【帝王霊~百~】
文字数 977文字
深淵を覗くとき、深淵も自分を覗いている。
そんなことばを聞いたことがある。確かにその通りだと思った。ぼくは無限に広がる深淵に目を凝らしていたが、同時にその深淵を覆う暗闇がぼくのことを包み込もうとしているような、そんな不気味さを感じた。
深淵はぼくにたくさんのことを問い掛けて来た。怖いか。逃げなくていいのか。来たことを後悔してるか。今ならまだ逃げられるかもしれないぞ。どうする。自分の身がかわいくないのか。すべてぼくの中にある深淵からの声だった。
正直怖くて仕方なかった。逃げたくて仕方がなかった。でも、ハルナはもっと怖い目に遭っているはずーーそう考えたら、ぼくだけがヌクヌクとしているワケにはいかなかった。
彼女は今死ぬかもしれないという恐怖とも戦っているはずだ。ならば、彼女の背負っている恐怖をぼくも背負って戦うべきだと思った。きっと後でいろんな人から怒られるだろう。でも、もし何もしないでハルナの身に何かがあったらーーそう考えたらいても立ってもいられなかった。
深淵がぼくのことを見詰めている。確かに聴こえた鈍い音。その正体が何かはわからない。ぼくは深淵のほうを見詰めながら、再びゆっくりと屈んで石を拾い上げた。さっき石を投げたあたりに狙いを定めた。
再び石を投げた。
当たった、何かに当たった。
それに加えて今度は何か呻き声のようなモノも聴こえた。間違いない。誰かいる。どうする。ぼくは深淵に向かっていったーー
「誰か、いるのか?」何の返事もなかった。「いるのはわかってる。でも、もう遅いよ。今、警察がこっちに向かってる。ウソじゃない。だから大人しくーー」
ガサッという音がした。
草が揺れる音だった。......いや、深淵からじゃない。右。微かに見える佇む何か。人形。いや、人の形はしているが人間ではない。まったく動かない。確かあそこには地蔵があったはず。ということは違う。アレじゃない。
無意識に手をグッと握る。震えている。怖い。緊張。ぼくは何も持っていない。でも、やるしかない!
呻き声がした。今度は深淵から。ぼくの神経は尖っていた。何処だ。何処から来る。耳を澄ました。風の音がうるさい。草の揺れる音がうるさい。闇が広がって行く。
また何か音がした。やはり深淵から。ぼくはそちらに意識を集中した。そしてーー
何かが飛び出して来た。
【続く】
そんなことばを聞いたことがある。確かにその通りだと思った。ぼくは無限に広がる深淵に目を凝らしていたが、同時にその深淵を覆う暗闇がぼくのことを包み込もうとしているような、そんな不気味さを感じた。
深淵はぼくにたくさんのことを問い掛けて来た。怖いか。逃げなくていいのか。来たことを後悔してるか。今ならまだ逃げられるかもしれないぞ。どうする。自分の身がかわいくないのか。すべてぼくの中にある深淵からの声だった。
正直怖くて仕方なかった。逃げたくて仕方がなかった。でも、ハルナはもっと怖い目に遭っているはずーーそう考えたら、ぼくだけがヌクヌクとしているワケにはいかなかった。
彼女は今死ぬかもしれないという恐怖とも戦っているはずだ。ならば、彼女の背負っている恐怖をぼくも背負って戦うべきだと思った。きっと後でいろんな人から怒られるだろう。でも、もし何もしないでハルナの身に何かがあったらーーそう考えたらいても立ってもいられなかった。
深淵がぼくのことを見詰めている。確かに聴こえた鈍い音。その正体が何かはわからない。ぼくは深淵のほうを見詰めながら、再びゆっくりと屈んで石を拾い上げた。さっき石を投げたあたりに狙いを定めた。
再び石を投げた。
当たった、何かに当たった。
それに加えて今度は何か呻き声のようなモノも聴こえた。間違いない。誰かいる。どうする。ぼくは深淵に向かっていったーー
「誰か、いるのか?」何の返事もなかった。「いるのはわかってる。でも、もう遅いよ。今、警察がこっちに向かってる。ウソじゃない。だから大人しくーー」
ガサッという音がした。
草が揺れる音だった。......いや、深淵からじゃない。右。微かに見える佇む何か。人形。いや、人の形はしているが人間ではない。まったく動かない。確かあそこには地蔵があったはず。ということは違う。アレじゃない。
無意識に手をグッと握る。震えている。怖い。緊張。ぼくは何も持っていない。でも、やるしかない!
呻き声がした。今度は深淵から。ぼくの神経は尖っていた。何処だ。何処から来る。耳を澄ました。風の音がうるさい。草の揺れる音がうるさい。闇が広がって行く。
また何か音がした。やはり深淵から。ぼくはそちらに意識を集中した。そしてーー
何かが飛び出して来た。
【続く】