【西陽の当たる地獄花~拾参~】

文字数 2,334文字

 狂気の裏側を見たことがあるだろうか。

 そんなもの、普通に生きていたらまず見ることはないだろう。狂気の裏側ーーそれは即ちその反対側にあるもの。つまり、それはいうまでもなく正常というヤツだ。

 だが、おれは問いたい。

 正常とは何なのか。

 わからないーーおれにはわからない。

 そもそも、神が支配するこの極楽は果たして正常なのだろうか。生きた人間の暮らすあっちの世は果たして正常なのだろうか。

 おれはそうは思わない。

 あれやこれが正常だとすれば、おれは生涯異常なままで構わない。誰かに金で雇われて、自分の信条のもとで仕事をするなら構わない。

 だが、飼われるのだけは我慢がならない。

 おれは畜生かもしれない。だが、おれ自身は畜生のつもりはまったくない。

 これまで何度となく人を斬ってきた。おれにとって人を斬ることは日常そのものだった。

 殺すーーただ殺す、息をするのと同じ。

 やらなければやられていた。それだけは間違いない。あっちの世だって酷いモンだった。旗本や大名、役人が顔を利かせ、その権力を傘に横暴を繰り返している。

 何のうしろ楯もない人間はただ枕を涙で濡らすしかない。それがイヤなら罪人になるしかない。どっちにしろ権力を笠に着れる立場になれない限り、人は食い物にされるしかない。

 おれはそれがイヤで浪人になった。

 まぁ、生まれが大したことなく、育ちも悪かったこともあって、そうなるのは必然だったともいえなくはないだろうが。

 おれの親父は房州のとある一帯で名の通っていた旗本だったーー自分の名前は覚えていないのに、不思議とそんなことは覚えている。

 親父はクソ野郎だった。自分のしたいようにし、やりたいようにやった。民衆を痛めつけ、町方を威圧して横暴を働き、三下の侍どもをアゴで使い、苦しめた。

 恐らく、親父のことが好きだったヤツなんかひとりもいなかっただろう。何故なら、おれもそのひとりだからだ。

 おれはそんな親父の横暴を見て育った。そして、それに嫌悪感を抱いた。吐き気を催し、自分はこんなクズにはなりたくないとこころの底から思った。

 だからこそ、おれは知力と武力に頼った。

 頭が悪ければ人から蔑まれ、利用されるだけだ。戦う力がなければ、屍になるだけだ。

 だからこそ、おれは学問に武術にと明け暮れた。おれは学問も武術も一番の成績を修めた。だが、それでも納得は出来なかった。

 これでは足りぬ。

 これでは腐った旗本連中が二十から三十の軍勢で襲ってきたところで、すべてを殺すことが出来ない。十九、二十九を殺せてもダメだ。ひとりが残れば、必ず報復される。あるいは最後のひとりに殺されれば、どんなに善戦したところで、所詮は敗北に過ぎない。

 だからこそ、おれは相手を全滅させるほどの圧倒的な力と技術を求めた。

 そして、おれは十五の時に屋敷を出た。親父は病で床に伏しており、早々に家を相続する者を決めなければならなかった。

 だが、おれは家を継ぐつもりは毛頭なかった。そうするくらいなら死んだほうがマシだった。こんな腐った家系はさっさと潰すべきだと思っていたし、権力など欲しくもなかった。

 病床の親父に呼び出されたおれは、家を継ぐよういわれたが、正直に、

「御断りします。この家を継ぐつもりは毛頭ありません。わたしはこの家を出ます」

 そんなバカなという掠れた小さな親父の声。傍らに座っていた爺さんが声を荒げたーー

「無礼者! お前が継がずして、この家はどうなるというのだ!」

 だが、おれは引くことなくいったーー

「弟に継がせては如何でしょうか。アヤツなら父上の悪いところを丸々受け継いでいるし、適任かとわたしは思いますが」

「貴様ッ!」

 皮肉をいってやると爺さんが腰元の脇差に手を掛けた。だが、おれはそれを狙っていたのだーー。

 おれは右側に置いてあった刀を手に取り、飛び上がるように素早く身体を前進させた。

 足の指で鞘を挟みながら右の逆手で刀を抜きつつ、左膝を親父の喉元に乗せてやる。

 親父のウッという苦しそうな声。

 おれの全体重が喉に乗り、親父は非常に苦しそうにしていた。だが、それだけでは飽きたらず、おれは逆手で抜刀した刀の切先を親父の腹に突きつけたーー

「動くなよ、ジジイ。テメェにほんの僅かだけ時間をやろう。時間が過ぎれば、親父は窒息して死ぬ。ふざけた真似をすれば、刀の切先が親父の腹に食い込む。そうなれば、親父は自分の息子ーーそれも長男のおれに殺されたとウワサになり、お家の評判はがた落ち、断絶することにもなりかねない。病死したとウソをついても無駄だ。おれが本当のことをいいふらしてやる。テメェみてぇな老いぼれが、おれを殺せると思うなよ。逆にテメェを殺すことくらい簡単なことなんだからな」

 おれは無意識の内に笑っていた。何が可笑しかったのか、自分でもわからない。ただ不思議と笑みが零れて来た。多分、これまでさんざん権力の笠を着て人をなぶりものにしてきた男を、こういった形で捩じ伏せることに快感を得ていたのかもしれない。

 いや、快感を得ていたのだ。

 そこでこれからのことは決まった。自分の頭と自分の力でのしあがり、調子こいた無能な支配者どもを捩じ伏せること。それがおれが生きる道なのだと。

 親父は今にも窒息してしまいそうだった。爺さんは奥歯を噛み締めつつ武者震いしていた。多分、おれのいいなりになりたくはなかっただろうが、このままでは自分の息子が窒息してしまうと葛藤していたのだろう。

 親父も爺さんも哀れだった。

 だが、おれはそんな哀れな姿を晒す支配者に刃を向け、切先を突きつけている。そして、それを引くつもりは毛頭ない。

 爺さんの口がゆっくりと動いたーー

 おれの勝ちだった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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