【モラトリアムに腰掛けて】
文字数 2,343文字
やはり何かが起こる前の空気感といったらたまらないモノがあると思うのだ。
この手の話は何度となくこの駄文集で話してきたとは思うけど、何といっても何かが起こる前の雰囲気や空気感ーー更にいってしまえば、イベント前のソワソワする感じというか、何処か浮き足立つ感じがたまらないのである。
あの焦燥感に関しては何ともいえないモノがある。本番は近づいている。だけど、それに対して何かをする気分にもなれないーーというか、もはや何をしていいのかわからないといった感じ。脳髄は焼かれているのに、何処か浮わついたようなフワフワした感じ。
形容するにしても中々に難しいモノがあると思うのだけど、そういった経験はないだろうか。
おれは何かがある度にこういった感覚に陥るのである。それは、応援団長を務めた時の体育祭の時もそうだったし、芝居の本番前もそうだったし、バンドをやっていた時のライブ前もそうだった。果ては、高校、大学受験の時もそうだった。
おれはそういった本番前のモラトリアム的な時間が何ともいえないほどに好きなのだ。
まだ気を抜いてはいけないという緊張感と、あと少しで終わるというにわかな安心感と期待、それらが入り交じる不思議な空気が何ともいえないほどに好きで堪らないのだ。
プラス、その瞬間の時間の経過が一気に緩むような感覚というのも何ともいえない。
結局は、そんなのはおれの個人的な感覚でしかないのだけど、その感覚にこそ自分は生きていると実感するのである。
さて、『音楽祭篇』の続きである。そろそろ終わりかな。あらすじーー
「日々の練習の中で、何となく感覚を掴みつつあった五条氏。だが、そんな中でもリズムキープに関してはどうにもならずにいた。焦燥感が脳を焼く中、伴奏者の榎本が『おれの伴奏に合わせて指揮を振ってみる?』と提案してきたのだ。指揮者としての役割としてどうかとは思われるが、モノは試しとおれは榎本の提案に乗ってみたのだったーー」
とまぁ、こんな感じか。じゃ、やってくーー
音楽祭まで残り一週間。緊迫した空気の中、弛緩した時間が流れて行く。
やる気がないワケじゃなかった。ただ、日々の練習の中で何となく指揮にも慣れて来たこともあってか、本番が近づいてきて緊張感が沸々と沸き上がって来るような感じもあるというのに、何処か倦怠感があるような気がした。
別に体調が悪いワケでもない。ただ、何故か空気は弛緩していたのだ。
多分、体育祭の応援団長という経験を経たということもあって、何処かそういった緊張感に対する耐性がついていたのだと思う。
ある日の放課後、おれは教室でひとり座って辺りを眺めていた。音楽祭も本番が近いということで、有志で練習をしないか、と教室で練習しようということになっていたのだ。
おれは練習する気もなかったのだけど、帰ってすぐに塾へ行き勉強しようという気分にもなれなかったこともあって、どちらともつかない感じで自分の机に座って目の前で起きている出来事を傍観するような姿勢を取っていたのだ。
「五条くん、練習する?」
女子のひとりがおれにいう。おれは曖昧な口調で、「あぁ」と返事した。
正直、練習する気にはなれなかった。面倒だからとかは思わなかったが、どうにもやる気でいっぱいのクラスメイトたちを見ていて違和感を覚えたのだ。やる気のないおれカッケーとかではなかった。ただ、周りの熱量に比べて、自分の音楽祭に対する熱量がこの時は低く、自分と他の間で越えられない壁のようなベールがあるような感じがあったのだ。
だが、そんなことをしていてもどうにもならない。おれは重い腰を持ち上げ、立ち上がった。
「おっし、やろうか」
一見してやる気があるようないいぶりをしつつ、おれは十数人のクラスメイトの前に立った。桧皮色の空。コンポの再生ボタンが押され、デジタル信号の音楽が鳴り響く。おれはそれに合わせて指揮を振った。
無難な出来。悪くはない。周りの歌は……、悪くはないのかもしれない。おれは大口を開けて歌うクラスメイトを見ながら指揮を振った。ゆったりとした時間の流れ。弛緩したマインド。自分が今いるシチュエーションを客観視するような不思議な感覚。
自分の指揮を終えると、次は自由曲ーー今度は歌う側だ。やはり、こちらも無難な出来。声の高低で出ない領域はない。無理している感じもない。やれることはやったのかもしれない。不意にそう思った。自分を過信するのは良くないが、かといってこういったいつもの練習をする以外に対策は思いつかなかった。
夜闇が少しずつ深くなってくる。他のクラスから聴こえてくるコンポの伴奏や歌声も少しずつまばらになってくる。
「今日はここら辺にしておこうか」
誰が誰となくそういった。それに対して反対する人はいなかったと思う。おれも頷いてその提案に同意した。
片付けをして、自分のロッカーに放り込まれていた鞄を背負う。
そろそろ本番か。
体育祭の時とはまた異なった心境。早く終わって欲しいという感じもなければ、まだこの時間が続いて欲しいという感じもない。
ただ、おれはこの本番が近づいているというライブ感を心地よく感じていただけなのかもしれない。その心地よさに腰深く座って、まるで大画面のテレビを漠然と眺めるような感覚に酔っていたのかもしれない。
だが、現実は戻ってくる。というか、今そこにある時間こそが現実なのだ。
帰ろうーー頭の中で自分にそういい、おれは学校を後にしたーー
とまぁ、今日はこんな感じかな。次回は本番ーーの前にちょっと特別篇というか、ちょっとしたサイドストーリーです。まぁ、単純に書き忘れてたんで、ここで回収しておこうといった感じなんだけども。そんな感じでーー
