【闇の中で晴れもよう】
文字数 3,377文字
躍進している人を応援できるだろうか。
これは簡単なようで案外難しい。というのも、人間は無意識下で競争心を抱く生き物だからだ。競争心を抱けば、自分よりも優れた人間が妬ましく思えてくる。
そうなれば、人を応援するどころか、むしろどこかで人の失敗を願うような浅ましい人間になっても可笑しくはない。
それが悪いかといえば、そうともいい切れない。というのも、さっきもいった通り、それが人間が持つ性質だからだ。
むしろ、嫉妬心を抱かない人間に向上はないと思う。確かに、自分の好きなもの、興味のあるものに無心で取り組んだ結果、とんでもない領域にまで辿り着いてしまうことはある。
だが、そういった人間にも、こころの何処かには嫉妬心のようなモノがあるはずなのだ。
同じ分野ではなくとも、また別の苦手な何かでの辱しめを埋めるように、自分の好きなものに取り組むということもあるだろうからな。
ただ、そういったマインドに支配されつつも、それを原動力に自分の腕を磨いていけるのであれば、それはそれでいいことだろう。
或は、嫉妬はしても、いいものを見せて貰ったとこころからの拍手を送れるならば、それは立派なことだと思うのだ。実際、これができる人はかなり少ないからな。
かくいうおれは、嫉妬心の塊のような人間だ。というより、それに突き動かされて生きているようなもんだと思ってもらっていい。
どうしてそうなったかというと、恐らくは、幼い頃から他人と比較されて、常におれは敗者側、それも地の底を這いつくばるような底辺に居続けたからだろう。
人間、恵まれた位置に居続けられれば、こころに余裕が出てくる。その余裕こそが、他人を認め、賞賛することができるマインドを形成するのだろう。
だが、おれのような底辺を這いつくばる人間には人を賞賛するだけのこころの余裕がない。常に賞賛されている他人を路傍で妬ましく思い、嫉妬心に満ちた目付きで自分よりも上に立ち、自分よりも先を行く人を睨みつけるのだ。
オマケに何かを始めても、その道の先輩に当たる人物だったり、かつての知人だったりに嘲笑されることが多く、そうなれば自己承認欲求と嫉妬心は更に猛り、歪んだ人間となる。
とはいえ、最近では自分でもある程度の経験を積んだからか、他人に嫉妬することも少なくなり、嫉妬しても、ちゃんと人を賞賛することができるだけの余裕が出来てきたワケだ。
やっぱ、そのほうがいいよな。嫉妬に満ちた生き方なんて窮屈なだけで全然面白くない。嫉妬心を抱かないワケではないけど、それをポジティブな方向へ転換するだけの余裕があるのと、嫉妬に狂うのは全然違うからな。
さて、『遠征芝居篇』のエクストラ弐である。長かった遠征篇も今日で終わり。ほんと長かったな。そんなワケで、あらすじーー
「四月、五条氏はデュオニソスの公演にて相手役を務めたよっしーと共に川澄駅にいた。森ちゃんの立ち上げた劇団の旗揚げ公演を観に行くためだ。電車に新幹線、地下鉄と乗り継ぎ劇場に着くと、そこには懐かしいウタゲの皆さんがいた。そして、いざ芝居を観てみると、これが凄い。充実感と込み上げてくる喜びを胸に、五条氏はアンケートに思いの丈を書き留めると、皆さんに挨拶をした後に、よっしーと共に劇場を後にするのだった」
とまぁ、こんな感じか。じゃ、やってくーー
六月上旬のとある日曜日の早朝、おれは五村の駅前ロータリーにいた。
眩しい日射しがおれの水晶体を刺し、おれは目を細めつつ辺りを見回した。おれの目に旋回してこちらに近づいて来る車が映る。車の後部座席の窓が開き、そこからーー
「おはよー。さ、乗って」
とよっしーが声を掛けてきた。おれはそれに従って車の後部座席に乗り込んだ。
「お願いします」
そういうおれの視線の先には前の座席に座る夫婦ーーよっしーのご両親だ。
「いえいえ、こちらこそよろしくね」よっしーのお父さんがいった。
この日は、森ちゃんの劇団の第二回公演で、前回と違い、色々あってよっしーのご両親が運転する車に同乗して会場まで向かうこととなっていたのだ。
