【冷たい墓石で鬼は泣く~漆拾壱~】

文字数 1,079文字

 溺れる者は藁をも掴むとはよくいったモノだ。

 わたしもいってしまえば溺れる者ーー銭はないし、流石に空腹がやって来て、しかもまともに暖を取れるような場所すらないのだから、これは完全に困窮状態だった。

 怪しい男の名前は平蔵といった。平蔵はこの近くの村に住んでいる百姓なのだそうだ。しかし、最近ではそれもまともにいかなくなった。というのも、この辺りに野武士が出るとのことで、その野武士が自分の腹を満たすために村から食料をカツアゲしているというのだ。

 人間、どんな身分であろうと落ちぶれる者は落ちぶれる。武士であろうと、高貴なお人もいればろくでなしもいる。わたしはどちらかといえばろくでなしの部類ではあるが、村から暴力を背景に食料をかっぱらうなどということはしようとも思ったことはない。

 しかし、ひとつイヤな予感はあった。この野武士というのが、馬乃助だったらどうするかということだった。

 あの男であれば、腹を満たすために百姓を脅すなんてことはやりかねないーー身内とはいえ、そんな風に思ってしまうのは、自分としても残念な話ではあるが、こんなところで再会なんてことはあの男も流石に望んでいないだろうーーというより、血の流れるであろう場所であの男と再会するのは、出来れば遠慮したいところだった。

 わたしは平蔵に村まで案内された。まず通されたのは村の長の家だった。何とも古びた家で、柱にぶつかりでもしたら、それだけで屋根から柱から、家そのものが倒壊して来るのではと思えてならないようなザマだった。

 村の長の名は半助といった。半助は背は小さく痩せ細り、紙は白く月代もヒゲもまともに剃っていないようで無作法に髪が伸びていた。一見して村の長といった感じはしない。

「長、連れて来ましたぜ」

 平蔵がいうと、半助は振り返り、わたしのことを一瞥した。そして、

「旅の御方よ、そこに座っておくんなさい」

 といって、再びわたしに背を向けてしまった。わたしは長にしては礼儀のなっていない者だなと少し非難したい気持ちになった。しかし、こんなところで揉めていても仕方がない。それに今は空腹でそれどころではない。あまり動けるほどの体力も残っていなかった。わたしは素直に半助の前に座った。

「よくぞ来て下さった」半助はうしろを向いたまま話し出した。「このような無礼を働きながらで申し訳ないが、少しわたしの話を聴いてはいただけないだろうか」

「それなら、こちらの平蔵さんから何となくの事情は聞いた。野武士が出るとのことだな」

 半助は答えなかった。わたしの中で違和感がのろしを上げるように立ち上がった。

 【続く】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み