【帝王霊~参拾参~】
文字数 2,478文字
何てことない雑居ビルの廊下は、白色灯に照らされてまったくの個性を失っている。
「本当にここなのか?」祐太朗がいう。
「あのコメディアンがいうには、ここだな」弓永は答えてみせる。
「そうはいっても、ここ、交番のすぐ近くじゃねえか。有り得るのか、そんなこと」
「有るとするなら、五村署の人間はクソバカだってことだな」と弓永は平然という。
「それはお前も含めてか?」
「おれは今ここにいる」弓永は誇らしげに祐太朗を見ていう。「おれしか気づかなかったって意味では、おれはヤツらとはタマが違うってことにはならないか?」
「はいはい、そうだろうよ」呆れ気味に祐太朗。「でも、見張りみたいのはいないのか」
「ここの登記簿を調べさせた。で、すべてが解決した。どういうことかわかるだろ?」
祐太朗は少し考えてからいう。
「……所有者が同じってことか」
「お前にしては頭が回るな。正解だ」
「うるせぇ」
祐太朗と弓永は二階の表示が堅苦しく迎えてくれる廊下を歩いて行く。寒気を感じるような冷たい空気感が、ふたりの顔に、皮膚にへばりつく。いつしか、ふたりの表情は固くなっている。いつも冗談ばかりいい合っているふたりも、ことばを発することがなくなっている。
いつしかふたりはある部屋の前で立ち止まっていた。緊張の面持ちで祐太朗はいう。
「……ここか?」
「あいつが正しければ、な」
ドアには『西田企画』と書かれたプラスチックの看板が小さく張りつけてある。弓永はキッと鋭い視線を祐太朗に投げつける。
「……話したこと、覚えてるよな?」
「覚えてるも何も、何も出来やしねぇだろ」
「ハッ! そうだな」
このビルに入る前、オバサンとのひと悶着があった後のことである。ふたりは屋外にてこんなやり取りをしていた。
「おい、有り金、全部出せ」
そういったのは弓永だった。が、当然祐太朗はそういわれていい気がするはずがなく、ケンカ腰で「あ?」と声を上げた。
「理由をいえよ」
「理由をいわなきゃわからないのか?」
「わからねぇから訊いてんだろ。何だ、ポリ公から泥棒にでも転職すんのか?」
「お前は保育園に転入したほうがいいぞ。物心もついてない聞き分けのないガキみたいなことをいうのは止めろ。お前、自分がどんなヤツかわかってんだろ?」
弓永の顔は真剣そのものだった。祐太朗は考えを巡らせつつ、弓永から目を逸らした。
「わかんだろ? 出しな」
祐太朗はもはや反抗せず、弓永に財布を渡した。それからスマホ、靴下、ポケットに忍ばせた数枚の札を弓永に見抜かれ奪われた。祐太朗は不服そうではあったが、何処か仕方がないといわんばかりでもあった。
これがほんのちょっと前にあった話だ。
「準備はいいな。じゃ、入るぞ」
弓永は祐太朗の反応を見ずに『西田企画』のドアを開く。祐太朗は呆気に取られつつも中へ入っていく。と、ノックもなしに入っていったのだが、ドアの閉まる音に気づいたのか、西田企画の職員らしき痩せた中年の男がやってくる。職員は呆気に取られたような顔でいう。
「あの、何でしょう?」
「遊びたいんだ」と弓永。
「遊びたいって、ここは……」と職員はふと祐太朗を見、それから、「……少々お待ちを」
そういって職員は奥へと消えて行く。
「……どうなってんだ?」と祐太朗。
「おれに聴くな」
と、少しして職員が笑顔を携えて戻ってくる。
「大変お待たせ致しました。祐太朗様、ですね。今日はお連れ様もご一緒で」
「あ?……あぁ、そうなんだけど、どうしておれを知ってんだ?」
「ここでは何ですから、奥でご説明しましょう。では、付いてきて下さい」そういって職員は先だって歩き出す。
弓永と祐太朗もそれに続く。
社内は何てことない。散らかったデスクに散らかった棚、乱雑にペンを走らせたホワイトボードとそこら辺の中小企業のひとつにしか見えないような様相を呈している。社員も数人いて、弓永と祐太朗のことを不審がるような目で眺めている。だが、苦言は何も呈さない。