まぁ、友人のーーそれも女友達のご両親の車に同乗させて頂くという経験は正直始めてだったりする。今まで友人のご両親と食事をご一緒するということはあったし、年上との関わりも居合や芝居、沖縄空手の関係で同年代の人間よりも多目であったとはいえ、女友達のご両親の車に同乗するとなると多少は緊張したよな。
とはいえ車内では無難というか何の問題もなく過ごすことができたんで無問題。というか、よっしーとご両親の仲が良すぎて驚いたくらいだった。まぁ、おれが男っていうのもあるだろうけど、両親とそこまで仲良くはないから、何か新鮮な気分だったよな。
車で約二時間半ほどで、久しぶりの景色を見ることとなった。二ヶ月ぶりの景色。劇場近くでよっしーと共に車を降り、よっしーのご両親はそのまま別の場所へと観光へ。
「早く着き過ぎちゃったね。ちょっとお茶でもしていこうか」
よっしーの提案に乗り、おれとよっしーは二ヶ月ぶりの街並みをブラブラと歩きながら、適当な喫茶店に入って時間を潰した。
「楽しみだね、どんな感じなんだろ」よっしーがいった。
「どうだろうな、すげぇ楽しみだわ」
「そうだねー」
そんな在り来たりな話をしながら、おれはリンゴジュースを吸い上げていた。
時間も近づき喫茶店を出ると、そのままふたりで会場まで向かった。会場内は相変わらずの懐かしいメンツーーウタゲのメンバーが出迎えてくれた。若干の照れくささも感じつつ、主宰の森ちゃんとも挨拶を交わして中へ入り、本番が始まるのを待った。
そして、いざ本番。今回も前回同様、短~中編程度の長さのシナリオが二本。
一本目は森ちゃんのオリジナル台本で、旅館に執筆に来た作家の話。二本目は既存のモノで、とある脚本家の本を丸パクりしたモノを卒業製作として提出して教員に呼び出された学生の話だった。
結論からいうと、どちらも素晴らしかった。キャストの演技はいうまでもなく、シナリオのほうも、ふたつ目の既存の台本は兎も角として、ひとつ目の森ちゃんのオリジナル台本も本当に素晴らしかった。
プラス、シナリオも既存とオリジナルの二本ではあるけど、それぞれがまったく違うコンセプトというワケではなく、二本目の既存の台本が、一本目のオリジナル台本のコンセプトと上手く調和しているのがわかるようなチョイスになっていて、まったくノイズにならなかった。
そして、やはり、森ちゃんの書いたオリジナルのシナリオは素晴らしかった。
何というか、彼が書き、演出する男性像というのが、おれは堪らなく好きなのだ。
もちろん、彼が初めて書いて演出した本のメインの男性キャラクターである冬樹を演じたからというのもあるだろうけど、やはり、おれは森ちゃんの書く、自分の中で苦悩し、その果てにひとつの結論を出して行動に出るーーそんな男性像がすごく好きなのだ。
そして、今回、森ちゃんの芝居が今まで以上に素晴らしかったのだ。
森ちゃんは、既存のシナリオの芝居に出ていたのだけど、今までは何処か芝居の中に緊張感が垣間見えていたとはいえ、今回は肩の力が抜け切っていてほんとこころから楽しくて仕方ないとそんな感じだった。
やはり、ここまでいいモノを見せられてしまうと、嫉妬心を覚えざるを得なかった。
おれだって、いい芝居を見せてやるからな。おれは内心でそう息巻いていた。プラス、久しぶりに芝居の台本を書いてみたくもなった。テイストは彼のモノとは異なるとしても、いい本を書いてみたくなったのだ。
いいシナリオといい芝居は、その人にいい意味で嫉妬心を生む。そして、それが次へと繋がる行動力を生む。おれも順当に行けば九月に本番だ。それまでの稽古でいいモノを作り上げて、いい芝居にしてやりたい。そう思った。
おれは客席という薄暗い闇の中で笑みを止めることが出来なかった。
すべてのプログラムが終わり、満足感に満ち満ちた森ちゃんの笑顔に対し、おれはこころからの拍手を送った。そして、おれのこころも完全な晴れ模様になっていた。
いいモノを観たーーおれは胸いっぱいのポジティブな感情を、アンケートに書き込んだ。
