【明日、白夜になる前に~四拾睦~】

文字数 2,391文字

 無難ほど有益なことはない。

 飛び抜けて良いということはないが、悪いということは決してない。それがいいのだ。

 良いモノを目指そうとすると、際限がなくなる。良いモノをひとつ選べば、次は更に良いモノを。そして、更に良いモノを。それの繰り返し。終わりなき地獄の改善。

 一度良い思いをしてしまうと、今度はグレードを落とすのが難しくなる。人は慣れる生き物だ。いいモノが常になれば、普通のモノでもとてつもなく低級に思えてしまう。

 慣れというのは、人間に与えられた防衛本能でありながら、同時に劇薬でもある。慣れてしまえば熱砂も氷。火傷しようと気付かない。

 慣れというのは、時に人を異常な領域に導いてしまう。ぼくは所詮、庶民でしかない。だからこそ、無難こそがぼくには一番マッチしていると思うのだ。

「まぁ、無難なとこだよね」腕を組んだ里村さんがいう。「予約とかも取ってないし、下手に気取るよりかはずっといいしね」

 誉められているのか微妙なところだが、取り敢えず、お礼をいっておいた。

「今回はわたしだからいいけど、本命の子と行く時はちゃんとリサーチして、何処に行こうかとか決めておくこと。これね」

 ぼくは頷いて納得した姿勢を見せた。しかし、いざリサーチするといっても面倒だな、と思ってしまうのが、ぼくの悪いところだ。そんな雰囲気を察したのか、里村さんはいう。

「もしかして、リサーチとか面倒だな、とか思ってない?」

 エスパーだろうか。見事な看破にぼくも思わず動揺を隠せない。体のいい言い訳を考えるも、そんなモノは出て来ず、舌が絡まって具体的なことばはヘソの下。

 里村さんは呆れた様子で口を開く。

「あのねぇ……、デートのプランを立てるのが面倒くさいって、相手に興味がないっていってるのと変わらないよ? まぁ、それならここまで不甲斐ない結果に終わってるのも納得といえば納得だよね」

 耳に痛いし、こころにも突き刺さる何とも凶器染みたひとことだった。真理を突かれ過ぎてぐうの音も出ない。ぼくに出来ることは、母親に怒られた子供のように、ただ頭を垂れることだけだった。

「ごめん……」無意識の内の謝罪。

「わたしに謝られても。それに、もうしてしまったことは取り返しがつかないしね。崩れた砂の城にいつまでも思いをはぜるのは止めなよ。で、相談って?」

 ぼくは今の自分が陥っている現状について話した。里村さんは始めこそ相槌を打って真剣に聴いてくれていたが、次第にその真剣さは散漫になり、最終的に真剣さはため息となって抜け落ちて行った。

「……ビックリするくらい人間関係を築くのが下手な人だね、アナタは」

 呆れ気味にいう里村さんに対して、ぼくは思わず、すみませんと頭を下げる。

「うーん、それにしてもマズッたねぇ……。その後輩ちゃんふたりに関しては、もう関係の修復は難しいかもね。下手したら、ふたりの関係もギクシャクしちゃうかもしれないし、そこは責められても仕方ないと思う。てか、アナタ、根本的に他人のことを信用してないでしょ?」

 図星である。そんなこと、と反論したい気持ちはあるけれど、改めて考えれば、ぼくがこころの底で他人を信用していないのは、よくわかる。というか、人を信用していれば、ここまで関係性が脆くなるワケもない。

「まぁ、全部が全部、信用すればいいというワケでもないけどさ。でも、少なくとも自分が好きだと思えた相手に関しては、変な動きがない限りは信用して、信頼してあげてもいいと思うよ。アナタだって好きな相手に信用されないのは悲しいでしょ?」

 ぼくはくぐもった声で、うんという。

「……てか、根本的なところから変えて行かなきゃダメか。改めていうけどさ、アナタって自分のことすぐに責めるじゃん。それは何で?」

 唐突な質問に、ぼくは呆気に取られる。その理由は実像のような虚像。明確に存在しているようで、実はボヤけている。

「自分が、ダメなヤツだから、かな……?」

「ダメなヤツって、具体的に何がダメなの?」

 更なる追及に、ぼくは戸惑うしかない。

「全部、かなぁ……?」

「全部って、あのねぇ、そうやって自分はダメなヤツなんだって卑下するのは現実逃避と何も変わらないよ。大事なのは、何がダメなのか分析して改善して行こうとする気持ちでしょ?自分はダメだっていいワケして、それをエクスキューズにいつまでも這いずっているようじゃ、本当の負け犬になっちゃうよ」

 辛辣なことばが矢のように飛び、ぼくの胸に突き刺さっていく。自分の不甲斐なさのせいで反論する気にもならない。というか、反論出来る立場にぼくはいない。頭の中でいいワケばかりが思い浮かぶのが本当に情けない。

 そして、止めはより強烈に飛んで来る。

「アナタは人を愛す前に、自分を愛さなきゃ。自分を愛せない人間に、他人は愛せないよ。自分への愛がないのに、人の愛を求めるっていうのは、ただのエゴでしかないよ」

 エゴ。ただのエゴ。そのことばが重く響く。そう、ぼくはただ愛されたいだけだった。

 ぼくはただ、自分で自分を愛せないから、他人にはぼくを愛して欲しかっただけだった。

 でも、逆だった。

 自分を愛せるから、他人を愛せるのだ。ぼくは人を愛する以前の問題を抱えていたのだ。

 気づけばぼくは泣いていた。自分の意識とは逆行して、涙は流れた。詰める女性に泣く男。何とも情けな……、いや、こういった自分を卑下する姿勢がダメなのだ。

 ぼくは泣いた。人目も憚らずに。多分、周りの客は興味本位でこちらを見ていることだろう。だが、今のぼくにはそんなことはどうでも良かった。そして、里村さんはいう。

「いいよ、泣いて。自分の感情に正直になることは大事。だから、今日からまたやり直せばいいよ。大丈夫、わたしも協力するからさ」

 ぼくは泣きながら、うんうんと頷いた。自分の感情がすべて溶けていくようだった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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