【冷たい墓石で鬼は泣く~参~】
文字数 2,039文字
嵐の跡は瓦礫が積み上がる。
粉々に砕け散った家屋の壁や内装が、まるで命を失ったかのように地べたに這いつくばっている様は、凄惨のひとことでしかいい表せないだろう。だがそれ以上に、さっきまで生きていた建物が炎に包まれて炭と灰になる様は凄惨であり、そこにはもはや虚しさしか残らない。
わたしがあの『ノロシ』を見たのは、もう随分と前の話だった。
わたしはその時、旅立って行った新しくも古い友を見送って、大鳥殿の屋敷中庭にて大鳥殿の剣術の稽古のお供をしていた。
木刀を持って一進一退。わたしも大鳥様も己の業をぶつけ合っていた。そんな時である。
空がボンヤリと桧皮色になった。
わたしは思わずそちらに気を取られ、大鳥殿に一本を取られてしまった。
「だらしがないぞ牛野」大鳥殿がいった。
が、大鳥殿のことばはわたしの耳を右から左へ通り抜けていった。わたしの関心はそれ以上に夜空にボウッと浮かぶ火の玉のような桧皮色の灯りに行っていた。
わたしは完全にことばを失っていた。わたしのそんな様子に、大鳥殿も桧皮色の空に気づかれたようで、大鳥殿は何事かと訊ねた。
何もいえなかった。いや、何と形容すれば良いのかなどわからなかった。
「……何だ、あれは」大鳥殿がそう呟いた。
わたしは途端に不安になった。源之助殿。思わず友の名前が口をついて出る。
考えてみれば可笑しな話だった。
源之助殿は、川越の天誅屋は滅んだと仰られていた。だが、そこには確かに源之助殿の天誅屋時代の仲間がおられた。確か、名前を『お雉』といっただろうか。あの妖艶な姿は忘れはしない。
あとのひとりはやたらとガタイのいい男だった。が、わたしの記憶が正しければ、天誅屋には源之助殿とお雉様の他に『犬吉』という男がいたはずだ。となると、あれは天誅屋の残党なのか。
そして、問題はもうひとりである。
何処か人の良さそうな雰囲気の男。一見して穏やかではあるが、香取流のおぞましい業を使う男。確か、名前は桃川、だったか。
わたしはあの男を何処かで見たことがあった気がしてならなかった。しかし、それについての具体的な記憶はまったくなかった。
「本日の稽古はこれで勘弁して貰えませぬか」わたしはそう口走っていた。
「いいが、どうしたのだ?」
「少々、様子を見て来ます。馬を一騎お借りしますぞ!」
わたしはそういって走った。背後から大鳥殿のお声が聴こえはしたが、何と仰られていたのかはわからなかった。わたしは何故か不安に駆られていた。何だろう。いいようのない不安。
わたしは夜闇の中、松明を片手に馬を走らせた。火の粉が馬に掛からぬよう気をつけつつ、手綱を奮った。
暗いはずの木々の間から灯りが漏れて来た。と、森を抜けたところでわたしはおぞましき光景を目の当たりにした。
燃え盛るいくつかの小屋、屋敷。わたしは手綱を一気に引き、馬を止めた。
ここは……。そういえば聴いたことがある。大鳥様の屋敷から少し離れたところに如何わしい城塞のような場所がある、と。そしてそこには面を被った野武士連中がいる、と。だが、それは木々の奥深くで、かつ足場は悪く、土地としてあまりいい場所ではなかったこともあって、そこまで意識することはなかった。
わたしは転びそうになりながらも走って敷地のほうへと向かった。砂利に大きな石ころの転がる地形は侵入するには容易ではなかった。
何とか敷地前まで着くと、そこにはたくさんの屍が横たわっていた。もはや生きた人間の気配はしなかった。
これは、源之助殿たちが?
