【明日、白夜になる前に~参拾~】
文字数 2,458文字
まるで白昼夢を見ているようだった。
掃除が終われば白鳥さんとふたりきり。そう考えると、マインドだけが先に約束の地へと行こうとする。だが、急いたところで何も解決はしない。落ち着け、落ち着くんだ。
「何をウキウキしてんだよぉ」
そんなことばと共に、ぼくの肩と首筋にちょっとした重圧が掛かった。
直人だった。
直人は小学生の時点で完成した容姿をしていたーーいや、これから更にイケメンになることを考えると、まだ発展途上だったのかもしれないが、にしてもこの時点でも十二分にその容姿のクオリティは高かったと思える。
直人は地区のサッカーチームに所属しており、そこでミッドフィルダーを務めているとのことだった。まぁ、ぼくはサッカーのことに関してはてんで素人なのでよくはわからないのだけど、後で聞いた話に依ると、直人は前衛のオフェンスラインと後衛のディフェンスラインを繋ぐ橋渡し役としてとても重要な役割だったとのことだ。それも、直人の人間性を考えたら至極当然というか、納得出来ることだった。
直人はこの当時から人気者だった。
それは男子、女子分け隔てなく、誰からも好かれていたという意味でも本当の人気者だったということだ。
しかし、どういうワケか、直人はぼくと一緒にいることが多かった。もっとイケている友人はたくさんいたはずなのに。
後に直人に訊いた話に依ると、「だって、お前と一緒にいると気が楽だからさ」とのことだった。ぼくは意地悪半分で、
「それって、ぼくと一緒だとーー」
いえなかった。その先はいえなかった。答えを聴くのが怖かったし、それをいってしまったらすべてが終わってしまう気がしたのだ。
直人もそれ以上は訊いてこなかった。多分、自分にとってあまり嬉しくない質問だと何となくわかったのだろう。
直人はそういった損得感情や利害関係のような「上っ面な友人関係」が大嫌いだった。子供の頃から人格者で、人に対して殆ど怒ったことのなかった直人も、その手の話題を振られると稀に見る激怒をするのがいつものことだった。
「い、いやぁ、何でもねぇよ」
ぼくはそういうも、何かあることは動揺具合から考えてもバレバレだったと思う。
「ふぅん、何でもねぇ、か」直人は不敵に笑って、ぼくをリリースした。「なら、別にいいんですがねぇ。見た感じ嬉しくて仕方がないってのが隠し切れてなくて、誰がどう見たって『フシンシャ』にしか見えねぇよ?」
そういわれて、ぼくの顔は真っ赤になった。恥ずかしさと顔の熱さが一気に燃え上がる。
「そ、それはお前の『しかん』だろ!?」
「それをいうなら『しゅかん』、な。『主観』。ちゃんと国語の勉強しろよ」
まったく恥ずかしい。顔から火が出るだけじゃ済まないような恥ずかしさ。ぼくは悪足掻きをするようにいったーー
「うるさいなぁ! そんなことより、サッカーの練習には行かなくていいのかよ!」
「あぁ、そうだな。早く帰らねぇと」直人は黒板の上にある時計を見ながらいった。「じゃ、頑張れよ、モテ男」
直人はそんなことをいいながら教室を後にした。直人は完全に何かを察していた。もしかしたら、白鳥さんとのやり取りを見られていたのかもしれない。
そう考えると、他のヤツラにも彼女との会話を聴かれているかもしれないと、明らかに不審に、辺りをキョロキョロ見回してしまった。
だが、他のヤツラはそれぞれの会話に夢中なようで、ぼくのほうをチラチラ見たり、コソコソとウワサ話をしたりするような感じはなかった。どうやら、心配し過ぎらしい。
ぼくはさっさと掃除を済ませ、そのまま白鳥さんの指定した場所へと向かった。
自分でも足取りが軽く思えたが、余りウキウキした調子でいると、それはそれで何かを期待しているようでカッコ悪いので、跳ね上がる鼓動を必死に押さえ込もうとするように重々しいーーあくまで自分の『しゅかん』ではあるけれどーー足取りで歩いた。
