【明日、白夜になる前に~睦拾睦~】
文字数 2,243文字
ストリートのにおいは無臭のようで、ちょっとしたくさみがある。
ぼくは里村さんとのご飯を終え、ふたりで繁華街の中を歩いている。彼女の衰弱したにおいが通りを歩く人たちを微かに遠ざける。中にはこころないコメントを残して去っていく者も。
いわれて彼女もショックだろうけど、彼女自身事情もあり自覚もあるせいか、そこまで大きな反応も見せない。
ぼくはそんな彼女のそばを歩く。普通なら関わりたくないと距離を取る人が殆どだろうけど、ぼくはそう思われたくなくて逆に彼女との距離を詰める。彼女はそれを申しワケなさそうにする。だけど、これがぼくの意地だった。
彼女の事情も何となくは知っているし、こころないことばに対しての怒りも感じていた。だからせめて、彼女を非難するならぼくも一緒に、と思ったまでだ。カッコつけてない、といえばそれはノーだった。だけど、利がどうとか、そういうことはこの際どうでも良かった。
しかし、本当に彼女のことを監禁しているのは何処の誰なのだろう。
たまきがいうには、彼女がぼくを監禁したのは、『ぼくを独り占めしたかったから』だそうだ。いってしまえば、彼女は極度の依存体質で、ぼくが何処か遠くへ行ってしまうのではないか、と不安で仕方なかったらしい。そんなことは少なくともなかったのだけど、結果的に彼女が欲を出しすぎてしまい、司法の力でぼくと彼女は離れ離れになることとなったのだが。
しかし、たまきと同じ理論で行くと彼女を監禁しているのは、男ということも有り得る。有り得るが……。だとしたら、ぼくとの面会を果たして許すだろうか。むしろ、何かしらの理由をつけてぼくとのコンタクトを避けようとするのではないか。それに、メッセージもあんなキャピキャピした感じではなく、むしろ冷たく突き放すような傾向になるはず。
だとしたら、相手は女だろうか。
かといって女でぼくとの関係をホールドしておこうとする理由は何だろう。むしろ彼女の惨状を目の当たりにさせるのは、自分にとって不利になるのではないだろうか。
いや、間違いなく不利だ。
そもそもぼくは彼女がスマホを通じて音を盗聴されていると知っている。そして、彼女の現状も。もし仮に犯人が彼女を殺すことが目的なら、こんな逃げられる可能性を残しつつ、かつ人質を縄も付けず目の前に晒すなんてことは何のメリットもないのは誰だってわかるはず。
だとしたら、犯人の目的は何なのだ。
何もかもがズサンというか、色んなところで不備が出るような犯行。犯人は、本当は何をしたくてこんなことをしているのか。
「どうかしたの……?」
ぼくはハッとする。振り向くと彼女が虚ろな目で心配そうにぼくのほうを見ている。
「え、どうかって……?」
「いや、何か上の空だから……。声掛けても反応がないし、何かあったのかな、って」
自分の世界に入り込み過ぎていたようだ。これではぼくが何かを思案していることは、犯人にもバレバレではないか。だとしたら、彼女の身に危険が及んでも仕方ないだろう。
なら、いっそのこと……。
ぼくはスマホを二、三いじり、作業を終えるとそのままジャケットの内ポケットに仕舞う。
大きく息を吐く。そしてーー
「何処か、行きたい場所はない?」
「……え?」
「いや、せっかく会ったんだからさ、もうちょっと何処かで話して行こうよ」
彼女は少し考えているようだった。多分、ぼくの意図が何なのかを思案しているに違いない。そして、同時にそのことで彼女のご家族にどんなペナルティが課されるか、だ。それが心配でならないのだろう。
「ちょっとぐらいなら、いいだろ?」ぼくは少しだけ強気というか、押しの姿勢でいう。
彼女は依然として困ったご様子。だが、ぼくは殆ど無理矢理といった感じで彼女の腕を取る。ハッとする彼女。ぼくに抵抗しようとするも、その衰弱した身体では、大した力も発揮されず、ぼくの驀進を止めることは出来ない。
ぼくは彼女を引っ張って通りを突っ切る。通行人の間をくぐり抜け、ストリートの中でもあまり人気のない路地へと消えて行く。路地を抜けると、今度は大通り。とはいえ人通りは少ない。多いのは車。完全な表通り。
そして、ぼくは大きな建物前で止まる。
内心ではドキドキが止まらなかった。正直、こんなのは暴挙も同然だとわかっていたからだ。私欲がなかったかといわれればウソになる。だけど、ぼくは止まる気はない。
「ここ……」彼女は絶句する。
妖艶なネオンを放つ巨大なホテルは、まるで欲望に駆られた人間を食い尽くす魔物のよう。ぼくはそんな魔物の口の中へ吸い込まれて行くように、彼女の手を引っ張っていった。彼女は困惑しながらも、そこまで抵抗はしなかった。
ロビーに入り、タッチパネルで空室を選ぶと、そのまま彼女と部屋まで向かう。
部屋に入ると、そこは久しぶりに見るような景色。大きなベッドに薄暗いネオン、壁掛けのテレビに独特のにおい。これまでここに迷い込んだ魔物たちの血と汗とアンモニアのにおいは消えているが、そこには間違いなくその足跡のようなモノが沈殿している。
ぼくは彼女を部屋の真ん中に立たせるとスマホを出すようにいう。躊躇う彼女にぼくは更に押しを掛ける。ぼくは躊躇いがちにスマホを出す彼女からスマホを引ったくるという。
「聴こえてるか。里村さんはこちらで預かった。お前の思い通りにはさせない。やれるもんならやってみろ! お前の犯行なんか……」
