【暗闇の先を歩くために】

文字数 3,213文字

 暗中模索ということばがある。

 これは、どうなるかわからないことに対して手探りで作業を進めていくことではあるが、これはいってしまえば、人間が生きていく上では普通に起こりうることだと思う。

 そもそも、人間は知識や経験を積み重ねることによって成長していく生き物だ。

 知識だけ、経験だけでも当然成長はするが、片方だけーー知識だけでは頭でっかちになり、経験だけでは未知の分野を傷つきながら、ボロボロになりながら進むことを余儀なくされ、どうしても効率が悪くなってしまう。

 そう考えると知識と経験がいい案配であることが理想なのだろうけど、中には知識もなければ経験もないなんて最悪なシチュエーションだってないワケではない。

 確かに考えてみれば、人間、生まれた時はみな何の知識も経験もないまっさらなカンバスのような状態なのだ。そうなれば、人は己が成長過程で何かしら暗中模索してやって来たと考えていいのではないか、と思うのだ。

 ただ、かつてそういうことをして来たからといって、これから先も同じように何もないような状況下で暗中模索し続けるのもいいではないか、といわれるとそれはノーだろう。

 それは人は知識や経験を積み重ねるごとに、段々とズル賢くなっていき、何処かで楽をすることを見いだそうとするからである。

 楽をすることは、ある面ではいいことであり、ある面では悪いことであるといえる。

 前者は作業に慣れて、その行程を最適化して簡略にすることと考えてよいだろう。だが、後者は、ただ単純に面倒だからという理由でサボったり、適当に作業することをいう。

 前者は知識と経験の織り成すセレナーデであるが、後者は知識と経験の不協和音である。

 美麗なメロディの果てには感動や教養を得ることが出来るが、後者は自分を落伍させていくばかりだ。そう考えると、何事もある程度は真面目に取り組むべきだと思うのだ。

 それはさておき、である。

 こういった暗中模索するような経験というのは、確かに年齢を重ねるごとに少なくなっていくだろうが、時代が移り変わり続ける限り、基本的にはゼロにはならない。

 生きていれば、誰しもが何かしらの新しい、殆どまっさらな状態で取り組まなければならない物事があることだろう。

 そして、そうなった時、人はどのように立ち回るべきなのだろうか、ということなのだーー

 さて一週開いてしまったが、『音楽祭篇』の続きである。どんな内容だったか覚えてねぇよって人は、一応あらすじを書くけど、それでもわからなかったら、適当に前の回を読み直してくれーーいいね? あらすじーー

「適当に立候補してしまった指揮者。だが、そのハードルは思った以上に高く、練習をすればリズムとテンポが取れておらず、ろくに上手くいかないような状況だった五条氏。だが、既存の音楽に合わせて指揮を振り、リズムとテンポ感を鍛えることが出来るのではーーそう思い、五条氏はウォークマンをポケットに入れて、指揮の練習をするのだったーー」

 さて、こんな感じだな。じゃ、やってくーー

「ふーん、そうなのか」麻生がいった。「まぁ、おれも音楽に詳しいワケじゃないから何ともいえないけどな」

 塾の休憩時間のことである。おれは麻生やグッチョン、成川、勝明と音楽祭について話し合っていたのだ。

「しかし、やってみると案外難しいもんでなぁ、速さも一定に出来ないし、リズムもピッタシ合わないんだよ」おれはそういいつつ、「で、みんな歌のほうはどうなの?」

 おれは訊ねた。そこで話していた数人の友人たちの反応は微妙な感じだった。

 グッチョンは後にバンドのベーシストとなるのだが、この時は何となくベース齧ってます程度で、決して音楽に強いというワケではなかったし、そもそも歌が上手いかといわれるとそれは正直いってしまうと微妙なところだ。

 勝明は可もなく不可もない感じだったと思う。そもそも彼は隠れた凝り性であり、努力家で、学区の中でもトップクラスの高校に進学したり、大人になってから自転車レースやトライアスロンの大会に出場するようになるストイックさはあれど、音楽的な能力は今も昔も普通といった感じだった。

