【帝王霊~参拾漆~】
文字数 2,053文字
急に空気が結露し、冷え込むような感覚がする時がある。
弓永は眉間に不愉快さを刻む。
「何が『帝王霊』だ。自分のことを帝王だとかそういう痛々しいことを平気でいえるセンス、成功者ぶったマヌケそのものだな」
辛辣なひとこと。だが、成松は余裕そうに笑みを浮かべるばかり。その笑みが弓永をより不快にさせる。成松は口を開く。
「ぶったも何も、成功は目の前にあったんですよ。あと少しでわたしはひとつの街を牛耳る帝王になっていたのですから」
「自治体ひとつ、市長になったくらいでどうにかなると思ったら大間違いだぞ」
「それも、随分といわれてました。警部補と同様の意見ならインターネットでいくらでも目にしましたからね」皮肉めいた口調と目付きが弓永へと注がれる。「でも、そんなのは関係ないんですよ」
「そうだな、関係ない。お前の計画は命と引き換えに頓挫したんだからな」
「……警部補、アナタはほんとに小物ですね」
「あ?」弓永はフッと嗤う。「小物が何をいってんだか。自信に満ちてるのは構わないけどよ、自分の襟元を確認するクセはちゃんとつけたほうがいいと思うぞ」
「そのことば、そっくりお返ししますよ」
弓永は大きくため息をつくと、ゆっくりと成松のほうへと歩き出す。が、それも祐太朗の手によって止められる。
「何だよ」と弓永は微かな怒気を込める。
「止めろ。このバカのペースに飲み込まれるな。らしくねぇぞ」
祐太朗のことばが刺さったのか、弓永は祐太朗から目を逸らす。嗤う成松。その笑い声は何処までも不敵なモノだった。
「狙いは何だ」祐太朗は訊ねる。「まさか、人の身体を乗っ取ってまで自分の会社を復活させて、またひとつの自治体の長になろうなんて考えてるワケじゃねぇだろ?」
「それをわたしが肯定しようと否定しようと、それがあなたたちにとって真実か否かなど、どうやって知りうるというのですか?」
「一々小賢しいガキだなお前は」弓永がいう。「テメェみたいなエゴとナルシシズムで出来てるようなヤツが自尊心を満足させる以外の理由で怨霊になるワケがないだろ」
「エゴとナルシシズム、まるで弓永警部補そのものですね」成松は挑発するようにいう。
「そこまでにしろよ、こんなことであれこれもめたところで何の意味もねぇだろ」祐太朗が割って入る。「成松さん。アンタが所謂『帝王霊』を名乗る存在だってのは、わかった。でも、その帝王が……」
祐太朗はふと何かに気づいたようにドアのほうを振り返る。と、弓永はそれを見て、
「どうした?」
成松はまたもや笑って見せる。
「なるほど、弓永警部補よりもそちらの祐太朗さんのほうがずっと頭がキレるみたいだ」
弓永は一瞬不快さを顔に宿したが、それはそれとて成松のことばを無視するように祐太朗に、
「どういうことだ?」
「ここ、ヒドイ霊がたくさん集まってたろ」
「……あぁ。でも、それがどうかしたか?」
「この男が帝王って名乗った理由がわかった」
「あ? どういうことだ」
「あの悪霊ども、この成松ってヤツが操ってやがるんだよ」
弓永は驚き、そしてことばを失う。成松は両手を組み、まるでその手をスコープにするようにして、そこから祐太朗と弓永のことを覗く。
「……やはり、生きた人間ではなく、死んだ怨霊のことは祐太朗さんのほうが上手ということですね。その通りです。ここに集まっている霊たち、彼らはみなわたしの支配下にある」
弓永は依然として驚きを顔のシワに刻んでいる。だが、祐太朗は神妙な顔のまま。
「……なるほど、じゃあ、あれもそうか」
「アレ、といいますと?」
「ちょっと前のことだ。五村のストリートでひったくり事件が起きた。その際、ひとりの中学生とひとりの教員がその犯人に襲われた」
弓永はハッする。
「まさか……。そうか、あの犯人をいくら問い詰めても覚えてないの一点張りで、何かを取り繕ってる様子もなかったのは……」
「そうだ。本当に覚えてない。男は悪霊に取り憑かれていて自分の意思を持たないまま、林崎とかいう子供と武井愛の姉貴を襲った。つまり、この男の操る悪霊の器、人形でしかなかったんだからな」
「姉、ですか。それは気づきませんでした」成松は組んだ指をグッと握り締める。
「なるほどな」弓永が割って入る。「お前、あれを武井だと思って襲わせたのか。ひったくりは正義感の強い武井を誘き寄せるためのフェイクだったってワケか……」
「そのこと、武井愛に教えてやれよ」
「そうだな。そろそろお前とのランデブーも飽きてきたし、女の顔も見たいしな。でも、お笑いだな。まさか、武井への復讐が目的だったなんてな」
「まったく以て安直なんですよ、弓永警部補。まだあの高城とかいう警部のほうがあなたよりクレバーだった」成松。
「あ?」
「自らアウトローぶったところで、あなたのキズが癒えることはないってことですよ。優しさを隠しきれないのは、あなたのーー」
「そんなことよりーー」祐太朗が割って入る。「もうひとつ、あるんだけどな」
「……何でしょう?」
