【いろは歌地獄旅~蘇り~】
文字数 4,038文字
わたしは今、もうひとりの自分を見下ろしている。
こんな言い方をすると語弊があるのかもしれないが、これは紛れもない事実だ。そう、わたしは今、自分自身の姿を見下ろしているのだ。
どうしてこんなことになったのかは、わからない。別に重い病気だったことも、事故だったこともない。ただ、今はわたしが『ふたり』いる。肉体と精神が切り離された存在として。
幽体離脱ーーこれがそうなのだろう。
可笑しいと思ったのだ。寝ているというのに耳鳴りは酷いし、金縛りで身体が動かなくなったと思ったら、急に全身が宙に浮いたのだ。
かと思いきや、わたしはわたしを見下ろしていた。自室のベッドで横になっているわたしは、酷く疲れた顔をしていた。多分、受験期で追い込みを掛けていたこともあって、肉体的にも精神的にも疲弊していたのだろう。
わたしは自分の手のひらを見つめる。
そこには確かにわたしの手がある。「眠っている」わたしではない、「起きている」わたしの手は、幽体離脱して精神だけとなったとはいえ、非常にリアルだった。
解放感ーー不思議と解放感がある。
あらゆる呪縛から解き放たれたような気持ちの良さが、全身を走る血管や神経を伝って電流のように駆け巡っている。
外へ、出てみようか。
わたしは魂だけとなって「プチ家出」を敢行してみることにした。別に音を殺して歩く必要もないだろうに、両親や弟に気づかれまいと、つい忍び足で歩いてしまう。
数分後、わたしは何とかして家の外へ出ることが出来た。外出なら平日は学校に行っているし、休日は予備校もあって、街には出ている。だが、この日の街の見え方は明らかに異なっていた気がした。
水気を含んだ夜の外気は何処か神秘的で、街を照らす七色の明かりは何処までも美しかった。いつもなら灰色掛かった景色にしか見えないのに、この時のわたしには街の景色が目映いほどの彩りを持っているように見えた。
どうせ、器となる肉体もないのだ。それならば、何処までも遊んでやろうじゃないかーーそう思い、見慣れた街をブラブラしてみた。
だが、精神だけの存在となった今、わたしには本来見えないモノが見えるようになってしまっていた。それはーー
浮遊霊。
最初は顔色が悪く、表情も死んでいる人がそこら辺にいるな、ぐらいにしか思わなかったのだが、よく見ると、その人々の肉体にはキズがついていたり、もの凄くイヤな気が漂っていたりして、『この世の者ではない感じ』がわたしの本能に訴え掛けて来たのだ。
話し掛けても、こころを閉ざしているのか、ろくに会話もしようとはしてくれない。わたしは少し怖くなっていた。
そして、気づけば、わたしは街を走り抜けていた。走り抜けて、走り抜けて、走り抜けていた。そんな時であるーー
ふたつの閃光がわたしに向かって突進して来た。
わたしは思わず、足を止めた。
トラックだ。
あ、わたし、ここで死ぬんだーーふと、そう思った。わたしはゆっくりと目を閉じた。
暗闇。
突然、何かがわたしを思い切り引っ張った。わたしはバランスを崩して、大きく転んだ。
目を開いて、気づけばわたしは歩道に両手をついてへたばっていた。
何があったのだろう。わたしは辺りを見回した。だが、通行人でも、走行している車のドライバーでも、わたしに気を掛ける人などいなかった。それも当たり前、わたしは今、幽体離脱しているのだからーーつまりトラックに弾かれても死ぬことはないということだった。まぁ、その事実も今の今まで忘れていたのだけど。
「大丈夫だった、かな?」
誰かが独り言のようにいうのに対し、わたしは思わず、「うん」と相槌を打った。
「え、わたしの声が聞こえるの?」
その声は酷く驚いているようだった。わたしは声がしたほうへと目をやった。
そこには制服姿の女子高生がひとりいた。