 成川はかなりの人見知りで人前を嫌う性格もあって、全然声が出ないらしい。後に陸上競技で良い結果を出すこともあって、そこら辺の能力もあるし、大学では美術科に進んだこともあって美的なセンスはあるはずなのだけど、如何せん人前に出ることに関してはやりたがらないし、やっても萎縮してしまうため、そもそも、といった感じだった。

 そして、麻生だが、この中で一番壊滅的なのが彼だった。いや、断言していいが、壊滅していた。今も昔もとんでもない努力家で勉強すれば学年トップ。運動センスはそれなりで、やはり大人になって自転車レースやトライアスロンに出るくらいにはストイックだが、美術や芸術的なセンスは今も昔も崩壊しっぱなし。

 というか、麻生はガチな音痴で、しかも喉の筋肉が弱くて指定された音が出せないとかではなく、音のズレがそもそもわからないという先天的な音痴だったのだ。

 最後におれだが、まぁ、後のロックボーカル、役者もいうこともあって、この当時から自己顕示欲だけはいっちょ前だったのだけど、この時は如何せん知識も経験もなく、自分が歌が上手いか下手かもわからなかった。

 こんなメンツが揃って音楽祭の話をしていると、突然麻生がこんなことをいい出した。

「じゃあ、明日からみんなで練習するか」

 練習っていつ何処で?といった感じもするけど、そんなのは決まっていた。それはーー

 塾の授業が始まる前である。

 まぁ、大丈夫なのかって感じはあったのだけど、そんなこんなで翌日から五人で練習開始ーーといっても、塾で歌うワケにもいかなかったので、わざわざ近くの小学校の校庭までいって練習することに。

 まぁ、練習っていっても課題曲を何となくみんなで合わせて歌って、おれは指揮をするとかそんな感じだったのだけど、当時はそんなことが本気で練習になっていると思っていたーー若いって無鉄砲よな。

 そんなやって意味があるのかわからないようなことを数日に渡って続けていたのだけど、ある日、塾の授業前に五人で塾に帰ると、塾長であり、中三の授業を担当する大先生がお出迎えに出て来たのだ。その表情は無論、固かった。

「お前ら何してたんだ」

 大先生がいった。まぁ、怖かった。ガタイが良く剣道の有段者である大先生は、いつもはジョークをいってばかりいる温厚な性格なのだが、怒るとまぁ恐い。静かなる圧力。

 事情を説明する麻生ーーだが、

「勝手なことすんなや。早く入れ」

 おれたち五人は頭を垂らしながら、修羅のようになった大先生の後について教室に入った。他の生徒ーーみんな五村西の生徒なので、全員が顔見知りーーたちは既に座っていた。

 席につき、授業の用意をする。沈黙が漂う。大先生は鼻で大きくため息をついて、

「あんま勝手なことすんなや」

 そういって、勝手に小学校の敷地に入ったことや諸々を注意し始めた。そして、

「大体、ちゃんと練習しなきゃ何の意味もないだろうが。ほれ、みんな、机とイスをうしろに下げて」

 大先生のことばに戸惑うおれを含めた生徒たち。だが、大先生はそのまま、

「早く」

 とおれたちに机とイスを下げるよう促した。そして、机とイスを下げ終えると、大先生は、

「これから歌の練習をする。今後は授業前にやるからやりたい人は参加して」

 それから大先生は、コソコソ練習するくらいなら堂々とやってくれと続けた。

「じゃあ、練習始めるか。ジョー(おれ)、指揮者だろ? やってーー」

 そうやっておれはその場にいる他の生徒たちの前に立ち、指揮をすることとなったのだ。

 塾の教室に、中学生のか細く弱々しい声が、響き渡ったーー

 とまぁ、今回はこんな感じか。次回は普通の練習について、だと思う。じゃーー

 アスタラ。
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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