「何だってそんな時間稼ぎをしてるんだ」
【続く】
弓永は眉間に不愉快さを刻む。
「何が『帝王霊』だ。自分のことを帝王だとかそういう痛々しいことを平気でいえるセンス、成功者ぶったマヌケそのものだな」
辛辣なひとこと。だが、成松は余裕そうに笑みを浮かべるばかり。その笑みが弓永をより不快にさせる。成松は口を開く。
「ぶったも何も、成功は目の前にあったんですよ。あと少しでわたしはひとつの街を牛耳る帝王になっていたのですから」
「自治体ひとつ、市長になったくらいでどうにかなると思ったら大間違いだぞ」
「それも、随分といわれてました。警部補と同様の意見ならインターネットでいくらでも目にしましたからね」皮肉めいた口調と目付きが弓永へと注がれる。「でも、そんなのは関係ないんですよ」
「そうだな、関係ない。お前の計画は命と引き換えに頓挫したんだからな」
「……警部補、アナタはほんとに小物ですね」
「あ?」弓永はフッと嗤う。「小物が何をいってんだか。自信に満ちてるのは構わないけどよ、自分の襟元を確認するクセはちゃんとつけたほうがいいと思うぞ」
「そのことば、そっくりお返ししますよ」
弓永は大きくため息をつくと、ゆっくりと成松のほうへと歩き出す。が、それも祐太朗の手によって止められる。
「何だよ」と弓永は微かな怒気を込める。
「止めろ。このバカのペースに飲み込まれるな。らしくねぇぞ」
祐太朗のことばが刺さったのか、弓永は祐太朗から目を逸らす。嗤う成松。その笑い声は何処までも不敵なモノだった。
「狙いは何だ」祐太朗は訊ねる。「まさか、人の身体を乗っ取ってまで自分の会社を復活させて、またひとつの自治体の長になろうなんて考えてるワケじゃねぇだろ?」
「それをわたしが肯定しようと否定しようと、それがあなたたちにとって真実か否かなど、どうやって知りうるというのですか?」
「一々小賢しいガキだなお前は」弓永がいう。「テメェみたいなエゴとナルシシズムで出来てるようなヤツが自尊心を満足させる以外の理由で怨霊になるワケがないだろ」
「エゴとナルシシズム、まるで弓永警部補そのものですね」成松は挑発するようにいう。
「そこまでにしろよ、こんなことであれこれもめたところで何の意味もねぇだろ」祐太朗が割って入る。「成松さん。アンタが所謂『帝王霊』を名乗る存在だってのは、わかった。でも、その帝王が……」
祐太朗はふと何かに気づいたようにドアのほうを振り返る。と、弓永はそれを見て、
「どうした?」
成松はまたもや笑って見せる。
「なるほど、弓永警部補よりもそちらの祐太朗さんのほうがずっと頭がキレるみたいだ」
弓永は一瞬不快さを顔に宿したが、それはそれとて成松のことばを無視するように祐太朗に、
「どういうことだ?」
「ここ、ヒドイ霊がたくさん集まってたろ」
「……あぁ。でも、それがどうかしたか?」
「この男が帝王って名乗った理由がわかった」
「あ? どういうことだ」
「あの悪霊ども、この成松ってヤツが操ってやがるんだよ」
弓永は驚き、そしてことばを失う。成松は両手を組み、まるでその手をスコープにするようにして、そこから祐太朗と弓永のことを覗く。
「……やはり、生きた人間ではなく、死んだ怨霊のことは祐太朗さんのほうが上手ということですね。その通りです。ここに集まっている霊たち、彼らはみなわたしの支配下にある」
弓永は依然として驚きを顔のシワに刻んでいる。だが、祐太朗は神妙な顔のまま。
「……なるほど、じゃあ、あれもそうか」
「アレ、といいますと?」
「ちょっと前のことだ。五村のストリートでひったくり事件が起きた。その際、ひとりの中学生とひとりの教員がその犯人に襲われた」
弓永はハッする。
「まさか……。そうか、あの犯人をいくら問い詰めても覚えてないの一点張りで、何かを取り繕ってる様子もなかったのは……」
「そうだ。本当に覚えてない。男は悪霊に取り憑かれていて自分の意思を持たないまま、林崎とかいう子供と武井愛の姉貴を襲った。つまり、この男の操る悪霊の器、人形でしかなかったんだからな」
「姉、ですか。それは気づきませんでした」成松は組んだ指をグッと握り締める。
「なるほどな」弓永が割って入る。「お前、あれを武井だと思って襲わせたのか。ひったくりは正義感の強い武井を誘き寄せるためのフェイクだったってワケか……」
「そのこと、武井愛に教えてやれよ」
「そうだな。そろそろお前とのランデブーも飽きてきたし、女の顔も見たいしな。でも、お笑いだな。まさか、武井への復讐が目的だったなんてな」
「まったく以て安直なんですよ、弓永警部補。まだあの高城とかいう警部のほうがあなたよりクレバーだった」成松。
「あ?」
「自らアウトローぶったところで、あなたのキズが癒えることはないってことですよ。優しさを隠しきれないのは、あなたのーー」
「そんなことよりーー」祐太朗が割って入る。「もうひとつ、あるんだけどな」
「……何でしょう?」
「何だってそんな時間稼ぎをしてるんだ」
【続く】