髪は肩口くらいまで伸びており、背は普通より少し大きいくらいだろうか。だが、制服はボロボロで土埃にまみれていた。オマケに顔はアザだらけで、太股には股から垂れて凝固した血が筋を作っていた。
「あ、あれ? もしかして、わたしのこと見えるの?」女子高生は自分を指差していった。
わたしは頷いた。
「え、すごーい。生きてる人でわたしが見える人に会ったの、久しぶりかも! ねぇ、アナタ、名前は?」
彼女はわたしの手を握っていった。冷たいーーそう感じた。それもそうなのかもしれない。肉体はなく、体温が存在しなくても、彼女は死して今は霊として「生きている」のだから。
「『袴田もみじ』です、けど」
「へぇ、もみじちゃん! わたしは『大原美沙』。死ぬ前は高校生でね。でも、色々あって、死んじゃった」
大原美沙はあっけらかんとしていう。
「そう、ですよね。だって、その制服、『ゴムジョー』のですもんね……?」
ゴムジョー。それは『五村城南高校』の略称で、近隣の学生や受験生は基本、そう呼ぶ。
「よく知ってるね!」
「えぇ、だってーー」
わたしも五村城南の生徒だから。そう答えると大原美沙は顔を輝かせて、
「そうなんだ! ねぇ、これも何かの縁だしさ、よかったらちょっとおしゃべりしない?」
「あー、いや、でもーー」
わたしは自分が幽体離脱の身であることをいった。そして、その果てにどうなるかわからずに怖いということもーー
「あぁ、幽体離脱中かぁ。でも、それなら大丈夫。朝までに戻れば問題ないからさ」
笑顔でそういう美紗のことばには説得力があった。それもそうだろう。彼女はわたしと違って死後の光景を知っている。それに、彼女の死を感じさせない明るい笑顔が、わたしに信頼せざるを得なくさせたのだ。
わたしたちは夜の街を歩きながら話した。話す内容といえば、この年代の女の子が当たり前に話すようなことばかり。恋愛に流行にファッションーー美沙はウキウキしていた。
「もみじちゃんは? どんな感じ?」
わたしは彼女の質問に対して、
「んー、まぁ、どうだろ。最近は受験勉強で忙しくてそれどころじゃないからなぁ」
「あー、そうだよねぇ。あの学校の先生とかさぁーー」
それから美沙とわたしは学校のことで盛り上がった。流石に同じ学校の先輩後輩ということもあって、共通の話題は多い。
「でさ、最後にさ、校庭の真ん中にカバンぶん投げていってやったんだ。『わたしはわたしらしく生きる』って。でも、そのすぐ後に、このザマだからさ」
美沙は自虐的な笑みを浮かべていった。
そこで話した話を総合すると、美沙は三年前に暴行されて死んだそうだ。犯人は友人だと思っていた人たちと、その仲間。
だが、その犯人グループの連中は既にみな死んでしまったという。あまりに突拍子もない話に、わたしは思わずその理由を訊ねたが、美沙はたったひとことーー
「わたしも、孤独じゃなかったってことだよ」
孤独じゃなかった。そのことばが、彼女の辛い記憶を想起させているようだった。きっとわたしが思っている以上に、美沙は辛く悲しい思いをして来たに違いない。
「わたしね、ずっと必死だったんだ。ダサイ自分になりたくない、何とかしてイケてる自分になろう、って。でも、そんなの無駄だった。本当にイケてる人って、自分がイケてる、イケてる人になろうなんて絶対に思わないからさ」遠い目をして美沙はいった。「でも、死んじゃった今になって後悔しても遅いんだけどね」
わたしは自分でも気づかない内に肩を震わせていた。
「そんなことないよ……、わたしからしたら、美沙さんは、すごいイケてると思う。わたしなんか、こんな地味だし、友達だって……。ほんとはね、疲れてたんだ。勉強することに。別に将来どうしたいか、何てこともなくて。でも、大学出ておかないと就職も不利だし、だから、何となく高校に通って受験の勉強をしてる。わたしはダメだなぁ……、美沙さんみたいに校庭の真ん中に向かってカバンを投げる度胸が、わたしにはないからさ」
