【ナナフシギ~拾弐~】
文字数 2,256文字
煙の中には間違いなく人形のシルエットがあった。
具体的な姿形があるワケではない。だが、漂う煙の中に歪んだ人の影が存在していると、それだけのことだった。
いや、それだけでは片付けられないだろう。明らかな異形、化け物がそこにいたのだから。
弓永とエミリは表情を引き吊らせていた。弓永は驚きで、エミリは泣きそうになっていた。そんな中でも祐太朗だけは険しい表情を浮かべて煙の中の人影に睨みを効かせていた。
「祐太朗……ッ!」
弓永、祐太朗の名前を呼ぶので精一杯といった様子だった。エミリは恐怖で声が出ないようだった。祐太朗は平然と「あ?」といって弓永のほうに意識を向けた。弓永は煙の中の人影を指さして声を震わせながらいった。
「ソイツ……ッ!」
「……あぁ、コイツが西小のナナフシギのひとつ。理科室の人影の正体だよ」
そういっていると、不思議と煙が濃くなって来たようだった。それは気のせいでも何でもなかった。煙が濃くなるほどに深く刻まれる人の影。その影から「ぼーん、ぼーん」といったような低音が聴こえて来た。
「な、何だ……?」と弓永。
「……ヤバいな」
祐太朗はそういって右手の人差し指を立て、その他の指は軽く握った状態の手を額の前に掲げると目を瞑って何かを唱え始めた。
突然、絶叫が聴こえた。
絶叫は間違いなく、煙の中の人影が上げていた。人影は大きく揺れた。歪み、波紋を描くように。そして、その人影は断末魔のような悲鳴を上げて、そのまま霞のように消えた。人影が消えると、まるでそこには何もなかったかのように辺りを覆っていた煙が消え失せた。
静寂。共にクリアな景色が目の前に広がる。まるですべてが終わったような無限の沈黙がそこに広がっていた。そして、それを最初に破ったのは、弓永だった。
「何だったんだ、今の……ッ!?」
「集合霊だよ」
祐太朗は説明する。『集合霊』とはその名の通り、霊の集合体のことだ。
ただ、それは決していい霊の集合体ではなく、怨念の入り交じり融合したモノ、中には人間の怨霊、低級霊だけでなく動物霊も混じった劣悪なモノだ。そして、それが人にいい影響を与えることは決してない。
ちなみに性質のいい霊は集合体になることはない。というのは、性質のいい霊はそのクリアな感情が独立し、守護霊のように「特定の誰かを守りたい」といったような明確な意思の元に存在しているのが殆どだからだ。
だが、逆に怨霊や低級霊、動物霊といったネガティブな感情を持つ霊たちというモノは互いにその感情に共鳴し、その力を上乗せさせてしまう。弓永は呟く。
「……幽霊の集合体?」
「あぁ。それも悪い霊の、な。ヤツラは生きてる人のエネルギーを吸い取ったり、意識をメチャクチャにして人を操ったりしてくる。それは一体でもそうだし、たくさんの霊が交わればそれだけ怨念もキツくなる。だから、ああいう悪い霊には絶対に近づいちゃいけないんだよ」
「近づいちゃいけないって……」弓永は立ち上がりながらいった。「そんなの、普通の……、いや、見えないヤツにはわかんないだろ」
「別に気なんか遣うなよ。見えるのは仕方がないんだから。難しい算数の問題がわかるかわからないかと同じなんだから」
「同じって……、そういうモンなのか……」
「そうだよ。でも、確かに見えないと悪い霊は回避出来ないって思うかもしれないけど、まったくダメってことでもないよ」
祐太朗は説明した。悪霊を回避するいちばんの得策。それは「そういう場所に出来る限り近づかないこと」だという。というのは、負のエネルギーが充満しているところに進んで行かないようにするということだ。
具体的にいえば、遊び半分で心霊スポットや自殺の名所のような場所に行くべきではないということだ。当たり前だが、そういった場所にまともな霊が集まるはずもなく、ネガティブな想いや感情、怨念が渦巻いている。
そして、そういう場所にて悪霊に目をつけられたら最後、除霊するまでいつまでも付きまとわれ、エネルギーを吸われ続ける。中には、そういった場所に行って、七体の霊を一度に背負ってしまったという例もある。
またそういった霊に憑かれやすいのは、優しい人、ネガティブな人、明るくて生命力に満ちている人、調子に乗っている人と様々だ。
もちろん、悪霊はそういった場所以外にも普通にいるが、もし何ともなさそうな場所であっても、変に体調が悪くなったり、特に可笑しな要素もないのに生臭さを感じたり妙な居心地の悪さを感じたりした場合は、そこに悪霊がいる可能性が非常に高いため、出来る限り、その場所を退くのが良いという。
「なるほど、そりゃいいことを聴いたな……」
「そんなこといってねぇで、さっさとその抜かした腰を何とかしろよ」
祐太朗がいったように、弓永は腰を抜かして尻餅をついていた。弓永はハッとしつつ、
「これは、別にそういうことじゃねぇよ……」
と明らかな強がりをいいつつ、立ち上がった。エミリもやはり尻餅をついていた。祐太朗はエミリの前に屈み込むと、「立てるか?」と訊ねた。エミリが頷くと、祐太朗は朗らかな笑みを見せ、エミリを再び立たせた。
「どうする? やっぱり帰るか?」
「大丈夫。祐太朗くんが一緒だから……」
「そうか。じゃあ、今度は絶対におれから離れるなよ」
「……わかった」
「あのなぁ」弓永が割って入る。「いい雰囲気のところ悪いけど、今は……」
突然、物音がした。
三人が振り返った先には、理科の実験準備室の扉が冷たい鋼鉄の塔のように立っていた。
