【冷たい墓石で鬼は泣く~弐拾参~】
文字数 1,110文字
翌日の早朝は晴れてはいたが霧が掛かったようになっていた。
辺りの景色は真っ白くなっており何も見えない。わたしの目に映っていたのは父上だけであった。その手には真剣が握られている。
ここは屋敷裏、そう、馬乃助と最後の決着を着けた場所だった。何故ここを選んだかはわからない。ただ、ひとついえるのは、ここならば人目にもつかないだろうということだ。馬乃助がいなくなったとはいえ、母上はおられたし、従者も少なからずはいるため、中庭でやり合うワケにはいかなかった。
それに、馬乃助に敗れたこの場所でなら不思議と落ち着ける気がした。確かに敗北の土を舐めさせられた場所で、げんが悪いのはわかっていたが、わたしはきっと、馬乃助に敗北したというその事実を背負ってこの決着に挑もうと思っていた。別に馬乃助から力を貰えると思ったワケでもないのだが、いざその場所に来てみると、不思議と気持ちが落ち着いた。
わたしの右手には木刀が握られていた。父上はそれを見てギョッとし、顔を真っ赤にしてわたしの握る木刀を指し口を開いた。
「それはどういうつもりだ!」
父上のことばが真っ白な霧の中で霧散し拡散する。わたしは水がしたたり落ちるような静かなこころもちの中で、ゆっくりと口を開いた。
「これなら、仮にわたしが勝ったとて、父上が死ぬことはありません」
このことばが余程気に障ったのだろう、父上は激昂した。もはや何をいっているかは聞き取れないほどに舌がもつれていたが、要はわたしに負けるはずがない、負けたら跡継ぎはどうなる、といったことを話していた。
「大丈夫です。勝とうが負けようが、わたしはもう牛野の家を継ぐことはありませんから」
非情なひとことが父上を呆然とさせ、何をという声を漏れさせた。わたしは本気だった。仮に自分が死んだとしても、跡継ぎは養子という形で何とかなる。実子でないのは不本意だろうが、家を後世まで繋げるならば、そうするしかない。打ち所にもよるだろうが、仮に勝っても父上は打撲キズを負うくらいで何とかなるし、勝ったとて家を継ぐ気は毛頭なかった。それに死ねば、おはるのもとへ行ける。ならば本望だった。
それを父上に伝えると、父上は絶望を表情に宿らせた。今にも刀を落としそうだった。嘘だろうとわたしに一度確認するが、わたしの答えは変わらなかった。そこで初めて父上は何かを悟ったのだろう。父上は刀を抜き鞘をその場に捨てると、刀を上段に構えた。
全然違ったーー馬乃助とは全然違った。父上の構えは馬乃助と違ってワキは甘いしスキだらけだった。わたしは静かに下段に構えを取った。
父上が声をあげながら突進してきた。
わたしは霞になったようだった。
【続く】
辺りの景色は真っ白くなっており何も見えない。わたしの目に映っていたのは父上だけであった。その手には真剣が握られている。
ここは屋敷裏、そう、馬乃助と最後の決着を着けた場所だった。何故ここを選んだかはわからない。ただ、ひとついえるのは、ここならば人目にもつかないだろうということだ。馬乃助がいなくなったとはいえ、母上はおられたし、従者も少なからずはいるため、中庭でやり合うワケにはいかなかった。
それに、馬乃助に敗れたこの場所でなら不思議と落ち着ける気がした。確かに敗北の土を舐めさせられた場所で、げんが悪いのはわかっていたが、わたしはきっと、馬乃助に敗北したというその事実を背負ってこの決着に挑もうと思っていた。別に馬乃助から力を貰えると思ったワケでもないのだが、いざその場所に来てみると、不思議と気持ちが落ち着いた。
わたしの右手には木刀が握られていた。父上はそれを見てギョッとし、顔を真っ赤にしてわたしの握る木刀を指し口を開いた。
「それはどういうつもりだ!」
父上のことばが真っ白な霧の中で霧散し拡散する。わたしは水がしたたり落ちるような静かなこころもちの中で、ゆっくりと口を開いた。
「これなら、仮にわたしが勝ったとて、父上が死ぬことはありません」
このことばが余程気に障ったのだろう、父上は激昂した。もはや何をいっているかは聞き取れないほどに舌がもつれていたが、要はわたしに負けるはずがない、負けたら跡継ぎはどうなる、といったことを話していた。
「大丈夫です。勝とうが負けようが、わたしはもう牛野の家を継ぐことはありませんから」
非情なひとことが父上を呆然とさせ、何をという声を漏れさせた。わたしは本気だった。仮に自分が死んだとしても、跡継ぎは養子という形で何とかなる。実子でないのは不本意だろうが、家を後世まで繋げるならば、そうするしかない。打ち所にもよるだろうが、仮に勝っても父上は打撲キズを負うくらいで何とかなるし、勝ったとて家を継ぐ気は毛頭なかった。それに死ねば、おはるのもとへ行ける。ならば本望だった。
それを父上に伝えると、父上は絶望を表情に宿らせた。今にも刀を落としそうだった。嘘だろうとわたしに一度確認するが、わたしの答えは変わらなかった。そこで初めて父上は何かを悟ったのだろう。父上は刀を抜き鞘をその場に捨てると、刀を上段に構えた。
全然違ったーー馬乃助とは全然違った。父上の構えは馬乃助と違ってワキは甘いしスキだらけだった。わたしは静かに下段に構えを取った。
父上が声をあげながら突進してきた。
わたしは霞になったようだった。
【続く】