アスタラ。
この手の話は何度となくこの駄文集で話してきたとは思うけど、何といっても何かが起こる前の雰囲気や空気感ーー更にいってしまえば、イベント前のソワソワする感じというか、何処か浮き足立つ感じがたまらないのである。
あの焦燥感に関しては何ともいえないモノがある。本番は近づいている。だけど、それに対して何かをする気分にもなれないーーというか、もはや何をしていいのかわからないといった感じ。脳髄は焼かれているのに、何処か浮わついたようなフワフワした感じ。
形容するにしても中々に難しいモノがあると思うのだけど、そういった経験はないだろうか。
おれは何かがある度にこういった感覚に陥るのである。それは、応援団長を務めた時の体育祭の時もそうだったし、芝居の本番前もそうだったし、バンドをやっていた時のライブ前もそうだった。果ては、高校、大学受験の時もそうだった。
おれはそういった本番前のモラトリアム的な時間が何ともいえないほどに好きなのだ。
まだ気を抜いてはいけないという緊張感と、あと少しで終わるというにわかな安心感と期待、それらが入り交じる不思議な空気が何ともいえないほどに好きで堪らないのだ。
プラス、その瞬間の時間の経過が一気に緩むような感覚というのも何ともいえない。
結局は、そんなのはおれの個人的な感覚でしかないのだけど、その感覚にこそ自分は生きていると実感するのである。
さて、『音楽祭篇』の続きである。そろそろ終わりかな。あらすじーー
「日々の練習の中で、何となく感覚を掴みつつあった五条氏。だが、そんな中でもリズムキープに関してはどうにもならずにいた。焦燥感が脳を焼く中、伴奏者の榎本が『おれの伴奏に合わせて指揮を振ってみる?』と提案してきたのだ。指揮者としての役割としてどうかとは思われるが、モノは試しとおれは榎本の提案に乗ってみたのだったーー」
とまぁ、こんな感じか。じゃ、やってくーー
音楽祭まで残り一週間。緊迫した空気の中、弛緩した時間が流れて行く。
やる気がないワケじゃなかった。ただ、日々の練習の中で何となく指揮にも慣れて来たこともあってか、本番が近づいてきて緊張感が沸々と沸き上がって来るような感じもあるというのに、何処か倦怠感があるような気がした。
別に体調が悪いワケでもない。ただ、何故か空気は弛緩していたのだ。
多分、体育祭の応援団長という経験を経たということもあって、何処かそういった緊張感に対する耐性がついていたのだと思う。
ある日の放課後、おれは教室でひとり座って辺りを眺めていた。音楽祭も本番が近いということで、有志で練習をしないか、と教室で練習しようということになっていたのだ。
おれは練習する気もなかったのだけど、帰ってすぐに塾へ行き勉強しようという気分にもなれなかったこともあって、どちらともつかない感じで自分の机に座って目の前で起きている出来事を傍観するような姿勢を取っていたのだ。
「五条くん、練習する?」
女子のひとりがおれにいう。おれは曖昧な口調で、「あぁ」と返事した。
正直、練習する気にはなれなかった。面倒だからとかは思わなかったが、どうにもやる気でいっぱいのクラスメイトたちを見ていて違和感を覚えたのだ。やる気のないおれカッケーとかではなかった。ただ、周りの熱量に比べて、自分の音楽祭に対する熱量がこの時は低く、自分と他の間で越えられない壁のようなベールがあるような感じがあったのだ。
だが、そんなことをしていてもどうにもならない。おれは重い腰を持ち上げ、立ち上がった。
「おっし、やろうか」
一見してやる気があるようないいぶりをしつつ、おれは十数人のクラスメイトの前に立った。桧皮色の空。コンポの再生ボタンが押され、デジタル信号の音楽が鳴り響く。おれはそれに合わせて指揮を振った。
無難な出来。悪くはない。周りの歌は……、悪くはないのかもしれない。おれは大口を開けて歌うクラスメイトを見ながら指揮を振った。ゆったりとした時間の流れ。弛緩したマインド。自分が今いるシチュエーションを客観視するような不思議な感覚。
自分の指揮を終えると、次は自由曲ーー今度は歌う側だ。やはり、こちらも無難な出来。声の高低で出ない領域はない。無理している感じもない。やれることはやったのかもしれない。不意にそう思った。自分を過信するのは良くないが、かといってこういったいつもの練習をする以外に対策は思いつかなかった。
夜闇が少しずつ深くなってくる。他のクラスから聴こえてくるコンポの伴奏や歌声も少しずつまばらになってくる。
「今日はここら辺にしておこうか」
誰が誰となくそういった。それに対して反対する人はいなかったと思う。おれも頷いてその提案に同意した。
片付けをして、自分のロッカーに放り込まれていた鞄を背負う。
そろそろ本番か。
体育祭の時とはまた異なった心境。早く終わって欲しいという感じもなければ、まだこの時間が続いて欲しいという感じもない。
ただ、おれはこの本番が近づいているというライブ感を心地よく感じていただけなのかもしれない。その心地よさに腰深く座って、まるで大画面のテレビを漠然と眺めるような感覚に酔っていたのかもしれない。
だが、現実は戻ってくる。というか、今そこにある時間こそが現実なのだ。
帰ろうーー頭の中で自分にそういい、おれは学校を後にしたーー
とまぁ、今日はこんな感じかな。次回は本番ーーの前にちょっと特別篇というか、ちょっとしたサイドストーリーです。まぁ、単純に書き忘れてたんで、ここで回収しておこうといった感じなんだけども。そんな感じでーー
アスタラ。