【冷たい墓石で鬼は泣く~睦拾睦~】
文字数 1,024文字
ハッタリなどではなかった。
わたしは死ぬつもりだった。でなければ、何も変わらないだろうと思っていた。武田家に仕える誰もが藤乃助様はもちろん、藤十郎様にも何もいえやしないのだから。わたしのような謀反をする人間がおらずして、何が変わるというのだ。
もちろん、藤乃助様を殺すつもりなどまったくない。だが、藤十郎様に関していえば、殺すつもりだった。このまま何もせずに、何も変わらずにいれば、いずれはこの武田家も崩壊する。早ければ藤乃助様が生きておられる内に、それも藤十郎様が後を継がれるよりずっと早くに武田の家はダメになるだろう。
もし、わたしがここで藤十郎様を殺してしまったとしても、それが早まっただけ。他の何モノでもないのだ。そして、わたしがここで死のうと、やはりその死が早まっただけ。わたしは何の後悔もない。
だが、わたしの真剣の要望は見事にはねつけられた。当たり前といえば当たり前だった。藤乃助様は藤十郎様はもちろん、わたしにも死んでは欲しくなかったとのことだった。
だが、戦意のない藤十郎様では、もはや勝負にはならなかった。だからこそ、わたしは謀反を仕掛けるしかなかったーー
わたしは木刀を持ったまま声を上げて藤十郎様に向かって行った。
その場のすべての空気が凍りつくのがわかった。狼藉者という声が飛んだのも聴こえた。だが、わたしに向かってくる者は誰ひとりとしていなかった。
藤十郎様は完全に尻餅をついて木刀をも放り出していた。それどころか、袴が濡れていた。わかっていた、その理由は。
わたしは藤十郎様の頭目掛けて木刀を大上段から振り下ろした。
シンッとなった。
鈍い音も、弾けるような音もしなかった。わたしの木刀は藤十郎様の両の手で取られていた。白刃取りーー真剣でなかったのが功を奏したのかもしれない。真剣であれば、藤十郎様の両手のひらは血だらけだったろうが、木刀であったがためにその大きな刀身を取ることができ、かつ手も切れはしなかった。もちろん、ケガはしているだろうが。
にしても、本気で打ちに行くというわたしの決意も、何処かで甘えがあったようだ。わたしは本気で打ち込むどころか、普通に加減して打っていた。
そして、藤十郎様は身を守るためとはいえ、咄嗟に出した両手でわたしの木刀を掴んだのだ。これはもはや、これが仮に真剣での勝負であれば、などという下らない話は野暮、どうでも良かった。ただひとついえるのはーー
わたしは負けたのだ。
【続く】
わたしは死ぬつもりだった。でなければ、何も変わらないだろうと思っていた。武田家に仕える誰もが藤乃助様はもちろん、藤十郎様にも何もいえやしないのだから。わたしのような謀反をする人間がおらずして、何が変わるというのだ。
もちろん、藤乃助様を殺すつもりなどまったくない。だが、藤十郎様に関していえば、殺すつもりだった。このまま何もせずに、何も変わらずにいれば、いずれはこの武田家も崩壊する。早ければ藤乃助様が生きておられる内に、それも藤十郎様が後を継がれるよりずっと早くに武田の家はダメになるだろう。
もし、わたしがここで藤十郎様を殺してしまったとしても、それが早まっただけ。他の何モノでもないのだ。そして、わたしがここで死のうと、やはりその死が早まっただけ。わたしは何の後悔もない。
だが、わたしの真剣の要望は見事にはねつけられた。当たり前といえば当たり前だった。藤乃助様は藤十郎様はもちろん、わたしにも死んでは欲しくなかったとのことだった。
だが、戦意のない藤十郎様では、もはや勝負にはならなかった。だからこそ、わたしは謀反を仕掛けるしかなかったーー
わたしは木刀を持ったまま声を上げて藤十郎様に向かって行った。
その場のすべての空気が凍りつくのがわかった。狼藉者という声が飛んだのも聴こえた。だが、わたしに向かってくる者は誰ひとりとしていなかった。
藤十郎様は完全に尻餅をついて木刀をも放り出していた。それどころか、袴が濡れていた。わかっていた、その理由は。
わたしは藤十郎様の頭目掛けて木刀を大上段から振り下ろした。
シンッとなった。
鈍い音も、弾けるような音もしなかった。わたしの木刀は藤十郎様の両の手で取られていた。白刃取りーー真剣でなかったのが功を奏したのかもしれない。真剣であれば、藤十郎様の両手のひらは血だらけだったろうが、木刀であったがためにその大きな刀身を取ることができ、かつ手も切れはしなかった。もちろん、ケガはしているだろうが。
にしても、本気で打ちに行くというわたしの決意も、何処かで甘えがあったようだ。わたしは本気で打ち込むどころか、普通に加減して打っていた。
そして、藤十郎様は身を守るためとはいえ、咄嗟に出した両手でわたしの木刀を掴んだのだ。これはもはや、これが仮に真剣での勝負であれば、などという下らない話は野暮、どうでも良かった。ただひとついえるのはーー
わたしは負けたのだ。
【続く】