白鳥さんが指定したのは、街の図書館だった。二階の入り口から中に入りると、受付近くにて文庫本を読んでいる白鳥さんを見つけた。ぼくは逸る気持ちを押さえつけて、自分の甲高い声を低く渋めにしたつもりで、
「やぁ、待たせたね」
といった。何をカッコつけてんだとも思えるけど、この時はぼくもまだ幼かったのだ、仕方ない。そう思いたい。
白鳥さんは文庫本を閉じて腕から下げていた手提げ袋に入れると、ぼくを見るなり笑みを浮かべて顔の横で手を振って来た。
そのあどけない感じが、ぼくには美しい太陽のように見えた。
ぼくはドキッとした。頭が緊張で真っ白になった。こんな気持ちが昂り過ぎてどうすればいいのかわからなくなるような経験は初めてだった。ぼくは挨拶した時の軽い調子を思わず引っ込め、何とかひねり出すようにして、
「で、ででッ!」
といった。で、今日はどうしたの?ーーそう訊ねたかったのだが、人間、理想と現実が一致することはまずないモノだ。
そう、好きな人の前で『カッコイイ自分』であろうとすることなど、まず無理なのだ。
が、白鳥さんは気を利かせてくれたのか、
「今日はどうしたの?って?」
と笑いながらいう。ぼくは助け船を出して貰ったようで情けなくも思えたのだが、茶化すように笑って恥ずかしさを誤魔化した。
「そ、そうだね。で、ど、どうしたの?」
「ふふ、緊張し過ぎじゃない?」
「そ、そんなことないよ」そんなことあった。「それより何かあるんでしょ?」
ぼくは強がって語気を強めた。すると、白鳥さんは、うんと相槌を打ち俯くと、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
来た。
緊張が極限まで高まる。そのまま唸る心音に耐えながら、彼女の微動する口許に注目した。
話そうとしては止めてを繰り返して微かに動く彼女の口許が、まだ小学生だというのきやけに色っぽく思えた。ぼくは生唾を飲んだ。
そして、彼女は口を開いたーー
「斎藤くんって、直人くんと仲いいよね?」
違和感。
ぼくの頭の中に靄というか、暗雲が立ち込めた。高揚感が冷や汗となったようだった。
【続く】
掃除が終われば白鳥さんとふたりきり。そう考えると、マインドだけが先に約束の地へと行こうとする。だが、急いたところで何も解決はしない。落ち着け、落ち着くんだ。
「何をウキウキしてんだよぉ」
そんなことばと共に、ぼくの肩と首筋にちょっとした重圧が掛かった。
直人だった。
直人は小学生の時点で完成した容姿をしていたーーいや、これから更にイケメンになることを考えると、まだ発展途上だったのかもしれないが、にしてもこの時点でも十二分にその容姿のクオリティは高かったと思える。
直人は地区のサッカーチームに所属しており、そこでミッドフィルダーを務めているとのことだった。まぁ、ぼくはサッカーのことに関してはてんで素人なのでよくはわからないのだけど、後で聞いた話に依ると、直人は前衛のオフェンスラインと後衛のディフェンスラインを繋ぐ橋渡し役としてとても重要な役割だったとのことだ。それも、直人の人間性を考えたら至極当然というか、納得出来ることだった。
直人はこの当時から人気者だった。
それは男子、女子分け隔てなく、誰からも好かれていたという意味でも本当の人気者だったということだ。
しかし、どういうワケか、直人はぼくと一緒にいることが多かった。もっとイケている友人はたくさんいたはずなのに。
後に直人に訊いた話に依ると、「だって、お前と一緒にいると気が楽だからさ」とのことだった。ぼくは意地悪半分で、
「それって、ぼくと一緒だとーー」
いえなかった。その先はいえなかった。答えを聴くのが怖かったし、それをいってしまったらすべてが終わってしまう気がしたのだ。
直人もそれ以上は訊いてこなかった。多分、自分にとってあまり嬉しくない質問だと何となくわかったのだろう。
直人はそういった損得感情や利害関係のような「上っ面な友人関係」が大嫌いだった。子供の頃から人格者で、人に対して殆ど怒ったことのなかった直人も、その手の話題を振られると稀に見る激怒をするのがいつものことだった。