わたしはそう疑った。だが、源之助殿たちがこのようなことをするワケはわからなかった。ただ、ひとついえるのは、ただならぬ事情があったに違いない、ということか。
わたしは燃え盛る建物の前で怯んだ。見た感じ、そこに源之助殿たちの姿はなかった。屍を転がしたが、それらしき姿はない。
みな、助かったのだろうか……。
翌日、火の消えた敷地内にて、わたしは大鳥殿の許しを得て、遣いの者たちと共に敷地内の探索に当たった。酷いモノだった。土を赤く染めていたであろう血は黒く変色し、建物は完全に灰と炭と化していた。
わたしはーー
それからというモノ、わたしは大鳥殿に暇を頂けるようお願いした。突然のことで大鳥殿も困惑していた。だが、決意は固かった。
結局、大鳥殿はわたしの懇願に負け、わたしに暇を与えて下さった。わたしさえ良ければ、また戻って来て欲しいということばと共に。
そして今、わたしの目の前に、また屍の山が築かれている。今度はヤクザの一家。みな背中に刺青をいれているが、その多くが刀キズによって切り裂かれている。
わたしはそのキズ口を調べる。切り口にブレがない。まっすぐでキレイなキズ。非常に腕のいい者の仕業だとすぐにわかる。
そして、その切り方で、下手人が腕のいい香取流の使い手であるとわかる。
まさか……。
あの鮮やかな香取流の太刀筋が蘇る。
まだ近くにいるはず。
わたしは息を飲む。
【続く】
粉々に砕け散った家屋の壁や内装が、まるで命を失ったかのように地べたに這いつくばっている様は、凄惨のひとことでしかいい表せないだろう。だがそれ以上に、さっきまで生きていた建物が炎に包まれて炭と灰になる様は凄惨であり、そこにはもはや虚しさしか残らない。
わたしがあの『ノロシ』を見たのは、もう随分と前の話だった。
わたしはその時、旅立って行った新しくも古い友を見送って、大鳥殿の屋敷中庭にて大鳥殿の剣術の稽古のお供をしていた。
木刀を持って一進一退。わたしも大鳥様も己の業をぶつけ合っていた。そんな時である。
空がボンヤリと桧皮色になった。
わたしは思わずそちらに気を取られ、大鳥殿に一本を取られてしまった。
「だらしがないぞ牛野」大鳥殿がいった。
が、大鳥殿のことばはわたしの耳を右から左へ通り抜けていった。わたしの関心はそれ以上に夜空にボウッと浮かぶ火の玉のような桧皮色の灯りに行っていた。
わたしは完全にことばを失っていた。わたしのそんな様子に、大鳥殿も桧皮色の空に気づかれたようで、大鳥殿は何事かと訊ねた。
何もいえなかった。いや、何と形容すれば良いのかなどわからなかった。
「……何だ、あれは」大鳥殿がそう呟いた。
わたしは途端に不安になった。源之助殿。思わず友の名前が口をついて出る。
考えてみれば可笑しな話だった。
源之助殿は、川越の天誅屋は滅んだと仰られていた。だが、そこには確かに源之助殿の天誅屋時代の仲間がおられた。確か、名前を『お雉』といっただろうか。あの妖艶な姿は忘れはしない。
あとのひとりはやたらとガタイのいい男だった。が、わたしの記憶が正しければ、天誅屋には源之助殿とお雉様の他に『犬吉』という男がいたはずだ。となると、あれは天誅屋の残党なのか。
そして、問題はもうひとりである。
何処か人の良さそうな雰囲気の男。一見して穏やかではあるが、香取流のおぞましい業を使う男。確か、名前は桃川、だったか。
わたしはあの男を何処かで見たことがあった気がしてならなかった。しかし、それについての具体的な記憶はまったくなかった。
「本日の稽古はこれで勘弁して貰えませぬか」わたしはそう口走っていた。
「いいが、どうしたのだ?」
「少々、様子を見て来ます。馬を一騎お借りしますぞ!」
わたしはそういって走った。背後から大鳥殿のお声が聴こえはしたが、何と仰られていたのかはわからなかった。わたしは何故か不安に駆られていた。何だろう。いいようのない不安。
わたしは夜闇の中、松明を片手に馬を走らせた。火の粉が馬に掛からぬよう気をつけつつ、手綱を奮った。
暗いはずの木々の間から灯りが漏れて来た。と、森を抜けたところでわたしはおぞましき光景を目の当たりにした。
燃え盛るいくつかの小屋、屋敷。わたしは手綱を一気に引き、馬を止めた。
ここは……。そういえば聴いたことがある。大鳥様の屋敷から少し離れたところに如何わしい城塞のような場所がある、と。そしてそこには面を被った野武士連中がいる、と。だが、それは木々の奥深くで、かつ足場は悪く、土地としてあまりいい場所ではなかったこともあって、そこまで意識することはなかった。
わたしは転びそうになりながらも走って敷地のほうへと向かった。砂利に大きな石ころの転がる地形は侵入するには容易ではなかった。
何とか敷地前まで着くと、そこにはたくさんの屍が横たわっていた。もはや生きた人間の気配はしなかった。
これは、源之助殿たちが?
わたしはそう疑った。だが、源之助殿たちがこのようなことをするワケはわからなかった。ただ、ひとついえるのは、ただならぬ事情があったに違いない、ということか。
わたしは燃え盛る建物の前で怯んだ。見た感じ、そこに源之助殿たちの姿はなかった。屍を転がしたが、それらしき姿はない。
みな、助かったのだろうか……。
翌日、火の消えた敷地内にて、わたしは大鳥殿の許しを得て、遣いの者たちと共に敷地内の探索に当たった。酷いモノだった。土を赤く染めていたであろう血は黒く変色し、建物は完全に灰と炭と化していた。
わたしはーー
それからというモノ、わたしは大鳥殿に暇を頂けるようお願いした。突然のことで大鳥殿も困惑していた。だが、決意は固かった。
結局、大鳥殿はわたしの懇願に負け、わたしに暇を与えて下さった。わたしさえ良ければ、また戻って来て欲しいということばと共に。
そして今、わたしの目の前に、また屍の山が築かれている。今度はヤクザの一家。みな背中に刺青をいれているが、その多くが刀キズによって切り裂かれている。
わたしはそのキズ口を調べる。切り口にブレがない。まっすぐでキレイなキズ。非常に腕のいい者の仕業だとすぐにわかる。
そして、その切り方で、下手人が腕のいい香取流の使い手であるとわかる。
まさか……。
あの鮮やかな香取流の太刀筋が蘇る。
まだ近くにいるはず。
わたしは息を飲む。
【続く】