【帝王霊~弐拾漆~】
文字数 2,423文字
あれは暑い夏の昼のことだった。
おれは吐き気のするような暑さの中、地元外夢でやる芝居の昼休憩の時間に、市駅改札前のロータリーにて茹だりながら歩いていた。
外夢は市長選で盛り上がっていた。
市内を歩いていれば、何処ででも街宣車が走っており、申しワケ程度の挨拶と、ありきたりを可能な限り新鮮に思わせようと工夫した結果、大失敗して限りなくダサくなったマニフェストを並べ立てていた。
おれはウンザリしていた。というのも、このひと月、ふた月前には市議会議員選挙があり、その間もずっと各々のマニフェストをスピーカーで喧伝する声がしていたからだ。
政治は非常に大切なモノだ。それはわかっている。だが、ノンポリのおれには、何処か真剣になれないのが選挙というイベントだった。
これより少し前のことである。おれはストリートに立てられた選挙看板にて、市議会議員候補の面々を眺めていた。やはり、中年ばかり。
別に中年が悪いとはいわないが、ジェネレーションが違い過ぎて、当選したところで彼らの政策でフォーカスされるのは間違いなく同じくらいの年代か、それ以上の年代になるであろうことは容易に想像が出来た。
そんな中、ひと際おれの目を惹いた議員候補がいた。それが「丸栗千恵」だった。
丸栗候補は中年だらけの候補者の中、唯一若さの見える女性だった。というか、明らかに若く、とてもキレイで、当選すればマスメディアから『キレイ過ぎる市議会議員』と持ち上げられるであろう存在だった。
おれはそんな丸栗候補に興味を抱き、ネットワークにて彼女のことを調べてみた。そこでわかったことは、彼女が同じ年齢であり、議員に立候補する前はとある企業で社長秘書をやっていたとのことだった。
さて、肝心の公約のことだが、年の行った世代はもちろん、年の若い世代もカヴァーしていて非常に好感を持てる感じだった。
だが、おれは彼女に投票はしなかった。
理由はわからないが、何か自分の中でモヤッとした感じというか、違和感を覚えたのだ。
結果、彼女は当選した。
その美しい容姿にフレッシュな存在感、腰の重い政治思想にフットワークの軽さが市民の好感を欲しいままにしたのだった。
で、そこからすぐに市長選である。
暑過ぎるロータリーでは喧しい声が響いていた。男のモノだった。またかと思いつつも横目でその様子を眺めてみると、その男は他の候補と比べるとかなり若々しい印象だった。
まるであの丸栗議員を彷彿とさせるような存在ではあったが、おれはその候補に対してあまりいい印象は抱かなかった。
何処の世界に真っ白なスーツ姿で、浴衣姿のキャバクラ嬢のような女たちにチラシ配りをさせる市長候補がいるだろうか。
そんな胡散臭いヤツに投票するのなんて、話のネタとしてしか考えていないアホか、真性のバカぐらいしかいないだろう。
おれは声をからしながら頑張ってますアピールをするその候補を横目にため息をついた。
と、そんな中に丸栗議員がいたのだ。
丸栗議員は流石にスーツ姿だったが、その市長候補の近くでチラシを配っているようだった。おれはかつて自分が抱いた違和感の正体が何となくわかったような気がした。
「はい、どうぞ」
突然、おれにチラシを差し出して来た女がいた。その妖艶な雰囲気は、キャバクラ嬢のようなキラキラした感じとはまた違っていた。上手く説明することは出来ないが、それは性風俗系の仕事をしている女性とはまた違った妖艶さをまとっており、おれは思わずどもりながらチラシを受け取ってしまった。
それが佐野めぐみだった。
何処かで見たことのある女だとは思っていたが、やはりこの時チラシを渡して来た女だったのだ。めぐみはおれに色目を向けて来た。おれはそういうやり口なのだろうと思いつつ、ギコチナイ動きでめぐみから遠ざかり、チラシに目を落とした。
成松蓮斗の名前を知ったのは、その時だった。