突然、足許が崩れていく。
気を失っ……
【続く】
ぼくは里村さんとのご飯を終え、ふたりで繁華街の中を歩いている。彼女の衰弱したにおいが通りを歩く人たちを微かに遠ざける。中にはこころないコメントを残して去っていく者も。
いわれて彼女もショックだろうけど、彼女自身事情もあり自覚もあるせいか、そこまで大きな反応も見せない。
ぼくはそんな彼女のそばを歩く。普通なら関わりたくないと距離を取る人が殆どだろうけど、ぼくはそう思われたくなくて逆に彼女との距離を詰める。彼女はそれを申しワケなさそうにする。だけど、これがぼくの意地だった。
彼女の事情も何となくは知っているし、こころないことばに対しての怒りも感じていた。だからせめて、彼女を非難するならぼくも一緒に、と思ったまでだ。カッコつけてない、といえばそれはノーだった。だけど、利がどうとか、そういうことはこの際どうでも良かった。
しかし、本当に彼女のことを監禁しているのは何処の誰なのだろう。
たまきがいうには、彼女がぼくを監禁したのは、『ぼくを独り占めしたかったから』だそうだ。いってしまえば、彼女は極度の依存体質で、ぼくが何処か遠くへ行ってしまうのではないか、と不安で仕方なかったらしい。そんなことは少なくともなかったのだけど、結果的に彼女が欲を出しすぎてしまい、司法の力でぼくと彼女は離れ離れになることとなったのだが。
しかし、たまきと同じ理論で行くと彼女を監禁しているのは、男ということも有り得る。有り得るが……。だとしたら、ぼくとの面会を果たして許すだろうか。むしろ、何かしらの理由をつけてぼくとのコンタクトを避けようとするのではないか。それに、メッセージもあんなキャピキャピした感じではなく、むしろ冷たく突き放すような傾向になるはず。
だとしたら、相手は女だろうか。
かといって女でぼくとの関係をホールドしておこうとする理由は何だろう。むしろ彼女の惨状を目の当たりにさせるのは、自分にとって不利になるのではないだろうか。
いや、間違いなく不利だ。
そもそもぼくは彼女がスマホを通じて音を盗聴されていると知っている。そして、彼女の現状も。もし仮に犯人が彼女を殺すことが目的なら、こんな逃げられる可能性を残しつつ、かつ人質を縄も付けず目の前に晒すなんてことは何のメリットもないのは誰だってわかるはず。
だとしたら、犯人の目的は何なのだ。
何もかもがズサンというか、色んなところで不備が出るような犯行。犯人は、本当は何をしたくてこんなことをしているのか。
「どうかしたの……?」
ぼくはハッとする。振り向くと彼女が虚ろな目で心配そうにぼくのほうを見ている。
「え、どうかって……?」
「いや、何か上の空だから……。声掛けても反応がないし、何かあったのかな、って」
自分の世界に入り込み過ぎていたようだ。これではぼくが何かを思案していることは、犯人にもバレバレではないか。だとしたら、彼女の身に危険が及んでも仕方ないだろう。
なら、いっそのこと……。
ぼくはスマホを二、三いじり、作業を終えるとそのままジャケットの内ポケットに仕舞う。
大きく息を吐く。そしてーー
「何処か、行きたい場所はない?」
「……え?」
「いや、せっかく会ったんだからさ、もうちょっと何処かで話して行こうよ」
彼女は少し考えているようだった。多分、ぼくの意図が何なのかを思案しているに違いない。そして、同時にそのことで彼女のご家族にどんなペナルティが課されるか、だ。それが心配でならないのだろう。
「ちょっとぐらいなら、いいだろ?」ぼくは少しだけ強気というか、押しの姿勢でいう。
彼女は依然として困ったご様子。だが、ぼくは殆ど無理矢理といった感じで彼女の腕を取る。ハッとする彼女。ぼくに抵抗しようとするも、その衰弱した身体では、大した力も発揮されず、ぼくの驀進を止めることは出来ない。
ぼくは彼女を引っ張って通りを突っ切る。通行人の間をくぐり抜け、ストリートの中でもあまり人気のない路地へと消えて行く。路地を抜けると、今度は大通り。とはいえ人通りは少ない。多いのは車。完全な表通り。
そして、ぼくは大きな建物前で止まる。
内心ではドキドキが止まらなかった。正直、こんなのは暴挙も同然だとわかっていたからだ。私欲がなかったかといわれればウソになる。だけど、ぼくは止まる気はない。
「ここ……」彼女は絶句する。
妖艶なネオンを放つ巨大なホテルは、まるで欲望に駆られた人間を食い尽くす魔物のよう。ぼくはそんな魔物の口の中へ吸い込まれて行くように、彼女の手を引っ張っていった。彼女は困惑しながらも、そこまで抵抗はしなかった。
ロビーに入り、タッチパネルで空室を選ぶと、そのまま彼女と部屋まで向かう。
部屋に入ると、そこは久しぶりに見るような景色。大きなベッドに薄暗いネオン、壁掛けのテレビに独特のにおい。これまでここに迷い込んだ魔物たちの血と汗とアンモニアのにおいは消えているが、そこには間違いなくその足跡のようなモノが沈殿している。
ぼくは彼女を部屋の真ん中に立たせるとスマホを出すようにいう。躊躇う彼女にぼくは更に押しを掛ける。ぼくは躊躇いがちにスマホを出す彼女からスマホを引ったくるという。
「聴こえてるか。里村さんはこちらで預かった。お前の思い通りにはさせない。やれるもんならやってみろ! お前の犯行なんか……」
突然、足許が崩れていく。
気を失っ……
【続く】