「い、いやぁ、何でもねぇよ」
ぼくはそういうも、何かあることは動揺具合から考えてもバレバレだったと思う。
「ふぅん、何でもねぇ、か」直人は不敵に笑って、ぼくをリリースした。「なら、別にいいんですがねぇ。見た感じ嬉しくて仕方がないってのが隠し切れてなくて、誰がどう見たって『フシンシャ』にしか見えねぇよ?」
そういわれて、ぼくの顔は真っ赤になった。恥ずかしさと顔の熱さが一気に燃え上がる。
「そ、それはお前の『しかん』だろ!?」
「それをいうなら『しゅかん』、な。『主観』。ちゃんと国語の勉強しろよ」
まったく恥ずかしい。顔から火が出るだけじゃ済まないような恥ずかしさ。ぼくは悪足掻きをするようにいったーー
「うるさいなぁ! そんなことより、サッカーの練習には行かなくていいのかよ!」
「あぁ、そうだな。早く帰らねぇと」直人は黒板の上にある時計を見ながらいった。「じゃ、頑張れよ、モテ男」
直人はそんなことをいいながら教室を後にした。直人は完全に何かを察していた。もしかしたら、白鳥さんとのやり取りを見られていたのかもしれない。
そう考えると、他のヤツラにも彼女との会話を聴かれているかもしれないと、明らかに不審に、辺りをキョロキョロ見回してしまった。
だが、他のヤツラはそれぞれの会話に夢中なようで、ぼくのほうをチラチラ見たり、コソコソとウワサ話をしたりするような感じはなかった。どうやら、心配し過ぎらしい。
ぼくはさっさと掃除を済ませ、そのまま白鳥さんの指定した場所へと向かった。
自分でも足取りが軽く思えたが、余りウキウキした調子でいると、それはそれで何かを期待しているようでカッコ悪いので、跳ね上がる鼓動を必死に押さえ込もうとするように重々しいーーあくまで自分の『しゅかん』ではあるけれどーー足取りで歩いた。
白鳥さんが指定したのは、街の図書館だった。二階の入り口から中に入りると、受付近くにて文庫本を読んでいる白鳥さんを見つけた。ぼくは逸る気持ちを押さえつけて、自分の甲高い声を低く渋めにしたつもりで、
「やぁ、待たせたね」
といった。何をカッコつけてんだとも思えるけど、この時はぼくもまだ幼かったのだ、仕方ない。そう思いたい。
白鳥さんは文庫本を閉じて腕から下げていた手提げ袋に入れると、ぼくを見るなり笑みを浮かべて顔の横で手を振って来た。
そのあどけない感じが、ぼくには美しい太陽のように見えた。
ぼくはドキッとした。頭が緊張で真っ白になった。こんな気持ちが昂り過ぎてどうすればいいのかわからなくなるような経験は初めてだった。ぼくは挨拶した時の軽い調子を思わず引っ込め、何とかひねり出すようにして、
「で、ででッ!」
といった。で、今日はどうしたの?ーーそう訊ねたかったのだが、人間、理想と現実が一致することはまずないモノだ。
そう、好きな人の前で『カッコイイ自分』であろうとすることなど、まず無理なのだ。
が、白鳥さんは気を利かせてくれたのか、
「今日はどうしたの?って?」
と笑いながらいう。ぼくは助け船を出して貰ったようで情けなくも思えたのだが、茶化すように笑って恥ずかしさを誤魔化した。
「そ、そうだね。で、ど、どうしたの?」
「ふふ、緊張し過ぎじゃない?」
「そ、そんなことないよ」そんなことあった。「それより何かあるんでしょ?」
ぼくは強がって語気を強めた。すると、白鳥さんは、うんと相槌を打ち俯くと、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
来た。
緊張が極限まで高まる。そのまま唸る心音に耐えながら、彼女の微動する口許に注目した。
話そうとしては止めてを繰り返して微かに動く彼女の口許が、まだ小学生だというのきやけに色っぽく思えた。ぼくは生唾を飲んだ。
そして、彼女は口を開いたーー
「斎藤くんって、直人くんと仲いいよね?」
違和感。
ぼくの頭の中に靄というか、暗雲が立ち込めた。高揚感が冷や汗となったようだった。
【続く】