【藪医者放浪記~参拾弐~】
文字数 1,281文字
夕暮れはまるで死そのモノのようだった。
そして茜色の空の下、九十九街道の通りの真ん中にふたりの男が立っていた。片方は死んだように息を止め、もう片方は激しく息を吐いていた。刀の平に夕陽が反射してまぶしかった。光が交差してまるで虹のようだった。
すべてが無音のようだった。沈黙と静寂が轟いていた。なびく髪はささやかで、何もかもが風のようであり、空気のようであった。
息を殺していた男ーー牛馬がうっすらと笑った。そしてそのまま崩れ落ちるように前のめりになって勢いよく倒れ込んだ。握っていた刀は飛び、もはや牛馬の手には届くことはないであろう状態だった。
牛馬の腰辺りに深い刀キズが出来ていた。着物は破れ、傷跡から出た血で赤く染まっていた。致命傷。その傷が何処まで深いかはわからないが、腰の辺りを断たれていることを考えると、もはや立つことも困難かと思われた。
牛馬の手、震えながらも地面の土をグッと握り締めた。
「......その業、何処で覚えたんだ?」牛馬は声を振り絞っていった。
「流石に無外流のことは勉強したんでな」
源之助は息を沈めながらいった。牛馬は笑って見せた。
「受け流し。無外流の業は門外不出なはずだぜ......」
「昔、無外流の使い手の浪人がいてな。そいつが使っていたのを見たことがある。土佐流の人間が無外流の業を使うことはないーー早合点だったな」
無外流の受け流しは、相手の冗談からの攻撃に対して、刀を上にかざしながら抜刀しつつ、右足を斜めに踏み込んで相手の一撃を流し、間髪入れずに相手の腰を両断するモノである。反対に土佐流の受け流しは左足を右に踏み込みながら刀を上に突き上げる形で抜刀し、身体を反らしつつ相手の攻撃を受け、その勢いを利用して相手の横面を打つ業となっている。
「ハッ......、思い込みか。この異常な緊張感で浮き足立っちまったのは、テメエじゃなくておれだったか......」
「でも、一歩間違えたら、おれがそうなっていた」
「......謙遜か?」
「いや、お前は強かったよ。多分、今まで会った中でもいちばんだったかもしれない。それくらいにおれは緊張していた」
源之助の手は震えていた。
「そうか......。だが、こんなつまらない死に方は、ごめんなんだ......」
牛馬はゆっくりと身体を立て、もはや力も入らないであろう足腰で、ふらつきながらも立ち上がって見せた。そして、源之助のほうを向いた。
「切れ......。どうせ死ぬなら、バッサリ行って欲しい......」
牛馬のいい分に、源之助はゆっくり頷き、狂犬を構え直した。
「ひとつ、いっておく」牛馬がいった。「地獄でテメエを待っている。そして、テメエが来た時には、またやり合おう。その時は......、おれが勝つ」
「......わかった。出来れば避けたいが。お前がそういうのなら、おれもあの世に行ったら、いのいちにお前のところへ行こう」
「ハッ......、待ってるぜ」
源之助は袈裟懸けに刀を一閃した。倒れる牛馬ーーその顔には、斜めについた切り傷が、静かに自己の存在を訴え掛けていた。
【続く】
そして茜色の空の下、九十九街道の通りの真ん中にふたりの男が立っていた。片方は死んだように息を止め、もう片方は激しく息を吐いていた。刀の平に夕陽が反射してまぶしかった。光が交差してまるで虹のようだった。
すべてが無音のようだった。沈黙と静寂が轟いていた。なびく髪はささやかで、何もかもが風のようであり、空気のようであった。
息を殺していた男ーー牛馬がうっすらと笑った。そしてそのまま崩れ落ちるように前のめりになって勢いよく倒れ込んだ。握っていた刀は飛び、もはや牛馬の手には届くことはないであろう状態だった。
牛馬の腰辺りに深い刀キズが出来ていた。着物は破れ、傷跡から出た血で赤く染まっていた。致命傷。その傷が何処まで深いかはわからないが、腰の辺りを断たれていることを考えると、もはや立つことも困難かと思われた。
牛馬の手、震えながらも地面の土をグッと握り締めた。
「......その業、何処で覚えたんだ?」牛馬は声を振り絞っていった。
「流石に無外流のことは勉強したんでな」
源之助は息を沈めながらいった。牛馬は笑って見せた。
「受け流し。無外流の業は門外不出なはずだぜ......」
「昔、無外流の使い手の浪人がいてな。そいつが使っていたのを見たことがある。土佐流の人間が無外流の業を使うことはないーー早合点だったな」
無外流の受け流しは、相手の冗談からの攻撃に対して、刀を上にかざしながら抜刀しつつ、右足を斜めに踏み込んで相手の一撃を流し、間髪入れずに相手の腰を両断するモノである。反対に土佐流の受け流しは左足を右に踏み込みながら刀を上に突き上げる形で抜刀し、身体を反らしつつ相手の攻撃を受け、その勢いを利用して相手の横面を打つ業となっている。
「ハッ......、思い込みか。この異常な緊張感で浮き足立っちまったのは、テメエじゃなくておれだったか......」
「でも、一歩間違えたら、おれがそうなっていた」
「......謙遜か?」
「いや、お前は強かったよ。多分、今まで会った中でもいちばんだったかもしれない。それくらいにおれは緊張していた」
源之助の手は震えていた。
「そうか......。だが、こんなつまらない死に方は、ごめんなんだ......」
牛馬はゆっくりと身体を立て、もはや力も入らないであろう足腰で、ふらつきながらも立ち上がって見せた。そして、源之助のほうを向いた。
「切れ......。どうせ死ぬなら、バッサリ行って欲しい......」
牛馬のいい分に、源之助はゆっくり頷き、狂犬を構え直した。
「ひとつ、いっておく」牛馬がいった。「地獄でテメエを待っている。そして、テメエが来た時には、またやり合おう。その時は......、おれが勝つ」
「......わかった。出来れば避けたいが。お前がそういうのなら、おれもあの世に行ったら、いのいちにお前のところへ行こう」
「ハッ......、待ってるぜ」
源之助は袈裟懸けに刀を一閃した。倒れる牛馬ーーその顔には、斜めについた切り傷が、静かに自己の存在を訴え掛けていた。
【続く】