おれだって、負けてられるか。
【遠征芝居篇・終わり】
これは簡単なようで案外難しい。というのも、人間は無意識下で競争心を抱く生き物だからだ。競争心を抱けば、自分よりも優れた人間が妬ましく思えてくる。
そうなれば、人を応援するどころか、むしろどこかで人の失敗を願うような浅ましい人間になっても可笑しくはない。
それが悪いかといえば、そうともいい切れない。というのも、さっきもいった通り、それが人間が持つ性質だからだ。
むしろ、嫉妬心を抱かない人間に向上はないと思う。確かに、自分の好きなもの、興味のあるものに無心で取り組んだ結果、とんでもない領域にまで辿り着いてしまうことはある。
だが、そういった人間にも、こころの何処かには嫉妬心のようなモノがあるはずなのだ。
同じ分野ではなくとも、また別の苦手な何かでの辱しめを埋めるように、自分の好きなものに取り組むということもあるだろうからな。
ただ、そういったマインドに支配されつつも、それを原動力に自分の腕を磨いていけるのであれば、それはそれでいいことだろう。
或は、嫉妬はしても、いいものを見せて貰ったとこころからの拍手を送れるならば、それは立派なことだと思うのだ。実際、これができる人はかなり少ないからな。
かくいうおれは、嫉妬心の塊のような人間だ。というより、それに突き動かされて生きているようなもんだと思ってもらっていい。
どうしてそうなったかというと、恐らくは、幼い頃から他人と比較されて、常におれは敗者側、それも地の底を這いつくばるような底辺に居続けたからだろう。
人間、恵まれた位置に居続けられれば、こころに余裕が出てくる。その余裕こそが、他人を認め、賞賛することができるマインドを形成するのだろう。
だが、おれのような底辺を這いつくばる人間には人を賞賛するだけのこころの余裕がない。常に賞賛されている他人を路傍で妬ましく思い、嫉妬心に満ちた目付きで自分よりも上に立ち、自分よりも先を行く人を睨みつけるのだ。
オマケに何かを始めても、その道の先輩に当たる人物だったり、かつての知人だったりに嘲笑されることが多く、そうなれば自己承認欲求と嫉妬心は更に猛り、歪んだ人間となる。
とはいえ、最近では自分でもある程度の経験を積んだからか、他人に嫉妬することも少なくなり、嫉妬しても、ちゃんと人を賞賛することができるだけの余裕が出来てきたワケだ。
やっぱ、そのほうがいいよな。嫉妬に満ちた生き方なんて窮屈なだけで全然面白くない。嫉妬心を抱かないワケではないけど、それをポジティブな方向へ転換するだけの余裕があるのと、嫉妬に狂うのは全然違うからな。
さて、『遠征芝居篇』のエクストラ弐である。長かった遠征篇も今日で終わり。ほんと長かったな。そんなワケで、あらすじーー
「四月、五条氏はデュオニソスの公演にて相手役を務めたよっしーと共に川澄駅にいた。森ちゃんの立ち上げた劇団の旗揚げ公演を観に行くためだ。電車に新幹線、地下鉄と乗り継ぎ劇場に着くと、そこには懐かしいウタゲの皆さんがいた。そして、いざ芝居を観てみると、これが凄い。充実感と込み上げてくる喜びを胸に、五条氏はアンケートに思いの丈を書き留めると、皆さんに挨拶をした後に、よっしーと共に劇場を後にするのだった」
とまぁ、こんな感じか。じゃ、やってくーー
六月上旬のとある日曜日の早朝、おれは五村の駅前ロータリーにいた。
眩しい日射しがおれの水晶体を刺し、おれは目を細めつつ辺りを見回した。おれの目に旋回してこちらに近づいて来る車が映る。車の後部座席の窓が開き、そこからーー
「おはよー。さ、乗って」
とよっしーが声を掛けてきた。おれはそれに従って車の後部座席に乗り込んだ。
「お願いします」
そういうおれの視線の先には前の座席に座る夫婦ーーよっしーのご両親だ。
「いえいえ、こちらこそよろしくね」よっしーのお父さんがいった。
この日は、森ちゃんの劇団の第二回公演で、前回と違い、色々あってよっしーのご両親が運転する車に同乗して会場まで向かうこととなっていたのだ。
