【わたしとあなたのバースデイ】
文字数 2,354文字
「誕生日おめでとう!!」
このメッセージの送り合いはもはや毎年の恒例になっている。そして、どちらが先に送信したかを競うのも互いの恒例になっている。
互いに、というのは、双子の妹との誕生日のお祝い合戦に関する話だ。そして、互いに今どう過ごしているかもーー。
今年は妹が先手を取った。わたしはそれから少し遅れてメッセージを送る。
負けたーーその感覚がわたしの頭を微かに過る。とはいえ、所詮は僅差。32歳にもなると互いに祝うという感覚にも乏しくなる。
まぁ、それも仕方ないだろう。
女にとって32歳というのは、とっくに結婚していても可笑しくない年齢だ。だが、わたしたち姉妹は今年も結局は結婚出来ずに独身で過ごすこととなっている。
わたしは妹に少し遅れて誕生日の祝いのことばを送る。果たして妹はどんな誕生日を送っているのだろうか。まぁ、彼女も探偵という職業柄、中々に婚約者を見つけるのも難しいとは思うが、こんな感じで毎年恒例の会話をするのもどこか乙なモノだと個人的には思っている。
「あぁ、妹さんに連絡してるん?」
わたしの部屋に一緒にいる男友達がいう。もちろん、彼氏ではない。ただ、祝ってくれるという数少ない友人であったので祝って貰っているだけーーまぁ、見た目は申し分ないほどにいいし頭もいいが、売れない役者というだけあって収入が安定しない分、アドヴァンテージはあるが。
「うん、そうだね。てか、妹のこと、知ってるでしょ?」
「知ってるよ。日拳の大会で会ったことあるしね」
だが、多分妹は覚えていないだろう。あの娘は仕事以外となると途端に人間関係がズボラになるーーというか、仕事外だからこそ、人の顔を覚えるということを忘れるのかもしれないが。
そんな中、妹からメッセージが返って来た。内容はこんな感じだったーー
「で、今はひとり?」
ひとりではない、とわたしは少しニヤリとする。例年ならひとりのところも、今年は男性と自分の部屋でふたりきり。二年連続男性と過ごしていた妹とは違い、今年はわたしもひとりではないのだ。
「男の人と一緒だよ」
彼氏ではないけれどーー敢えてその註釈は入れなかった。すぐさま妹から連絡が来る。
「あたしも男と一緒だよ、一応ね」
一応ということは彼氏ではないということだ。つまり、今年もあの弓何とかって警部補と一緒なのだろう。妹の文面は更に続くーー
「姉貴は誰と一緒なの?」
わたしは一緒にいる男性に目を向ける。彼は不思議そうにわたしを見る。
本当に魅力的な男性だ。彼の欠点といえば、定職についていないこととお金がないことだけだと思う。それ以外でいえば、真摯でタバコやギャンブルにも無縁で、貯金もしっかりしており、常に自分を上の領域に押し上げようとする努力家ということもあって、本当に惜しい。
「ステキな男性と。彼氏じゃないけどね。てか、その人、アナタのこと知ってるよ」
多分、そういったところで妹はわからないだろう。仕事以外ではズボラだし。
「あたしのことを知ってる? 誰?」
妹は案の定わかっていないようだ。どんだけ他人に興味がないのだろう。
「盛り上がってるみたいやね」
となりで彼がいう。まぁ、彼といっても、同じ居合サークルの先輩でありながら、年齢的には同い年なので関係的にはかなり微妙なところだ。ちなみに本人は先輩だとか、高段者扱いされるのがイヤで、わたしには常にフラットに接するようにいっているのだけどーー
「妹ーーアイさんは今日は誰と一緒なの?」
彼の問いに対して、わたしはーー
「警察官時代の先輩の弓何とかって人。去年も一昨年も一緒にいたのに、恋人でもなければ、肉体関係もないんだって」
「弓何とかって、五村署の弓永警部補?」
「知ってるの?」