ふたりが職員に付いて行くと、職員はとあるドアの前で待っていた。金属製のいかにも重そうなドア。と、職員はドアの前でふたりの姿を確認すると、胸元につけられたピンマイクのようなモノに向かって、
「お客様が二名いらっしゃいました。会員の方一名と紹介による御新規一名様です」そう紡がれた後、職員はふたりに向かって、「どうぞ、お入り下さい」
「ちょっと待ってくれ」と祐太朗。「おれは、いつおたくらの会員になったんだよ?」
職員は怪しげに笑ってドアを開ける。と、そこにはフロアがぶち抜かれて広くなったホールがある。室内には様々なゲームが置かれている。ビリヤードにダーツといったモノから、将棋や囲碁、オセロにチェスといったテーブルゲーム、そしてパチンコ、スロット、ルーレットに麻雀などと、たくさんのモノがある。
「祐太朗様は何度かうちの系列にて遊んで頂いていますからね、その時にですよ」
「おたくらの系列に?」
「最近はご無沙汰でしたが、最後に来られたのは、入り用ということで青天井麻雀をなさった時でした」
「……あぁ」祐太朗は納得の声を上げる。「あの時か……」
祐太朗が打ったという青天井麻雀は、いうまでもなく大原美沙殺害事件の時に、美沙本人の恨みを晴らすための資金とするために行ったモノだった。あの青天井麻雀と、まさかの同じ系列だったとは祐太朗も思わなかったはずだ。
「えぇ。ちなみに、ブラックリストの情報も共有されているので、一度そこに入ってしまうと、二度と入ることが出来なくなります」
「てことは、おれはまだ優良な客だったってことか」
「えぇ。わたしもその時いたのですが、少なくとも『何かをした』のは見ていませんから」
職員の不敵な笑みは、まるで祐太朗のイカサマを知っているとでもいわんばかりだ。これは同時に警告でもあった。やろうと思えば、いつでもブラックリスト入りになるぞ、という。
「ちなみに、今回も麻雀卓は全自動ではございません。御自分で牌を積んでお楽しみ下さい」
祐太朗は緊張の面持ち、弓永は不愉快そうに眉間にシワを寄せた。
【続く】
「本当にここなのか?」祐太朗がいう。
「あのコメディアンがいうには、ここだな」弓永は答えてみせる。
「そうはいっても、ここ、交番のすぐ近くじゃねえか。有り得るのか、そんなこと」
「有るとするなら、五村署の人間はクソバカだってことだな」と弓永は平然という。
「それはお前も含めてか?」
「おれは今ここにいる」弓永は誇らしげに祐太朗を見ていう。「おれしか気づかなかったって意味では、おれはヤツらとはタマが違うってことにはならないか?」
「はいはい、そうだろうよ」呆れ気味に祐太朗。「でも、見張りみたいのはいないのか」
「ここの登記簿を調べさせた。で、すべてが解決した。どういうことかわかるだろ?」
祐太朗は少し考えてからいう。
「……所有者が同じってことか」
「お前にしては頭が回るな。正解だ」
「うるせぇ」
祐太朗と弓永は二階の表示が堅苦しく迎えてくれる廊下を歩いて行く。寒気を感じるような冷たい空気感が、ふたりの顔に、皮膚にへばりつく。いつしか、ふたりの表情は固くなっている。いつも冗談ばかりいい合っているふたりも、ことばを発することがなくなっている。
いつしかふたりはある部屋の前で立ち止まっていた。緊張の面持ちで祐太朗はいう。
「……ここか?」
「あいつが正しければ、な」
ドアには『西田企画』と書かれたプラスチックの看板が小さく張りつけてある。弓永はキッと鋭い視線を祐太朗に投げつける。
「……話したこと、覚えてるよな?」
「覚えてるも何も、何も出来やしねぇだろ」
「ハッ! そうだな」
このビルに入る前、オバサンとのひと悶着があった後のことである。ふたりは屋外にてこんなやり取りをしていた。
「おい、有り金、全部出せ」
そういったのは弓永だった。が、当然祐太朗はそういわれていい気がするはずがなく、ケンカ腰で「あ?」と声を上げた。
「理由をいえよ」
「理由をいわなきゃわからないのか?」
