【ビジネスマンにはなれない】

文字数 4,248文字

 ビジネススーツを着た男ーーハットを被り、薄汚れた白馬に乗って線路の脇をゆく様はまるで死神のようだった。

 男が向かう先には、インディアンらしき薄汚れた男がいた。インディアンらしき男は、木の門に背を預けたまま、ただひたすらにナイフで木片を削っていた。黙って、ただ黙って……。

 が、ビジネススーツに気づくとナイフを折り畳み、インディアンは彼を見る。

「モートンにヤツのようにはなれないといわれた」ビジネススーツは馬を降りていった。「今そのワケがわかったぜ」

 インディアンは静かに笑っていう。

「つまり、ビジネスマンにはなれないと悟ったワケだ……」

「ただの男だ」ビジネススーツはどこか寂しげな表情を浮かべた。

 インディアンから笑顔が消えた。

「……それも古い男だ」完成しゆく鉄道の線路を遠い目で眺めていうインディアン。「いずれは第二のモートンに消される運命……」

「未来のことはどうでもいい」ビジネススーツは過去を振り切るように毅然としていう。「お前の狙いが何か、もういってくれてもいいだろう?」

「その時は、死ぬ時だぜ……」インディアンの顔が迫真に迫る。

「……わかってる」

 ふたりは、処刑場ともいうべき荒野にて、静かに向き合い、銃を抜き合うのだったーー

 とまぁ、これはおれが一番好きな映画のワンシーンなのだけど、本音をいえば、一番好きな映画は何?と訊かれると非常に困ってしまう。

 それは、人によってはその時の気分で毎回変わるものだし、数ある好きな映画からナンバーワンを選出するというのも中々難しいからだ。

 正直、一番好きな映画を問われると、本当にその映画をいうべきか困ってしまう。というのも、相手が本当に自分のナンバーワンの映画に興味があるかどうかは、また別の話だからだ。

 まぁ、基本的に「好きな映画」は訊かれても、「一番好きな映画」を訊かれることは、実際は余りなくて、そういうことについて答える機会は殆どないんだけどね。

 そこでおれは、「一番好きな映画」と「好きな映画」を答える際にひとつ貫いていることがある。それは、

「一番好きな映画」は、一番好きな映画監督の一番好きな映画をいい、「好きな映画」は一番好きな監督の一番ポピュラーであろう映画をいうということだ。

 黒澤明の映画で例を挙げると、「一番好きな映画」は『悪い奴ほどよく眠る』で、「好きな映画」は『七人の侍』とそんな感じだ。

 ちなみに、黒澤明は好きだけど一番ではないんで、今回は取り上げないけど、では一番好きな映画監督って誰よってことになるがーー

 それは『セルジオ・レオーネ』だ。

 この『セルジオ・レオーネ』、多分、今の五〇代から七〇代くらいの人なら知っている人もいるかもしれないけど、最近の人で彼の名前を知っているのはそれなりに映画について明るい人に限られてしまうんじゃないかと思うのだ。

  では、そんなレオーネの映画で「好きな映画」ーー即ち、「一番ポピュラーな映画」は何かといえば、『荒野の用心棒』だろう。

 この『荒野の用心棒』に関しては、また後々書きたいんで深くは書かないけど、早い話が、黒澤明の『用心棒』をイタリア人の映画監督が西部劇という形で、多国籍の役者を使ってスペインにて無断リメイクした映画だ。

 書いているだけでも情報量が多いなって気がするけど、本当にそうなんだから仕方ない。

 パクり映画かよって思われるかも知れないけど、これが世界中で大ヒットした結果、日本の映画会社にも情報がいってしまい、訴訟沙汰にもなったことで、売れた分、手痛いしっぺ返しも食らったのだから、そこは許せ。

 とはいえ、この『荒野の用心棒』のお陰で世界中で名が広まったお陰で、レオーネは更に二本ほどイタリア製西部劇を作り、それでハリウッドに認められアメリカ映画に進出することになるワケだ。

 さて、話は逸れてしまったけど、おれが「一番好きな映画」ーー即ち「一番好きな映画監督の一番好きな映画」は何かというと、

 レオーネがハリウッドに進出して撮った最初の映画、『ウエスタン』だ。

『ウエスタン』は1968年にレオーネが撮ったイタリア製西部劇チックな西部劇映画で、原題は『Once upon a time in the west』という、西部開拓時代の終焉期をテーマにした映画だ。

 そもそも本場西部劇もイタリア製西部劇って何が違うのかといわれれば、

 ・高貴か醜悪か
 ・正義かアンチヒーローか
 ・大義の名分か過激な暴力か

 大きく分ければこんな感じだと思う。変な話、イギリスの本格推理小説とアメリカのハードボイルド小説の関係に似ているのかもしれない。まぁ、『荒野の用心棒』のオリジンがハードボイルド小説にあるのもあるだろうけど。

 さて、そんな感じでアメリカ西部劇の高貴な雰囲気もなく、醜悪で暴力的で、悪辣な西部を描いたともいわれるイタリア製西部劇ではあるけど、その見世物小屋的な内容はもちろんだが、イタリア製西部劇の第一人者であるセルジオ・レオーネの映画がおれは大好きなのだ。