「まぁ、おれも五村には芝居の稽古でよく行くし、五村に住んでる弓永警部補の友達とも仲いいからねぇーー」
それは初耳だ。彼が芝居をやっているのは前から知っていたけど、妹のかつての上司だった弓永警部補とその友人と仲がいいというのは初めて聴いたかもしれない。わたしは興味本意で訊ねてみたーー
「そのお友達って、芝居関係の?」
「いや、弓永警部補の小学生からの友達、だったかな? 何でも死んだ弟がおれと同じ名前で、しかも見た目も似てるんだって」
「え、その友達の亡くなった弟さんも和雅っていうの?」
和雅ーー山田和雅くんは頷く。
「そうなんよ。兄貴が祐太朗、妹が詩織っていうんだけど、ふたりとも面白い人でね。そういや、八重ちゃんはアイさんとは最近は?」
会っていないーーそう訊かれて思い返したが、直接会ったのは何年も前だったと思う。
このウイルス騒動の中で、マスクをして行動を制限される中では、例え都下とはいえ、あまり県外に移動する気分ではなかった。
「全然会ってないね。個人的に東京に行くのは気が進まなくて」
「そうはいっても、おれは東京に随分と出てるけど大丈夫なの?」和雅くんが笑いながらいう。
「正直誰が感染しててもわからないけどーー」わたしはそう前置きして続ける。「不思議と和雅くんなら信用できる気がする」
「何だ、それ」和雅くんは笑う。
だが、わたしは至って真剣だ。
「……確かに、あなたは不安定な身だし、自分のスキルを磨くことに全勢力を掛けてるけど、でも、わたしはそんな和雅くんがステキだと思うなぁ……」
わたしは目をキラつかせて和雅くんを見る。和雅くんは、一瞬呆然としつつも薄く笑って、
「おれみたいな人生の敗北者に、そんな魅力があるもんかねぇ?」
わたしはーー
「じゃなかったら、こうやって一緒にいないし、何よりあなたは敗北者じゃないよ。だって、わたしはーー」
わたしがいい終えたところで和雅くんの顔に真剣さが宿る。和雅くんは少し黙ってーー
ここからは大人の時間だ。
このメッセージの送り合いはもはや毎年の恒例になっている。そして、どちらが先に送信したかを競うのも互いの恒例になっている。
互いに、というのは、双子の妹との誕生日のお祝い合戦に関する話だ。そして、互いに今どう過ごしているかもーー。
今年は妹が先手を取った。わたしはそれから少し遅れてメッセージを送る。
負けたーーその感覚がわたしの頭を微かに過る。とはいえ、所詮は僅差。32歳にもなると互いに祝うという感覚にも乏しくなる。
まぁ、それも仕方ないだろう。
女にとって32歳というのは、とっくに結婚していても可笑しくない年齢だ。だが、わたしたち姉妹は今年も結局は結婚出来ずに独身で過ごすこととなっている。
わたしは妹に少し遅れて誕生日の祝いのことばを送る。果たして妹はどんな誕生日を送っているのだろうか。まぁ、彼女も探偵という職業柄、中々に婚約者を見つけるのも難しいとは思うが、こんな感じで毎年恒例の会話をするのもどこか乙なモノだと個人的には思っている。
「あぁ、妹さんに連絡してるん?」
わたしの部屋に一緒にいる男友達がいう。もちろん、彼氏ではない。ただ、祝ってくれるという数少ない友人であったので祝って貰っているだけーーまぁ、見た目は申し分ないほどにいいし頭もいいが、売れない役者というだけあって収入が安定しない分、アドヴァンテージはあるが。
「うん、そうだね。てか、妹のこと、知ってるでしょ?」
「知ってるよ。日拳の大会で会ったことあるしね」
だが、多分妹は覚えていないだろう。あの娘は仕事以外となると途端に人間関係がズボラになるーーというか、仕事外だからこそ、人の顔を覚えるということを忘れるのかもしれないが。
そんな中、妹からメッセージが返って来た。内容はこんな感じだったーー
「で、今はひとり?」
