【藪医者放浪記~睦拾捌~】
文字数 1,094文字
傷痕がそう簡単に治るワケがない。
ましてや、さっき切られたばかりの切り傷が数刻もしない内に治っていれば、それはもはやモノノケの類いの話だろう。
猿田源之助は番屋にて斎藤に医者を呼んで貰うこととなった。が、困ったことに街医者はちょうど川越を留守にしており、他の医者を頼るには少し時間が掛かってしまう見込みだった。だが、そこにーー
「猿ちゃん」といってお雉が番屋に入って来た。「医者、連れて来たよ」
猿田も斎藤も困惑した。一番近くの町医者は今いない。なのに、こんな早くに医者がーーそれもお雉の手によって呼び出されるとは思ってもいなかったからだ。
「医者って」猿田はいった。「何処から連れて来たんだよ」
お雉はニヤリと笑ったーー
「なるほど、な」茂作はいった。「それで、その良くわからない医者様とやらの手に掛かって応急の手当てしたワケか。で、その着物はどうした? そのナントカ街道ってとこでケガした時には袖ごと破っちまったんだろ?」
猿田は、今着ている着物はお雉に頼んで調達して貰い、斎藤のいる番屋まで届けて貰うことになっていたと話した。そして、その途中で、その医者がケガした小さな子供に手当てをしている所を見て、もしかしたらと思い、連れて来たのだと説明したのだそうだ。
「そうだったのか......。でも、その右腕で良くあの男に勝てたな。あの男も相当な腕前なんだろ?」
「えぇ、流石にあの牛馬という弟ほどではなかったですが」
「兄のほうが弱いってか......、何というか残念な話だな」
「いえ、決して弱くはないです。むしろ強者の部類といってよろしいと思います。ただ、弟のほうは鬼や化物の類いで、兄上殿はまだ人間らしさがあった。あの方は相当な努力をし、経験を積み、そしてあそこまで登り詰めたとわかる。あの切り筋は、たくさんの剣の腕前を知っているモノです」
「そこまでお褒め頂くと、何だか恥ずかしいですね」
突如聴こえた声ーーその主は牛野寅三郎だった。顔つきはやはり神妙としていた。
「しかし、右腕を負傷したアナタにすら一本と取れずに敗北するとは、わたしもまだまだです。流石は馬乃助を倒したお方だ。それで、右腕のほうは大丈夫ですか?」
受け流しの際、いくら衝撃を逃がすとはいえ、刀を叩かれれば右腕に衝撃は行く。加えて流した際の自分の木刀の平が右腕に直撃しているというのだから、それは苦しいはずだ。
「えぇ、何とか」
「そうですか」安心したように寅三郎はいった。「改めまして、牛野寅三郎、武田家に仕える者です。剣は無外流。生まれは房州」
「武州川越、猿田源之助、土佐流です」
ふたりは互いに笑みを送り合った。
【続く】
ましてや、さっき切られたばかりの切り傷が数刻もしない内に治っていれば、それはもはやモノノケの類いの話だろう。
猿田源之助は番屋にて斎藤に医者を呼んで貰うこととなった。が、困ったことに街医者はちょうど川越を留守にしており、他の医者を頼るには少し時間が掛かってしまう見込みだった。だが、そこにーー
「猿ちゃん」といってお雉が番屋に入って来た。「医者、連れて来たよ」
猿田も斎藤も困惑した。一番近くの町医者は今いない。なのに、こんな早くに医者がーーそれもお雉の手によって呼び出されるとは思ってもいなかったからだ。
「医者って」猿田はいった。「何処から連れて来たんだよ」
お雉はニヤリと笑ったーー
「なるほど、な」茂作はいった。「それで、その良くわからない医者様とやらの手に掛かって応急の手当てしたワケか。で、その着物はどうした? そのナントカ街道ってとこでケガした時には袖ごと破っちまったんだろ?」
猿田は、今着ている着物はお雉に頼んで調達して貰い、斎藤のいる番屋まで届けて貰うことになっていたと話した。そして、その途中で、その医者がケガした小さな子供に手当てをしている所を見て、もしかしたらと思い、連れて来たのだと説明したのだそうだ。
「そうだったのか......。でも、その右腕で良くあの男に勝てたな。あの男も相当な腕前なんだろ?」
「えぇ、流石にあの牛馬という弟ほどではなかったですが」
「兄のほうが弱いってか......、何というか残念な話だな」
「いえ、決して弱くはないです。むしろ強者の部類といってよろしいと思います。ただ、弟のほうは鬼や化物の類いで、兄上殿はまだ人間らしさがあった。あの方は相当な努力をし、経験を積み、そしてあそこまで登り詰めたとわかる。あの切り筋は、たくさんの剣の腕前を知っているモノです」
「そこまでお褒め頂くと、何だか恥ずかしいですね」
突如聴こえた声ーーその主は牛野寅三郎だった。顔つきはやはり神妙としていた。
「しかし、右腕を負傷したアナタにすら一本と取れずに敗北するとは、わたしもまだまだです。流石は馬乃助を倒したお方だ。それで、右腕のほうは大丈夫ですか?」
受け流しの際、いくら衝撃を逃がすとはいえ、刀を叩かれれば右腕に衝撃は行く。加えて流した際の自分の木刀の平が右腕に直撃しているというのだから、それは苦しいはずだ。
「えぇ、何とか」
「そうですか」安心したように寅三郎はいった。「改めまして、牛野寅三郎、武田家に仕える者です。剣は無外流。生まれは房州」
「武州川越、猿田源之助、土佐流です」
ふたりは互いに笑みを送り合った。
【続く】