【朝、終わりの始まり】

文字数 3,033文字

 終わりの日の朝に何を思うだろうか。

 人によってはワクワク、ある人にはドキドキ、また別の人は糸の張るような緊張感、中には十三階段の最終段を上がるような絶望感を抱くようなこともあるだろう。

 そういったこころ持ちというのは、いってしまえば、その対象のイベントに対して、その人がどう思っているかで変わってくると思う。

 例えるなら、楽しみにしていたミュージシャンのライヴや劇団の芝居を観に行くとなると、ワクワクやドキドキが大きくなるだろう。

 反対に緊張感というのは、自分にとって一世一代の何かをやらなければならないというような状況ーーいうなれば清水の舞台から飛び降りるような状況によく訪れると思う。

 こういった緊張感を伴うモノは、その人にとって良いものであることもあれば、悪いものであることもあって、状況はまちまちだ。

 例を挙げるとするなら、試験だったり、芝居や音楽といった舞台の本番がそうだろう。要は、自分が主体となって何かをしなければならないような状況のことだ。

 さて、最後。十三階段の最終段を上がるような絶望感だけど、これはそうそうないと思う。それこそ、本当に犯罪をやっちまって、その公判が行われるだとか、死刑直前とか、また或いは、ほぼほぼ勉強していない状況で試験を受けなきゃならないとか、練習をしていない状況で舞台本番を迎えなきゃならないとか、よっぽど酷い状況じゃない限り、そこまでネガティブな感情にはならないと思う。

 とはいえ、これはその人その人の性格というか、個人的な事情にも依るんじゃないか。

 かくいうおれはというと、基本的に楽しみにしていることでも、自分が人前に立つ立場であろうと、緊張することが殆どだ。

 楽しみにしているのに緊張するとかワケがわからんと思われるかもしれないけど、多分、これもパニックによる後遺症なのだと思う。

 やはり、どんなに楽しみなモノであっても、移動の際や、楽しんでいる最中に体調が悪くはならないか、急にぶっ倒れたりしないかと心配になってしまうのだ。

 そんなことはないだろうに、どんな状況であろうと、何年経とうと、この無駄過ぎる心配が頭を過って仕方ない。ほんと、トラウマになるような悪い過去なんて、覚えている価値なんか殆どないと思う。そんな先の未来の行動を縛るだけのゴミ以下の過去なんかさっさと忘れろよ、無能な脳。

 とはいえ、やはり人前に出るという場合は、大抵の人なら緊張するモノだと思うのだ。

 そして、その緊張感を抱きながらどうモラトリアム的な時間を過ごすかで、すべては変わってくるのだろう。

 さて、『遠征芝居篇』の第十三回である。長い。あらすじーー

「初日の公演が終了すると、中打ち上げとして、参加者全員で食事会。中打ち上げは非常に盛り上がった。下留さんの計らいで、よっしーの誕生日を祝ったりと楽しい時間はあっという間に過ぎた。中打ち上げが終わると、酒蔵をイベントスペースに改修した場所にて二次会。五条氏は感傷的な気分を胸に、下留さんと話をし、翌日に備えて眠りに就くのだったーー」

 とまぁ、こんな感じ。今回は千秋楽前の朝の話だな。じゃ、やってくーー

 朝、元映画館のオフィスで目覚めると、目映いほどの朝陽がおれの目を刺した。

 千秋楽の朝がやって来たのだ。

 本番は真っ昼間。現在の時間は朝六時。猶予は精々あと六時間といったところだ。

「起きたかい?」おれはいった。

「……はい」森ちゃんはややくぐもったトーンでいう。

 それからふたりで寝袋を片付け、酒蔵のほうを見に行くことにした。酒蔵のほうで休息を取ったメンバーはまちまち。起きている人もいれば、まだ寝ている人もいる。

 デュオニソスのメンバーは、ふたりとも寝ていた。長旅で、しかも前日がフル活動、オマケに中打ち上げで夜通し騒いだのだから、そりゃ疲れるだろう。というか、おれと森ちゃんが早く起きすぎたのかもしれない。

