【ナナフシギ~弐拾捌~】
文字数 1,124文字
音楽室では沈黙が響き渡っていた。
どんよりした空気と雰囲気の中、混乱が祐太朗、エミリ、そして弓永の間で渦巻いていた。エミリは呆然といった。
「誰って......、どういうこと?」
エミリの疑問ももっともだった。今、ふたりの目の前にいるのは紛れもない弓永だ。その弓永に対して「お前は誰だ」などと、気が狂ったか錯乱したかでしかない。だが、祐太朗に引く気配はまったく見られない。弓永を殴り飛ばした後も目はまるで獲物を狙うトラのように鋭く容赦か見えなかった。
「そうだよ、どうしたんだい?」
弓永が殴られたほほをさすりながら立ち上がろうとした。が、祐太朗はその足を引っ掛けて弓永を転ばすと、そのまま馬乗りになって弓永のことを何度も何度も右へ左へ殴りつけた。弓永は悲痛な声で「やめてよ!」と叫んでいた。
祐太朗の肩が引かれた。かと思いきや、祐太朗の頬は勢い良く弾かれ、そのままバランスを崩すと祐太朗は弓永からどく形で横に倒れ込んだ。祐太朗はすぐさま立ち上がる。
「何すんだよ!」
エミリに食って掛かる祐太朗。が、エミリは目に涙をいっぱいに溜めていたかと思うと、そのまま泣き出してしまった。祐太朗もこの時から女子の涙には弱く、タジタジだった。
「何で、そんなことすんの......?」エミリ。がいった。「弓永くん、わたしたちのこと助けに来てくれたんだよ? それなのに、何で急にケンカを始めちゃうの?」
「何いってんだよ」祐太朗はいった。「弓永なんて何処にもいねえぞ?」
まるで時間が止まったようになる。エミリもその答えは意外だったようで、すすり泣きながらも祐太朗のほうをじっと見詰めた。祐太朗の表情は真剣そのものだった。
「え、だって、弓永くんはそこに......」
「いってんだろ。弓永じゃねえって」
「そんなこといわないでよ祐太朗くん」弓永がちょっと口調強めにいった。「流石のぼくも怒るよ?」
怒るといった弓永のその表情は怒りに歪んでいた。祐太朗はその表情を冷めた目で見ていた。そして、口を開いたーー
「それだよ」
祐太朗のことばに弓永とエミリは動きを止めた。それとは何なのか、エミリはその意味に翻弄されるように右に左に視線を振った。
「それってどういうこと?」エミリ。
「あからさまにイラ立ちを見せて『怒るよ?』なんて宣言するヤツじゃないんだよ、弓永は」祐太朗は続けた。「そもそも、その口調が可笑しい。弓永はおれを君付けなんてしないし、おれが殴れば有無もいわさずにニヤリと笑って殴り返してくる。それにあんなパンチじゃ、本当の弓永には当たらない。間違っても馬乗りで殴られたりもしない。お前、弓永の振りしてるだけだろ?」
混乱は夜と共に深まって行く。
弓永が笑ったーー
【続く】
どんよりした空気と雰囲気の中、混乱が祐太朗、エミリ、そして弓永の間で渦巻いていた。エミリは呆然といった。
「誰って......、どういうこと?」
エミリの疑問ももっともだった。今、ふたりの目の前にいるのは紛れもない弓永だ。その弓永に対して「お前は誰だ」などと、気が狂ったか錯乱したかでしかない。だが、祐太朗に引く気配はまったく見られない。弓永を殴り飛ばした後も目はまるで獲物を狙うトラのように鋭く容赦か見えなかった。
「そうだよ、どうしたんだい?」
弓永が殴られたほほをさすりながら立ち上がろうとした。が、祐太朗はその足を引っ掛けて弓永を転ばすと、そのまま馬乗りになって弓永のことを何度も何度も右へ左へ殴りつけた。弓永は悲痛な声で「やめてよ!」と叫んでいた。
祐太朗の肩が引かれた。かと思いきや、祐太朗の頬は勢い良く弾かれ、そのままバランスを崩すと祐太朗は弓永からどく形で横に倒れ込んだ。祐太朗はすぐさま立ち上がる。
「何すんだよ!」
エミリに食って掛かる祐太朗。が、エミリは目に涙をいっぱいに溜めていたかと思うと、そのまま泣き出してしまった。祐太朗もこの時から女子の涙には弱く、タジタジだった。
「何で、そんなことすんの......?」エミリ。がいった。「弓永くん、わたしたちのこと助けに来てくれたんだよ? それなのに、何で急にケンカを始めちゃうの?」
「何いってんだよ」祐太朗はいった。「弓永なんて何処にもいねえぞ?」
まるで時間が止まったようになる。エミリもその答えは意外だったようで、すすり泣きながらも祐太朗のほうをじっと見詰めた。祐太朗の表情は真剣そのものだった。
「え、だって、弓永くんはそこに......」
「いってんだろ。弓永じゃねえって」
「そんなこといわないでよ祐太朗くん」弓永がちょっと口調強めにいった。「流石のぼくも怒るよ?」
怒るといった弓永のその表情は怒りに歪んでいた。祐太朗はその表情を冷めた目で見ていた。そして、口を開いたーー
「それだよ」
祐太朗のことばに弓永とエミリは動きを止めた。それとは何なのか、エミリはその意味に翻弄されるように右に左に視線を振った。
「それってどういうこと?」エミリ。
「あからさまにイラ立ちを見せて『怒るよ?』なんて宣言するヤツじゃないんだよ、弓永は」祐太朗は続けた。「そもそも、その口調が可笑しい。弓永はおれを君付けなんてしないし、おれが殴れば有無もいわさずにニヤリと笑って殴り返してくる。それにあんなパンチじゃ、本当の弓永には当たらない。間違っても馬乗りで殴られたりもしない。お前、弓永の振りしてるだけだろ?」
混乱は夜と共に深まって行く。
弓永が笑ったーー
【続く】