辺りをポンポンと叩いて、
「イジワル、イジワル、イジワル! でも……、そんなシンくんが好き……」
と自分の身体を更にぼくのほうへ寄せる。そして、ぼくはそんな彼女に顔を近づけて、彼女の柔らかく甘い唇にキスをする。
幸せな朝ーー昨日の悪夢がウソみたいだ。
まさか、ぼくがたまきに監禁、拘束されていただなんて、そんなワケあるはずがない。
彼女はこんなにも可愛らしいく、甘えん坊なのに、あんな風にサイコパスになるワケがない。多分、神もぼくにあんな可愛い彼女が出来て嫉妬しているのだろう。
ぼくはもう一度彼女にキスをする。
ぼくは幸せだ。
この幸せが未来永劫続いてくれることを祈って、ぼくはたまきにいうーー
「ずっと、ずっと一緒だよ?」
彼女はコクリと頷き、どことなく涙混じりの消え入りそうな声色でいう。
「うん……、約束だよ……」
そして、ぼくたちは再びキスをするーー
そう、あの時ぼくが見たのは単なる悪夢だったのだ。多分、彼女を失う恐怖心から、彼女に拘束されるという夢を見たのだろう。
それが事実だったらどんなに良かったか。
そう、今のは全部ウソなのだ。
現実は今も尚、ぼくの視界は真っ暗で何も見えはしない。あるのは聴覚と嗅覚、そしてぼくの顔を伝う汗の不快な感触だけだ。
ぼくは声を上げることが出来ない。タオルか何かで猿轡を噛まされているからだ。唸ることは出来ても、それが何かをもたらすとは思えなかった。それどころか、むしろ体力を消耗するだけでメリットなんて何処にもないだろう。
「ずっと、一緒だからね……」
たまきの口調はねっとりとした蜘蛛の巣のよう。まるで、ぼくは女郎蜘蛛に捕らわれたマヌケナ働き蜂のよう。ぼくは唸る。だが、その唸りがことばとなって何かをもたらすことはない。オマケにたまきはケタケタと笑うばかり、
「頑張って喋ろうとして、可愛い」
ぼくは必死にもがく。だが、手足を拘束するテープのようなモノは、ぼくの身体を放すどころか、窮屈にぼくの身体に食い込んで行く。
「必死にもがいちゃって。何か虫みたいで可愛いなぁ……」
たまきがぼくの口元を指でなぞる。ぼくは恐怖を感じつつも、自分の中に巣食う抗い難い感情というか感覚に襲われる。
急にぼくは震え上がる。電流が走ったような刺激が全身を駆け巡り、下半身にとてつもない熱を感じる。
「ふふ。こんな時でもやっぱり立っちゃうんだね。シンくんは本当に素直だなぁ」
たまきは何度も何度も優しく愛撫する。擦られる度にぼくは全身に熱を感じる。脳が溶けそうなる。もはや恐怖などなかった。あるのはすべての男性が持つであろう、最も純粋な感情。
だが、たまきは急に愛撫を止め、
「ダーメ。シンくんがわたしとずっと、ずっと一緒に居てくれるっていうまではお預け」
脳が汗を掻く。その汗が緊張から来るモノなのか、それとも別の感情から来るモノなのかはわからない。ただ、ぼくの頭の中はもはやひとつのことでいっぱいになっていた。
ぼくは猿轡を噛まされた口で必死にたまきに訴え掛けようとする。が、
後頭部にとてつもない衝撃。
目が顔から飛び出し、意識が宇宙へと飛んでいきそうになる。同時に思考がゼロになり、気づけばマイナスになっている。ぼくは自分が何を思い、何を感じているのかわからなくなる。
だが、急な吐き気を感じたのはいうまでもない。脳は揺れ、目が回っているような不快感がぼくを襲う。そして、ぼくは正気を失い掛けた頭で、自分が横になっていることに気づく。
椅子ごと蹴倒されたと気づいたのは、胸元に重圧を感じたせいだった。
その重圧はぼくの胸骨を砕かんばかりにどんどん重くなっていく。ぼくの胸を踏みにじるように何度も右に、左に衝撃が分散される。
「ウソツキ! ウソツキ、ウソツキ……、ウソツキ! わたしわかってるんだよ、シンくんがわたしのことなんか愛してないの!」
そういわれて、ぼくは霞んだ意識の中で彼女のことばを理解し、可能な限り首を横に振る。だが、一度揺れた頭を自分で更に揺らすというのは苦痛以外の何物をももたらさない。
ぼくの思考は淀んだ沼の中へと飛び込んで行く。うっすらとした吐き気と共に。
どうしてこんなことになったのか。
ぼくは混濁ふる意識の中で自分の記憶の墓を掘り返し、荒らし始めたーー
【続く】