美沙はわたしのほうを見、そしてーー
わたしの身体を優しく抱き寄せた。
冷たい感触。だけど、不思議と温かく感じた。最初は戸惑ったけど、気づけばわたしの目からは涙が流れ落ちていた。
「大変だったね。辛かったね。でもね、わたしも決して強い『人間』じゃないんだよ。人は別の誰かがいるからこそ強くなれる。だから、ひとりで思い詰めちゃダメだよ」
美沙のことば、美沙がわたしの背中を軽く叩くその優しさに、わたしの涙は止まらなくなっていた。辛かった。ここが踏ん張り時だとはわかっている。だけど、わたしは、自分に素直になれないわたしが苦しくて、逃げたかった。
わたしは限界だったのかもしれない。
だからこそ、わたしはこうして幽体離脱してしまったのだと思う。
「大丈夫、友達が少ないなら、わたしが友達でいてあげるから。例え普通には見えなくても、わたしはいつだってもみじを見守ってるから」
わたしは美沙の優しいことばに、ただただ頷き続けたーー
それからというもの、歩きながら美沙と話して自宅まで向かった。夜明け前、群青色の空が白み始めた頃になって、わたしたちはわたしの自宅までたどり着いた。美沙とのお別れは寂しくて堪らなかった。出来ることなら、ずっとわたしの傍にいて欲しかった。
だけど、そういうワケにはいかなかった。
わたしは涙を飲んで、彼女に別れを告げた。美沙はわたしの家の前で手を振って見送ってくれた。そしてーー、
「わたしたち、ずっと友達だからね」
笑顔と共に、そう言い残して。
翌朝、目が覚めると不思議と前日までの息苦しさはなくなっていた。清々しい気分。
もしかしたらアレは夢だったのかもしれない。数日後には霞となっている一時的な記憶に過ぎないのかもしれない。
でも、わたしはーー
不思議と手のひらが痛むような気がした。そうか、美沙がトラックに轢かれそうになったわたしを助けた時にーー
口許が思わず弛んだ。
生きているーーこの痛みが何よりの証拠だった。
こんな言い方をすると語弊があるのかもしれないが、これは紛れもない事実だ。そう、わたしは今、自分自身の姿を見下ろしているのだ。
どうしてこんなことになったのかは、わからない。別に重い病気だったことも、事故だったこともない。ただ、今はわたしが『ふたり』いる。肉体と精神が切り離された存在として。
幽体離脱ーーこれがそうなのだろう。
可笑しいと思ったのだ。寝ているというのに耳鳴りは酷いし、金縛りで身体が動かなくなったと思ったら、急に全身が宙に浮いたのだ。
かと思いきや、わたしはわたしを見下ろしていた。自室のベッドで横になっているわたしは、酷く疲れた顔をしていた。多分、受験期で追い込みを掛けていたこともあって、肉体的にも精神的にも疲弊していたのだろう。
わたしは自分の手のひらを見つめる。
そこには確かにわたしの手がある。「眠っている」わたしではない、「起きている」わたしの手は、幽体離脱して精神だけとなったとはいえ、非常にリアルだった。
解放感ーー不思議と解放感がある。
あらゆる呪縛から解き放たれたような気持ちの良さが、全身を走る血管や神経を伝って電流のように駆け巡っている。
外へ、出てみようか。
わたしは魂だけとなって「プチ家出」を敢行してみることにした。別に音を殺して歩く必要もないだろうに、両親や弟に気づかれまいと、つい忍び足で歩いてしまう。
数分後、わたしは何とかして家の外へ出ることが出来た。外出なら平日は学校に行っているし、休日は予備校もあって、街には出ている。だが、この日の街の見え方は明らかに異なっていた気がした。
水気を含んだ夜の外気は何処か神秘的で、街を照らす七色の明かりは何処までも美しかった。いつもなら灰色掛かった景色にしか見えないのに、この時のわたしには街の景色が目映いほどの彩りを持っているように見えた。
