【藪医者放浪記~睦拾死~】
文字数 1,194文字
怒りは大きく分けてふたつの種類があるといっていいかもしれない。
ひとつは感情に任せて自分の思いをひたすらに声を荒げて叫び続けるモノ。そして、もうひとつがまるで静けさの漂う夜の海のようにひっそりと静かに怒りを口にするモノだ。
もちろん、怒りを自分の中に仕舞い込み、密かに耐え続けるというモノもいるにはいるが、相手に対する怒りのぶつけ方という点で話をするとなると、それは除外して考えたほうがいいだろう。とはいえ、それは後者の怒りへとつながることが多いことを考えると、そっちに分けてもいいのかもしれないが。
それはさておき、前者は多くの場合は思慮に欠け、人間的にも大したことがない場合が多い。もちろん、実績のある者もいるにはいるが、実績を脇に退ければ大したことのない者というのが殆どだ。そして、そういう人物は大抵の場合は常日頃から他人に怒りをぶつけていることが多い。というか、声を荒げて人を怒れるなどというのは、その質量も軽く何の重みもなくて、声を荒げることに慣れてしまっているといって大袈裟ではない。
そして、後者は思慮深く、人間的にも成熟している場合が多い。もちろん、すべての者が成熟しているかといえば、それは疑問ではある。それは、ただ単に気が弱くてそうなっている場合も全然ある話だからだ。
ただ、それを除外すると、大抵は思慮深い人物が浮き彫りになってくる。そもそも、静かに淡々と怒りをぶつけるのは感情に任せることなく、理性によってすべてを抑え操っているからだ。故に怒りを見せることも少ない。
何故なら他者へ怒りをぶつけることは無駄な争いを産み、自分の立場を悪くするとわかっているからだ。だからこそ、怒りをぶつける時も理論的で、しっかりと筋道の通った内容であるからこそ相手からすれば逃げ道のない苦しい怒りとなる。
いってしまえば、前者は短絡的で愚か、後者は深慮であり聡明であることが殆どだということだ。
中庭には怒号が響き、辺りは水を打ったように静かになっていた。
藤十郎は顔を鬼のようの真っ赤に染め、表情を歪ませ引きつらせていた。ドタドタと寅三郎のほうへと向かうと、猿田源之助を押し退けて寅三郎の胸ぐらを掴んだ。
「貴様、何を無様に負けている! こんなのらりくらりとした者に負けてーー」
「のらりくらり?」寅三郎はいった。「おことばですが、源之助殿は藤十郎様が思っておられるような有象無象とは違います。この方は化け物です。並みの武士が束になっても、この方には勝てないでしょう」
このことばに呼応するように藤十郎は腕を大振りにして寅三郎を殴り付けようとした。が、その手は早々に止められた。
その手を止めていたのはリューだった。
「見苦しいよ、アナタ。さぁ、ワタシと早く闘いましょう」
リューは笑みを浮かべていたが、その声は地獄の底から響いてくるように低かった。
空気が更に張り詰めた。
【続く】
ひとつは感情に任せて自分の思いをひたすらに声を荒げて叫び続けるモノ。そして、もうひとつがまるで静けさの漂う夜の海のようにひっそりと静かに怒りを口にするモノだ。
もちろん、怒りを自分の中に仕舞い込み、密かに耐え続けるというモノもいるにはいるが、相手に対する怒りのぶつけ方という点で話をするとなると、それは除外して考えたほうがいいだろう。とはいえ、それは後者の怒りへとつながることが多いことを考えると、そっちに分けてもいいのかもしれないが。
それはさておき、前者は多くの場合は思慮に欠け、人間的にも大したことがない場合が多い。もちろん、実績のある者もいるにはいるが、実績を脇に退ければ大したことのない者というのが殆どだ。そして、そういう人物は大抵の場合は常日頃から他人に怒りをぶつけていることが多い。というか、声を荒げて人を怒れるなどというのは、その質量も軽く何の重みもなくて、声を荒げることに慣れてしまっているといって大袈裟ではない。
そして、後者は思慮深く、人間的にも成熟している場合が多い。もちろん、すべての者が成熟しているかといえば、それは疑問ではある。それは、ただ単に気が弱くてそうなっている場合も全然ある話だからだ。
ただ、それを除外すると、大抵は思慮深い人物が浮き彫りになってくる。そもそも、静かに淡々と怒りをぶつけるのは感情に任せることなく、理性によってすべてを抑え操っているからだ。故に怒りを見せることも少ない。
何故なら他者へ怒りをぶつけることは無駄な争いを産み、自分の立場を悪くするとわかっているからだ。だからこそ、怒りをぶつける時も理論的で、しっかりと筋道の通った内容であるからこそ相手からすれば逃げ道のない苦しい怒りとなる。
いってしまえば、前者は短絡的で愚か、後者は深慮であり聡明であることが殆どだということだ。
中庭には怒号が響き、辺りは水を打ったように静かになっていた。
藤十郎は顔を鬼のようの真っ赤に染め、表情を歪ませ引きつらせていた。ドタドタと寅三郎のほうへと向かうと、猿田源之助を押し退けて寅三郎の胸ぐらを掴んだ。
「貴様、何を無様に負けている! こんなのらりくらりとした者に負けてーー」
「のらりくらり?」寅三郎はいった。「おことばですが、源之助殿は藤十郎様が思っておられるような有象無象とは違います。この方は化け物です。並みの武士が束になっても、この方には勝てないでしょう」
このことばに呼応するように藤十郎は腕を大振りにして寅三郎を殴り付けようとした。が、その手は早々に止められた。
その手を止めていたのはリューだった。
「見苦しいよ、アナタ。さぁ、ワタシと早く闘いましょう」
リューは笑みを浮かべていたが、その声は地獄の底から響いてくるように低かった。
空気が更に張り詰めた。
【続く】