【続く】
具体的な姿形があるワケではない。だが、漂う煙の中に歪んだ人の影が存在していると、それだけのことだった。
いや、それだけでは片付けられないだろう。明らかな異形、化け物がそこにいたのだから。
弓永とエミリは表情を引き吊らせていた。弓永は驚きで、エミリは泣きそうになっていた。そんな中でも祐太朗だけは険しい表情を浮かべて煙の中の人影に睨みを効かせていた。
「祐太朗……ッ!」
弓永、祐太朗の名前を呼ぶので精一杯といった様子だった。エミリは恐怖で声が出ないようだった。祐太朗は平然と「あ?」といって弓永のほうに意識を向けた。弓永は煙の中の人影を指さして声を震わせながらいった。
「ソイツ……ッ!」
「……あぁ、コイツが西小のナナフシギのひとつ。理科室の人影の正体だよ」
そういっていると、不思議と煙が濃くなって来たようだった。それは気のせいでも何でもなかった。煙が濃くなるほどに深く刻まれる人の影。その影から「ぼーん、ぼーん」といったような低音が聴こえて来た。
「な、何だ……?」と弓永。
「……ヤバいな」
祐太朗はそういって右手の人差し指を立て、その他の指は軽く握った状態の手を額の前に掲げると目を瞑って何かを唱え始めた。
突然、絶叫が聴こえた。
絶叫は間違いなく、煙の中の人影が上げていた。人影は大きく揺れた。歪み、波紋を描くように。そして、その人影は断末魔のような悲鳴を上げて、そのまま霞のように消えた。人影が消えると、まるでそこには何もなかったかのように辺りを覆っていた煙が消え失せた。
静寂。共にクリアな景色が目の前に広がる。まるですべてが終わったような無限の沈黙がそこに広がっていた。そして、それを最初に破ったのは、弓永だった。
「何だったんだ、今の……ッ!?」
「集合霊だよ」
祐太朗は説明する。『集合霊』とはその名の通り、霊の集合体のことだ。
ただ、それは決していい霊の集合体ではなく、怨念の入り交じり融合したモノ、中には人間の怨霊、低級霊だけでなく動物霊も混じった劣悪なモノだ。そして、それが人にいい影響を与えることは決してない。
ちなみに性質のいい霊は集合体になることはない。というのは、性質のいい霊はそのクリアな感情が独立し、守護霊のように「特定の誰かを守りたい」といったような明確な意思の元に存在しているのが殆どだからだ。
だが、逆に怨霊や低級霊、動物霊といったネガティブな感情を持つ霊たちというモノは互いにその感情に共鳴し、その力を上乗せさせてしまう。弓永は呟く。
「……幽霊の集合体?」
「あぁ。それも悪い霊の、な。ヤツラは生きてる人のエネルギーを吸い取ったり、意識をメチャクチャにして人を操ったりしてくる。それは一体でもそうだし、たくさんの霊が交わればそれだけ怨念もキツくなる。だから、ああいう悪い霊には絶対に近づいちゃいけないんだよ」
「近づいちゃいけないって……」弓永は立ち上がりながらいった。「そんなの、普通の……、いや、見えないヤツにはわかんないだろ」
「別に気なんか遣うなよ。見えるのは仕方がないんだから。難しい算数の問題がわかるかわからないかと同じなんだから」
「同じって……、そういうモンなのか……」
「そうだよ。でも、確かに見えないと悪い霊は回避出来ないって思うかもしれないけど、まったくダメってことでもないよ」
祐太朗は説明した。悪霊を回避するいちばんの得策。それは「そういう場所に出来る限り近づかないこと」だという。というのは、負のエネルギーが充満しているところに進んで行かないようにするということだ。
具体的にいえば、遊び半分で心霊スポットや自殺の名所のような場所に行くべきではないということだ。当たり前だが、そういった場所にまともな霊が集まるはずもなく、ネガティブな想いや感情、怨念が渦巻いている。
そして、そういう場所にて悪霊に目をつけられたら最後、除霊するまでいつまでも付きまとわれ、エネルギーを吸われ続ける。中には、そういった場所に行って、七体の霊を一度に背負ってしまったという例もある。
またそういった霊に憑かれやすいのは、優しい人、ネガティブな人、明るくて生命力に満ちている人、調子に乗っている人と様々だ。
もちろん、悪霊はそういった場所以外にも普通にいるが、もし何ともなさそうな場所であっても、変に体調が悪くなったり、特に可笑しな要素もないのに生臭さを感じたり妙な居心地の悪さを感じたりした場合は、そこに悪霊がいる可能性が非常に高いため、出来る限り、その場所を退くのが良いという。
「なるほど、そりゃいいことを聴いたな……」
「そんなこといってねぇで、さっさとその抜かした腰を何とかしろよ」
祐太朗がいったように、弓永は腰を抜かして尻餅をついていた。弓永はハッとしつつ、
「これは、別にそういうことじゃねぇよ……」
と明らかな強がりをいいつつ、立ち上がった。エミリもやはり尻餅をついていた。祐太朗はエミリの前に屈み込むと、「立てるか?」と訊ねた。エミリが頷くと、祐太朗は朗らかな笑みを見せ、エミリを再び立たせた。
「どうする? やっぱり帰るか?」
「大丈夫。祐太朗くんが一緒だから……」
「そうか。じゃあ、今度は絶対におれから離れるなよ」
「……わかった」
「あのなぁ」弓永が割って入る。「いい雰囲気のところ悪いけど、今は……」
突然、物音がした。
三人が振り返った先には、理科の実験準備室の扉が冷たい鋼鉄の塔のように立っていた。
【続く】