どうせ、器となる肉体もないのだ。それならば、何処までも遊んでやろうじゃないかーーそう思い、見慣れた街をブラブラしてみた。
だが、精神だけの存在となった今、わたしには本来見えないモノが見えるようになってしまっていた。それはーー
浮遊霊。
最初は顔色が悪く、表情も死んでいる人がそこら辺にいるな、ぐらいにしか思わなかったのだが、よく見ると、その人々の肉体にはキズがついていたり、もの凄くイヤな気が漂っていたりして、『この世の者ではない感じ』がわたしの本能に訴え掛けて来たのだ。
話し掛けても、こころを閉ざしているのか、ろくに会話もしようとはしてくれない。わたしは少し怖くなっていた。
そして、気づけば、わたしは街を走り抜けていた。走り抜けて、走り抜けて、走り抜けていた。そんな時であるーー
ふたつの閃光がわたしに向かって突進して来た。
わたしは思わず、足を止めた。
トラックだ。
あ、わたし、ここで死ぬんだーーふと、そう思った。わたしはゆっくりと目を閉じた。
暗闇。
突然、何かがわたしを思い切り引っ張った。わたしはバランスを崩して、大きく転んだ。
目を開いて、気づけばわたしは歩道に両手をついてへたばっていた。
何があったのだろう。わたしは辺りを見回した。だが、通行人でも、走行している車のドライバーでも、わたしに気を掛ける人などいなかった。それも当たり前、わたしは今、幽体離脱しているのだからーーつまりトラックに弾かれても死ぬことはないということだった。まぁ、その事実も今の今まで忘れていたのだけど。
「大丈夫だった、かな?」
誰かが独り言のようにいうのに対し、わたしは思わず、「うん」と相槌を打った。
「え、わたしの声が聞こえるの?」
その声は酷く驚いているようだった。わたしは声がしたほうへと目をやった。
そこには制服姿の女子高生がひとりいた。
髪は肩口くらいまで伸びており、背は普通より少し大きいくらいだろうか。だが、制服はボロボロで土埃にまみれていた。オマケに顔はアザだらけで、太股には股から垂れて凝固した血が筋を作っていた。
「あ、あれ? もしかして、わたしのこと見えるの?」女子高生は自分を指差していった。
わたしは頷いた。
「え、すごーい。生きてる人でわたしが見える人に会ったの、久しぶりかも! ねぇ、アナタ、名前は?」
彼女はわたしの手を握っていった。冷たいーーそう感じた。それもそうなのかもしれない。肉体はなく、体温が存在しなくても、彼女は死して今は霊として「生きている」のだから。
「『袴田もみじ』です、けど」
「へぇ、もみじちゃん! わたしは『大原美沙』。死ぬ前は高校生でね。でも、色々あって、死んじゃった」
大原美沙はあっけらかんとしていう。
「そう、ですよね。だって、その制服、『ゴムジョー』のですもんね……?」
ゴムジョー。それは『五村城南高校』の略称で、近隣の学生や受験生は基本、そう呼ぶ。
「よく知ってるね!」
「えぇ、だってーー」
わたしも五村城南の生徒だから。そう答えると大原美沙は顔を輝かせて、
「そうなんだ! ねぇ、これも何かの縁だしさ、よかったらちょっとおしゃべりしない?」
「あー、いや、でもーー」
わたしは自分が幽体離脱の身であることをいった。そして、その果てにどうなるかわからずに怖いということもーー
「あぁ、幽体離脱中かぁ。でも、それなら大丈夫。朝までに戻れば問題ないからさ」
笑顔でそういう美紗のことばには説得力があった。それもそうだろう。彼女はわたしと違って死後の光景を知っている。それに、彼女の死を感じさせない明るい笑顔が、わたしに信頼せざるを得なくさせたのだ。
わたしたちは夜の街を歩きながら話した。話す内容といえば、この年代の女の子が当たり前に話すようなことばかり。恋愛に流行にファッションーー美沙はウキウキしていた。
「もみじちゃんは? どんな感じ?」
わたしは彼女の質問に対して、