チラシ内の経歴を見ると、成松は東京都五村市を拠点とする『ヤーヌス・コーポレーション』なる企業の代表取締役ということだった。
東京都五村市を拠点とする企業の社長が、何故こんな埼玉県の片田舎の市長に立候補したのか。チラシを見るに居住区は都内で、外夢とは縁もゆかりもないとのこと。疑問は募るばかりだった。
にしてもムカつく顔だった。
美形のゴリラというか、ビジネス系のショートヘアも鼻についたし、何よりクラスにひとりはいた調子に乗ってる自称陽キャみたいな頭の悪さと性格の悪さがその笑顔にへばりついているような印象だった。
この男に投票することはないだろう。そう思いつつ、おれはその場を後にした。
芝居の稽古後は友人である外山慎平とのレトロゲーム会『外山田会』を開催した。
この会に関しては特に説明することもないだろうが、早い話が酒を飲みながらレトロゲームをクリアしようという飲み会である。
場所は外山の家。買い出しを終えて外山の家に着き、乾杯を済ませると、おれはふと市長選の話を外山に振ってみた。
「今日こんなんが演説しててよ」
おれは外山に成松のチラシを渡した。外山はチラシをじっと眺めて、
「何だコイツ。中学の生徒会選挙と間違えてんじゃねえの?」
いい得て妙だった。確かにそんな感じだった。この男には背景や奥行きがない。もちろん経歴を見ればそこにはあるモノはあるのだが、経歴をやたらと並べ立てるばかりで、そこには思想もなければ、政治的バックボーンもなく、何の深みも感じられなかった。
この男には何かがある。
キナ臭さを感じながら、おれは口を大きく開けて笑い、この日見た成松の演説や風貌について伝えた。外山はバカ笑いしながら成松のことをディスっていた。こんな胡散臭いヤツに引っ掛かるバカはいるのかねぇ、と。
ひと通り話し終わると、おれは返された成松のチラシを仕舞い、ゲームの時間を楽しんだ。
それから少しして、とあるニュースが飛び込んで来たのだ。
【続く】
おれは吐き気のするような暑さの中、地元外夢でやる芝居の昼休憩の時間に、市駅改札前のロータリーにて茹だりながら歩いていた。
外夢は市長選で盛り上がっていた。
市内を歩いていれば、何処ででも街宣車が走っており、申しワケ程度の挨拶と、ありきたりを可能な限り新鮮に思わせようと工夫した結果、大失敗して限りなくダサくなったマニフェストを並べ立てていた。
おれはウンザリしていた。というのも、このひと月、ふた月前には市議会議員選挙があり、その間もずっと各々のマニフェストをスピーカーで喧伝する声がしていたからだ。
政治は非常に大切なモノだ。それはわかっている。だが、ノンポリのおれには、何処か真剣になれないのが選挙というイベントだった。
これより少し前のことである。おれはストリートに立てられた選挙看板にて、市議会議員候補の面々を眺めていた。やはり、中年ばかり。
別に中年が悪いとはいわないが、ジェネレーションが違い過ぎて、当選したところで彼らの政策でフォーカスされるのは間違いなく同じくらいの年代か、それ以上の年代になるであろうことは容易に想像が出来た。
そんな中、ひと際おれの目を惹いた議員候補がいた。それが「丸栗千恵」だった。
丸栗候補は中年だらけの候補者の中、唯一若さの見える女性だった。というか、明らかに若く、とてもキレイで、当選すればマスメディアから『キレイ過ぎる市議会議員』と持ち上げられるであろう存在だった。
おれはそんな丸栗候補に興味を抱き、ネットワークにて彼女のことを調べてみた。そこでわかったことは、彼女が同じ年齢であり、議員に立候補する前はとある企業で社長秘書をやっていたとのことだった。
さて、肝心の公約のことだが、年の行った世代はもちろん、年の若い世代もカヴァーしていて非常に好感を持てる感じだった。
だが、おれは彼女に投票はしなかった。
