【藪医者放浪記~伍拾伍~】
文字数 1,086文字
場の空気が凍りつく時の音は凄まじい。
具体的な音がどう、というワケではない。それどころか、むしろ場は静寂に包まれて虚空の音ですら聴こえて来そうなほどの沈黙が場を支配するのはいうまでもない。
だが、それは緊張感によって神経が余計に研ぎ澄まされるが故に、静寂ですら無音という音が聴こえて来るような錯覚に陥るということだ。そう、何かが張り詰めるようなあの内耳に響き渡る沈黙のことである。
リューの放ったひとことは間違いなく、その場にいたすべての人たちに張り詰めた静寂の音を聴かせたに違いなかった。
「こんなの、とはどういう意味だ?」
そういい放つ藤十郎の顔は完全に引き吊り、石膏のようになっていた。そして、それを取り巻く者たちは口をあんぐり開けてどうするべきか慌てふためていた。
「いや、だってーー」
リューがことばを続けようとすると、突然、リューの口が大きな手によって塞がれた。茂作ーー愛想笑いを浮かべながら必死にリューの口を塞いでいた。
「いやぁ、何をおっしゃるんですかねぇ、このお方はぁ!」茂作はキッと猿田のほうを睨みつけた。「猿田さん、でしたね!」
「あ、はい」
「何だってこんなワケのわからん人を連れて来たんだい!?」
「いや、さっきもいった通り、この人が勝手にーー」
「いいワケなんかいらんのだぃ!」
もはや茂作の口調もワケがわからないことになってしまっていたが、猿田も猿田でワケのわからない清の国の人間を連れて来てしまったことに負い目があるのか、茂作の強い口調に謝罪することしか出来ない様子だった。
「まぁ、取り敢えず、いいじゃないですか!」その場を仕切り直すように天馬がいった。「源之助、そのリューというお方のお相手はお前に任せてもいいかな?」
「えぇ、それは全然ーー」
「いや、貴様はここにいろ!」
突然、大きな声でその場を引き締めたのは藤十郎だった。その表情は完全に阿修羅のようになっていた。天馬もオロオロして、
「ですが、藤十郎様、この者はわたくしの客人ですからーー」
「客人とはいえ、無礼は無礼だ! 貴様、表に出ろ!」
「オモテ?」リューはキョロキョロした後に猿田にいった。「オモテって何だ?」
「外ってことですよ!」
「じゃかしい!」まるで煽っているかのようなリューのひとことに、藤十郎の怒りも吹き上がっていった。「いいから外に出ろ! 果たし合いだッ!」
果たし合い。そのひとことで、場の空気は引き締まった。その場にいる者はみな血の気のひいた表情をしていたーー猿田を除いて。
「あのぉ、おことばですがーー」猿田は控えめにいった。「それは止めておいたほうがよろしいか、と」
【続く】
具体的な音がどう、というワケではない。それどころか、むしろ場は静寂に包まれて虚空の音ですら聴こえて来そうなほどの沈黙が場を支配するのはいうまでもない。
だが、それは緊張感によって神経が余計に研ぎ澄まされるが故に、静寂ですら無音という音が聴こえて来るような錯覚に陥るということだ。そう、何かが張り詰めるようなあの内耳に響き渡る沈黙のことである。
リューの放ったひとことは間違いなく、その場にいたすべての人たちに張り詰めた静寂の音を聴かせたに違いなかった。
「こんなの、とはどういう意味だ?」
そういい放つ藤十郎の顔は完全に引き吊り、石膏のようになっていた。そして、それを取り巻く者たちは口をあんぐり開けてどうするべきか慌てふためていた。
「いや、だってーー」
リューがことばを続けようとすると、突然、リューの口が大きな手によって塞がれた。茂作ーー愛想笑いを浮かべながら必死にリューの口を塞いでいた。
「いやぁ、何をおっしゃるんですかねぇ、このお方はぁ!」茂作はキッと猿田のほうを睨みつけた。「猿田さん、でしたね!」
「あ、はい」
「何だってこんなワケのわからん人を連れて来たんだい!?」
「いや、さっきもいった通り、この人が勝手にーー」
「いいワケなんかいらんのだぃ!」
もはや茂作の口調もワケがわからないことになってしまっていたが、猿田も猿田でワケのわからない清の国の人間を連れて来てしまったことに負い目があるのか、茂作の強い口調に謝罪することしか出来ない様子だった。
「まぁ、取り敢えず、いいじゃないですか!」その場を仕切り直すように天馬がいった。「源之助、そのリューというお方のお相手はお前に任せてもいいかな?」
「えぇ、それは全然ーー」
「いや、貴様はここにいろ!」
突然、大きな声でその場を引き締めたのは藤十郎だった。その表情は完全に阿修羅のようになっていた。天馬もオロオロして、
「ですが、藤十郎様、この者はわたくしの客人ですからーー」
「客人とはいえ、無礼は無礼だ! 貴様、表に出ろ!」
「オモテ?」リューはキョロキョロした後に猿田にいった。「オモテって何だ?」
「外ってことですよ!」
「じゃかしい!」まるで煽っているかのようなリューのひとことに、藤十郎の怒りも吹き上がっていった。「いいから外に出ろ! 果たし合いだッ!」
果たし合い。そのひとことで、場の空気は引き締まった。その場にいる者はみな血の気のひいた表情をしていたーー猿田を除いて。
「あのぉ、おことばですがーー」猿田は控えめにいった。「それは止めておいたほうがよろしいか、と」
【続く】