「んー、まぁ、どうだろ。最近は受験勉強で忙しくてそれどころじゃないからなぁ」
「あー、そうだよねぇ。あの学校の先生とかさぁーー」
それから美沙とわたしは学校のことで盛り上がった。流石に同じ学校の先輩後輩ということもあって、共通の話題は多い。
「でさ、最後にさ、校庭の真ん中にカバンぶん投げていってやったんだ。『わたしはわたしらしく生きる』って。でも、そのすぐ後に、このザマだからさ」
美沙は自虐的な笑みを浮かべていった。
そこで話した話を総合すると、美沙は三年前に暴行されて死んだそうだ。犯人は友人だと思っていた人たちと、その仲間。
だが、その犯人グループの連中は既にみな死んでしまったという。あまりに突拍子もない話に、わたしは思わずその理由を訊ねたが、美沙はたったひとことーー
「わたしも、孤独じゃなかったってことだよ」
孤独じゃなかった。そのことばが、彼女の辛い記憶を想起させているようだった。きっとわたしが思っている以上に、美沙は辛く悲しい思いをして来たに違いない。
「わたしね、ずっと必死だったんだ。ダサイ自分になりたくない、何とかしてイケてる自分になろう、って。でも、そんなの無駄だった。本当にイケてる人って、自分がイケてる、イケてる人になろうなんて絶対に思わないからさ」遠い目をして美沙はいった。「でも、死んじゃった今になって後悔しても遅いんだけどね」
わたしは自分でも気づかない内に肩を震わせていた。
「そんなことないよ……、わたしからしたら、美沙さんは、すごいイケてると思う。わたしなんか、こんな地味だし、友達だって……。ほんとはね、疲れてたんだ。勉強することに。別に将来どうしたいか、何てこともなくて。でも、大学出ておかないと就職も不利だし、だから、何となく高校に通って受験の勉強をしてる。わたしはダメだなぁ……、美沙さんみたいに校庭の真ん中に向かってカバンを投げる度胸が、わたしにはないからさ」
美沙はわたしのほうを見、そしてーー
わたしの身体を優しく抱き寄せた。
冷たい感触。だけど、不思議と温かく感じた。最初は戸惑ったけど、気づけばわたしの目からは涙が流れ落ちていた。
「大変だったね。辛かったね。でもね、わたしも決して強い『人間』じゃないんだよ。人は別の誰かがいるからこそ強くなれる。だから、ひとりで思い詰めちゃダメだよ」
美沙のことば、美沙がわたしの背中を軽く叩くその優しさに、わたしの涙は止まらなくなっていた。辛かった。ここが踏ん張り時だとはわかっている。だけど、わたしは、自分に素直になれないわたしが苦しくて、逃げたかった。
わたしは限界だったのかもしれない。
だからこそ、わたしはこうして幽体離脱してしまったのだと思う。
「大丈夫、友達が少ないなら、わたしが友達でいてあげるから。例え普通には見えなくても、わたしはいつだってもみじを見守ってるから」
わたしは美沙の優しいことばに、ただただ頷き続けたーー
それからというもの、歩きながら美沙と話して自宅まで向かった。夜明け前、群青色の空が白み始めた頃になって、わたしたちはわたしの自宅までたどり着いた。美沙とのお別れは寂しくて堪らなかった。出来ることなら、ずっとわたしの傍にいて欲しかった。
だけど、そういうワケにはいかなかった。
わたしは涙を飲んで、彼女に別れを告げた。美沙はわたしの家の前で手を振って見送ってくれた。そしてーー、
「わたしたち、ずっと友達だからね」
笑顔と共に、そう言い残して。
翌朝、目が覚めると不思議と前日までの息苦しさはなくなっていた。清々しい気分。
もしかしたらアレは夢だったのかもしれない。数日後には霞となっている一時的な記憶に過ぎないのかもしれない。
でも、わたしはーー
不思議と手のひらが痛むような気がした。そうか、美沙がトラックに轢かれそうになったわたしを助けた時にーー
口許が思わず弛んだ。
生きているーーこの痛みが何よりの証拠だった。