 理由としては、

 ・暴力の中にある叙述的なシナリオ
 ・渇いた荒野を彩る美しい構図
 ・壮大で美麗でカッコいい音楽
 ・粋なセリフと粋なギャグ描写

 こんな感じだろう。さて、一つひとつについてしっかりと書くのもいいだろうけど、わざわざそれを論理的に話すのは、どうもおれの駄文集には相応しくない。

 そこで、いくつかのシーンを小説形式で紹介していこうかと思う。さて、では最初に冒頭のシーンからである。じゃ、やってくーー

 砂塵吹き荒れる荒野の中に佇む小さな駅の構内に、チョークを刷り削る音が響いた。

 黒板には大きく「遅延」の文字が鎮座していた。何かトラブルがあったらしい。

 駅長の老年男性が遅延情報を書き終え振り向くと、そこには三人の男がいた。

 ひとりは腰からバレルを落としたライフルを提げたスキンヘッドの黒人で、ひとりはメキシカン風の男、最後のひとりは顔の半分が髭で埋まった白人だった。三人は揃ってダスターコートを身に纏い、その裾を風に靡かせていた。

「切符をお求めなら、正面の窓口のほうへ回って下さらんか。ここは、立ち入り禁止……」駅長はメキシカンのギラついた視線にたじろいだ。「あぁ、いや、ここでも構いませんよ」

 駅長はそういって切符の枚数を確認する。だが、メキシカンはまったく答えようとしなかった。代わりに愛想笑いを浮かべる駅長から切符を受け取ると、それを風に流し、駅長をロッカーへとブチ込んでしまった。

 駅長はロッカーの戸を微かに開けて外を覗いた。三人の男たちは三角形の陣形で駅のホームを陣取り、各々時間を潰しているようだった。

 タンクから漏れ出た水が屋根に染み込み、落ちた雫が黒人の頭で弾け飛ぶ。黒人はハットを被り、ハットのツバにたまった腐った水を飲み干すと、ご満悦の表情を浮かべた。

 どことなく薄汚れた白人のひとりは、ホームの端で指を鳴らしながらその時を待っていた。

 メキシカンは、ロッキングチェアに座って仮眠を取っていた。が、ハエはメキシカンの口元や頬を這い、メキシカンの眠りを阻む。

 メキシカンは苛立っていた。息でハエを吹き飛ばそうにも上手くいかない。

 刹那ーーメキシカンは側壁に止まったハエをシングルアクションアーミーの銃口を押し付けて閉じ込めた。逃げ場を失ったハエの飛び回る音を聞いて、したり顔を浮かべるメキシカン。

 汽車がやって来た。

 メキシカンはハエを逃がし、黒人はバレルを切ったライフルをコッキングする。薄汚れた白人も向かってくる汽車に鋭い視線を向ける。

 軋む車輪がその動きを止めると、三人の身体は一気に引き締まった。

 貨物車のドアが開いた。

 銃に手を掛ける三人。

 沈黙が薄い霧のように流れるーー

 荷物が降ろされたのみだった。

 三人は拍子抜けといった様子で去りゆく汽車に背を向けた。

 突然、ハーモニカの音が響いた。

 振り返る三人。

 汽車の影からひとりの男が現れた。薄汚れた服を着たインディアンのような男だった。

 ハーモニカを吹きながらハットの影から三人の男たちを覗き見るインディアン。やがて、ハーモニカを口から離し、いった。

「フランクは?」

「ヤツにいわれて来た」メキシカンがいう。

「……おれの馬がいないようだが」

 インディアンがいうように、馬は男たち三人の分しかいなかった。三人の男たちは顔を見合わせて笑い、メキシカンがいうーー

「可笑しいな。どうやら一頭足りねぇようだ」

 インディアンは静かに首を振る。

「いや、二頭余る」

 ーー広大な土地に大きな家に凄まじい銃声が鳴り響く。地主であり、家主であるマクベインが撃ったライフルの銃声だった。

 弾は大空を舞う一羽の鳥に命中し、マクベイン家の次男ティミーが仕留めた鳥を嬉しそうに持ち上げ掲げた。が、マクベインの表情は固かった。

 マクベインが家へ戻ると、家の前にはクロスの掛けられたテーブルに豪勢な食事が並べられていた。

 マクベインの娘、モーリーは鼻唄を歌いながら篭に入った果実を運んでいた。

 マクベインはモーリーの肩を抱いていう。もうすぐこんな生活も終わる。そして、長男のパトリックを呼び出しいった。

 新しいお母さんを迎えにいけ。新しいお母さんは、若くて美人だ、と。

 が、マクベインは何かイヤな予感を抱くように辺りを見回した。

 銃声ーー

 マクベインは家のほうを振り返った。

 ばたりと倒れるモーリー。

 娘の名前を呼び、マクベインは走った。

 が、マクベインも数発の銃弾に倒れた。

 長男パトリックも、銃撃され落馬。

 異変に気づき家の奥から走り出るティミー。そこには変わり果てた家族の姿。そしてーー

 ダスターコートを纏った五人の男たちが草葉の陰から現れた。

 抱えたボトルをギュッと抱き締めるティミーの前に五人の男たちが立ちはだかった。

「このガキはどうする、フランク?」

 右端から二番目の男が、センターの男に訊ねた。フランクと呼ばれた男は、その場に唾を吐き、ただひとこと、こういった。

「名前を聴かれた」

 フランクの手が腰元のシングルアクションアーミーに伸びる。その表情は、恐怖におののくティミーとは対称的に、笑顔だったーー

 とまぁ、こんな感じか。続きが気になったら、動画配信サービスでチェックしてみては如何? 緊急事態宣言下、家にいることも多くなるだろうし、映画を観るのもいいと思うぜ。

 ひとついえるのは、「時代は変わる」ってことだよな。

 アスタラビスタ。


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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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