まぁ、友人のーーそれも女友達のご両親の車に同乗させて頂くという経験は正直始めてだったりする。今まで友人のご両親と食事をご一緒するということはあったし、年上との関わりも居合や芝居、沖縄空手の関係で同年代の人間よりも多目であったとはいえ、女友達のご両親の車に同乗するとなると多少は緊張したよな。
とはいえ車内では無難というか何の問題もなく過ごすことができたんで無問題。というか、よっしーとご両親の仲が良すぎて驚いたくらいだった。まぁ、おれが男っていうのもあるだろうけど、両親とそこまで仲良くはないから、何か新鮮な気分だったよな。
車で約二時間半ほどで、久しぶりの景色を見ることとなった。二ヶ月ぶりの景色。劇場近くでよっしーと共に車を降り、よっしーのご両親はそのまま別の場所へと観光へ。
「早く着き過ぎちゃったね。ちょっとお茶でもしていこうか」
よっしーの提案に乗り、おれとよっしーは二ヶ月ぶりの街並みをブラブラと歩きながら、適当な喫茶店に入って時間を潰した。
「楽しみだね、どんな感じなんだろ」よっしーがいった。
「どうだろうな、すげぇ楽しみだわ」
「そうだねー」
そんな在り来たりな話をしながら、おれはリンゴジュースを吸い上げていた。
時間も近づき喫茶店を出ると、そのままふたりで会場まで向かった。会場内は相変わらずの懐かしいメンツーーウタゲのメンバーが出迎えてくれた。若干の照れくささも感じつつ、主宰の森ちゃんとも挨拶を交わして中へ入り、本番が始まるのを待った。
そして、いざ本番。今回も前回同様、短~中編程度の長さのシナリオが二本。
一本目は森ちゃんのオリジナル台本で、旅館に執筆に来た作家の話。二本目は既存のモノで、とある脚本家の本を丸パクりしたモノを卒業製作として提出して教員に呼び出された学生の話だった。
結論からいうと、どちらも素晴らしかった。キャストの演技はいうまでもなく、シナリオのほうも、ふたつ目の既存の台本は兎も角として、ひとつ目の森ちゃんのオリジナル台本も本当に素晴らしかった。
プラス、シナリオも既存とオリジナルの二本ではあるけど、それぞれがまったく違うコンセプトというワケではなく、二本目の既存の台本が、一本目のオリジナル台本のコンセプトと上手く調和しているのがわかるようなチョイスになっていて、まったくノイズにならなかった。
そして、やはり、森ちゃんの書いたオリジナルのシナリオは素晴らしかった。
何というか、彼が書き、演出する男性像というのが、おれは堪らなく好きなのだ。
もちろん、彼が初めて書いて演出した本のメインの男性キャラクターである冬樹を演じたからというのもあるだろうけど、やはり、おれは森ちゃんの書く、自分の中で苦悩し、その果てにひとつの結論を出して行動に出るーーそんな男性像がすごく好きなのだ。
そして、今回、森ちゃんの芝居が今まで以上に素晴らしかったのだ。
森ちゃんは、既存のシナリオの芝居に出ていたのだけど、今までは何処か芝居の中に緊張感が垣間見えていたとはいえ、今回は肩の力が抜け切っていてほんとこころから楽しくて仕方ないとそんな感じだった。
やはり、ここまでいいモノを見せられてしまうと、嫉妬心を覚えざるを得なかった。
おれだって、いい芝居を見せてやるからな。おれは内心でそう息巻いていた。プラス、久しぶりに芝居の台本を書いてみたくもなった。テイストは彼のモノとは異なるとしても、いい本を書いてみたくなったのだ。
いいシナリオといい芝居は、その人にいい意味で嫉妬心を生む。そして、それが次へと繋がる行動力を生む。おれも順当に行けば九月に本番だ。それまでの稽古でいいモノを作り上げて、いい芝居にしてやりたい。そう思った。
おれは客席という薄暗い闇の中で笑みを止めることが出来なかった。
すべてのプログラムが終わり、満足感に満ち満ちた森ちゃんの笑顔に対し、おれはこころからの拍手を送った。そして、おれのこころも完全な晴れ模様になっていた。
いいモノを観たーーおれは胸いっぱいのポジティブな感情を、アンケートに書き込んだ。
おれだって、負けてられるか。
【遠征芝居篇・終わり】