「わからねぇから訊いてんだろ。何だ、ポリ公から泥棒にでも転職すんのか?」
「お前は保育園に転入したほうがいいぞ。物心もついてない聞き分けのないガキみたいなことをいうのは止めろ。お前、自分がどんなヤツかわかってんだろ?」
弓永の顔は真剣そのものだった。祐太朗は考えを巡らせつつ、弓永から目を逸らした。
「わかんだろ? 出しな」
祐太朗はもはや反抗せず、弓永に財布を渡した。それからスマホ、靴下、ポケットに忍ばせた数枚の札を弓永に見抜かれ奪われた。祐太朗は不服そうではあったが、何処か仕方がないといわんばかりでもあった。
これがほんのちょっと前にあった話だ。
「準備はいいな。じゃ、入るぞ」
弓永は祐太朗の反応を見ずに『西田企画』のドアを開く。祐太朗は呆気に取られつつも中へ入っていく。と、ノックもなしに入っていったのだが、ドアの閉まる音に気づいたのか、西田企画の職員らしき痩せた中年の男がやってくる。職員は呆気に取られたような顔でいう。
「あの、何でしょう?」
「遊びたいんだ」と弓永。
「遊びたいって、ここは……」と職員はふと祐太朗を見、それから、「……少々お待ちを」
そういって職員は奥へと消えて行く。
「……どうなってんだ?」と祐太朗。
「おれに聴くな」
と、少しして職員が笑顔を携えて戻ってくる。
「大変お待たせ致しました。祐太朗様、ですね。今日はお連れ様もご一緒で」
「あ?……あぁ、そうなんだけど、どうしておれを知ってんだ?」
「ここでは何ですから、奥でご説明しましょう。では、付いてきて下さい」そういって職員は先だって歩き出す。
弓永と祐太朗もそれに続く。
社内は何てことない。散らかったデスクに散らかった棚、乱雑にペンを走らせたホワイトボードとそこら辺の中小企業のひとつにしか見えないような様相を呈している。社員も数人いて、弓永と祐太朗のことを不審がるような目で眺めている。だが、苦言は何も呈さない。
ふたりが職員に付いて行くと、職員はとあるドアの前で待っていた。金属製のいかにも重そうなドア。と、職員はドアの前でふたりの姿を確認すると、胸元につけられたピンマイクのようなモノに向かって、
「お客様が二名いらっしゃいました。会員の方一名と紹介による御新規一名様です」そう紡がれた後、職員はふたりに向かって、「どうぞ、お入り下さい」
「ちょっと待ってくれ」と祐太朗。「おれは、いつおたくらの会員になったんだよ?」
職員は怪しげに笑ってドアを開ける。と、そこにはフロアがぶち抜かれて広くなったホールがある。室内には様々なゲームが置かれている。ビリヤードにダーツといったモノから、将棋や囲碁、オセロにチェスといったテーブルゲーム、そしてパチンコ、スロット、ルーレットに麻雀などと、たくさんのモノがある。
「祐太朗様は何度かうちの系列にて遊んで頂いていますからね、その時にですよ」
「おたくらの系列に?」
「最近はご無沙汰でしたが、最後に来られたのは、入り用ということで青天井麻雀をなさった時でした」
「……あぁ」祐太朗は納得の声を上げる。「あの時か……」
祐太朗が打ったという青天井麻雀は、いうまでもなく大原美沙殺害事件の時に、美沙本人の恨みを晴らすための資金とするために行ったモノだった。あの青天井麻雀と、まさかの同じ系列だったとは祐太朗も思わなかったはずだ。
「えぇ。ちなみに、ブラックリストの情報も共有されているので、一度そこに入ってしまうと、二度と入ることが出来なくなります」
「てことは、おれはまだ優良な客だったってことか」
「えぇ。わたしもその時いたのですが、少なくとも『何かをした』のは見ていませんから」
職員の不敵な笑みは、まるで祐太朗のイカサマを知っているとでもいわんばかりだ。これは同時に警告でもあった。やろうと思えば、いつでもブラックリスト入りになるぞ、という。
「ちなみに、今回も麻雀卓は全自動ではございません。御自分で牌を積んでお楽しみ下さい」
祐太朗は緊張の面持ち、弓永は不愉快そうに眉間にシワを寄せた。
【続く】