 取り敢えず、おれと森ちゃんは先に荷物を車に積み込み、他のメンツが起きるまで待った。

 特に何をするワケでもない。ただ、他のメンバーが起きるまで、街の景色をボーっと見ているだけ。殆ど知らぬ土地で迎える朝は静かでありながらどこか胸が疼く。

 今日で最後、という気持ちが焦燥感を掻き立てる。

 終わり、終わりなのだ。まだすべてを終えたワケではないが、数時間後には本番が始まり、そのまた二時間ほど後にはすべてが終わり、バラシに掛かっていることだろう。

 そう考えると、寂しいモノだった。

 結局、どんなに過程に時間が掛かろうと、どんなに稽古で経験と能力を積み上げようと、終わる時は一瞬。すべては瞬間的。

 もはや、芝居の度に感傷的になっているような気がするのだけど、同じ芝居でも、本や座組、環境が違うだけで、また違うモノとなる。当然、自分の経験も変わってくる。

 確かに初舞台の千秋楽前も微かな喪失感があった。だが、あの時は、初めての舞台という高揚感のほうが強かった。

 初めて主役をやった時は、嫌いな本に嫌いな役、嫌いな環境に嫌いな座組で感傷的になる余地もなかった。逆にこの前の『ブラスト』でのゲスト出演は、三品のチンピラという自分としてはピッタリな役が楽しすぎて逆に感傷的になる余裕がなかった。

 が、今回は役柄以上に自分のパーソナリティを投影したような冬樹という男に親しみを感じてしまい、感傷的にならざるを得なかった。多分、この冬樹という役が自分という人間に訴え掛けるモノが大きかったのだと思う。

 遠い目で過ぎ行く街並みを眺めていると、他のメンバーも起床し、準備を終えたようだった。デュオニソス全員分の荷物を森ちゃんの車に積み込み、ウタゲのメンバーも揃って出発。

 が、デュオニソスとウタゲの一部のメンバーは、前日の汗を流すためにそのまま銭湯へ。

 とはいえ、和気藹々と話す雰囲気でも、気分でもなく、さっと身体を洗い、そのまま浴場を上がり、着替えてロビー横の休憩室にてひとり、スマホに録音してあったセリフ暗記用の音声を流して、最後の準備を整える。

 セリフの最終確認を終えた頃、他のメンバーと合流し朝飯を終えて、いざ千秋楽の舞台へ。

 会場に着くと、千秋楽の流れについて最終確認。それを終えると、規定の時間まで自由時間。みんな、好きな音楽を流して盛り上っている中、おれは自分の気持ちを落ち着けるため、ひとりでヘヴィメタルや必殺シリーズのサントラを聴いていた。

 そして、本番が近づいた。

 千秋楽、おれと森ちゃんは受付の仕事をすることとなっていた。受付で待機していると、次から次へと来るオーディエンスに、脳も冷や汗を掻く。緊張の波が一気に押し寄せる。

 オーディエンス名簿を見ると、見知った名前がふたつ。ヒロキさんにミサオさん。ブラストの代表であり、師であるヒロキさんと、これまでブラストの協力者としてお世話になったミサオさんのふたりの名前があった。

 そして、ふたりが受付の前に立つ。でも何も話せなかったよな。これまでは内部の人間として意見を貰う立場だった身として、そういう相手が別の場所で自分たちの芝居を観に来るというのも変な感じ。というか、緊張が半端ない。

 おふたりと軽く挨拶を交わし店内へと見送ると、おれは大きく息をついた。

「緊張してますねぇ」森ちゃんがいった。

「お互い様ですよ」

 森ちゃんはケタケタと笑った。

「それもそうですね」

 ゆったりと笑い合うおれと森ちゃん。終わりの始まりまで、後少し。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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