ひとりではない、とわたしは少しニヤリとする。例年ならひとりのところも、今年は男性と自分の部屋でふたりきり。二年連続男性と過ごしていた妹とは違い、今年はわたしもひとりではないのだ。
「男の人と一緒だよ」
彼氏ではないけれどーー敢えてその註釈は入れなかった。すぐさま妹から連絡が来る。
「あたしも男と一緒だよ、一応ね」
一応ということは彼氏ではないということだ。つまり、今年もあの弓何とかって警部補と一緒なのだろう。妹の文面は更に続くーー
「姉貴は誰と一緒なの?」
わたしは一緒にいる男性に目を向ける。彼は不思議そうにわたしを見る。
本当に魅力的な男性だ。彼の欠点といえば、定職についていないこととお金がないことだけだと思う。それ以外でいえば、真摯でタバコやギャンブルにも無縁で、貯金もしっかりしており、常に自分を上の領域に押し上げようとする努力家ということもあって、本当に惜しい。
「ステキな男性と。彼氏じゃないけどね。てか、その人、アナタのこと知ってるよ」
多分、そういったところで妹はわからないだろう。仕事以外ではズボラだし。
「あたしのことを知ってる? 誰?」
妹は案の定わかっていないようだ。どんだけ他人に興味がないのだろう。
「盛り上がってるみたいやね」
となりで彼がいう。まぁ、彼といっても、同じ居合サークルの先輩でありながら、年齢的には同い年なので関係的にはかなり微妙なところだ。ちなみに本人は先輩だとか、高段者扱いされるのがイヤで、わたしには常にフラットに接するようにいっているのだけどーー
「妹ーーアイさんは今日は誰と一緒なの?」
彼の問いに対して、わたしはーー
「警察官時代の先輩の弓何とかって人。去年も一昨年も一緒にいたのに、恋人でもなければ、肉体関係もないんだって」
「弓何とかって、五村署の弓永警部補?」
「知ってるの?」
「まぁ、おれも五村には芝居の稽古でよく行くし、五村に住んでる弓永警部補の友達とも仲いいからねぇーー」
それは初耳だ。彼が芝居をやっているのは前から知っていたけど、妹のかつての上司だった弓永警部補とその友人と仲がいいというのは初めて聴いたかもしれない。わたしは興味本意で訊ねてみたーー
「そのお友達って、芝居関係の?」
「いや、弓永警部補の小学生からの友達、だったかな? 何でも死んだ弟がおれと同じ名前で、しかも見た目も似てるんだって」
「え、その友達の亡くなった弟さんも和雅っていうの?」
和雅ーー山田和雅くんは頷く。
「そうなんよ。兄貴が祐太朗、妹が詩織っていうんだけど、ふたりとも面白い人でね。そういや、八重ちゃんはアイさんとは最近は?」
会っていないーーそう訊かれて思い返したが、直接会ったのは何年も前だったと思う。
このウイルス騒動の中で、マスクをして行動を制限される中では、例え都下とはいえ、あまり県外に移動する気分ではなかった。
「全然会ってないね。個人的に東京に行くのは気が進まなくて」
「そうはいっても、おれは東京に随分と出てるけど大丈夫なの?」和雅くんが笑いながらいう。
「正直誰が感染しててもわからないけどーー」わたしはそう前置きして続ける。「不思議と和雅くんなら信用できる気がする」
「何だ、それ」和雅くんは笑う。
だが、わたしは至って真剣だ。
「……確かに、あなたは不安定な身だし、自分のスキルを磨くことに全勢力を掛けてるけど、でも、わたしはそんな和雅くんがステキだと思うなぁ……」
わたしは目をキラつかせて和雅くんを見る。和雅くんは、一瞬呆然としつつも薄く笑って、
「おれみたいな人生の敗北者に、そんな魅力があるもんかねぇ?」
わたしはーー
「じゃなかったら、こうやって一緒にいないし、何よりあなたは敗北者じゃないよ。だって、わたしはーー」
わたしがいい終えたところで和雅くんの顔に真剣さが宿る。和雅くんは少し黙ってーー
ここからは大人の時間だ。