理由はわからないが、何か自分の中でモヤッとした感じというか、違和感を覚えたのだ。
結果、彼女は当選した。
その美しい容姿にフレッシュな存在感、腰の重い政治思想にフットワークの軽さが市民の好感を欲しいままにしたのだった。
で、そこからすぐに市長選である。
暑過ぎるロータリーでは喧しい声が響いていた。男のモノだった。またかと思いつつも横目でその様子を眺めてみると、その男は他の候補と比べるとかなり若々しい印象だった。
まるであの丸栗議員を彷彿とさせるような存在ではあったが、おれはその候補に対してあまりいい印象は抱かなかった。
何処の世界に真っ白なスーツ姿で、浴衣姿のキャバクラ嬢のような女たちにチラシ配りをさせる市長候補がいるだろうか。
そんな胡散臭いヤツに投票するのなんて、話のネタとしてしか考えていないアホか、真性のバカぐらいしかいないだろう。
おれは声をからしながら頑張ってますアピールをするその候補を横目にため息をついた。
と、そんな中に丸栗議員がいたのだ。
丸栗議員は流石にスーツ姿だったが、その市長候補の近くでチラシを配っているようだった。おれはかつて自分が抱いた違和感の正体が何となくわかったような気がした。
「はい、どうぞ」
突然、おれにチラシを差し出して来た女がいた。その妖艶な雰囲気は、キャバクラ嬢のようなキラキラした感じとはまた違っていた。上手く説明することは出来ないが、それは性風俗系の仕事をしている女性とはまた違った妖艶さをまとっており、おれは思わずどもりながらチラシを受け取ってしまった。
それが佐野めぐみだった。
何処かで見たことのある女だとは思っていたが、やはりこの時チラシを渡して来た女だったのだ。めぐみはおれに色目を向けて来た。おれはそういうやり口なのだろうと思いつつ、ギコチナイ動きでめぐみから遠ざかり、チラシに目を落とした。
成松蓮斗の名前を知ったのは、その時だった。
チラシ内の経歴を見ると、成松は東京都五村市を拠点とする『ヤーヌス・コーポレーション』なる企業の代表取締役ということだった。
東京都五村市を拠点とする企業の社長が、何故こんな埼玉県の片田舎の市長に立候補したのか。チラシを見るに居住区は都内で、外夢とは縁もゆかりもないとのこと。疑問は募るばかりだった。
にしてもムカつく顔だった。
美形のゴリラというか、ビジネス系のショートヘアも鼻についたし、何よりクラスにひとりはいた調子に乗ってる自称陽キャみたいな頭の悪さと性格の悪さがその笑顔にへばりついているような印象だった。
この男に投票することはないだろう。そう思いつつ、おれはその場を後にした。
芝居の稽古後は友人である外山慎平とのレトロゲーム会『外山田会』を開催した。
この会に関しては特に説明することもないだろうが、早い話が酒を飲みながらレトロゲームをクリアしようという飲み会である。
場所は外山の家。買い出しを終えて外山の家に着き、乾杯を済ませると、おれはふと市長選の話を外山に振ってみた。
「今日こんなんが演説しててよ」
おれは外山に成松のチラシを渡した。外山はチラシをじっと眺めて、
「何だコイツ。中学の生徒会選挙と間違えてんじゃねえの?」
いい得て妙だった。確かにそんな感じだった。この男には背景や奥行きがない。もちろん経歴を見ればそこにはあるモノはあるのだが、経歴をやたらと並べ立てるばかりで、そこには思想もなければ、政治的バックボーンもなく、何の深みも感じられなかった。
この男には何かがある。
キナ臭さを感じながら、おれは口を大きく開けて笑い、この日見た成松の演説や風貌について伝えた。外山はバカ笑いしながら成松のことをディスっていた。こんな胡散臭いヤツに引っ掛かるバカはいるのかねぇ、と。
ひと通り話し終わると、おれは返された成松のチラシを仕舞い、ゲームの時間を楽しんだ。
それから少しして、とあるニュースが飛び込んで来たのだ。
【続く】