【冷たい墓石で鬼は泣く~零~】
文字数 1,504文字
燃え盛る炎が辺りを照らしている。
夜の闇の中に照らされる無数の何か。それは手だった、腕だった、足だった、人だった。赤い血を流し、はらわたを撒き散らす人の姿だった。目をひん剥いたまま動かない屍だった。
そんな中に女がふたり佇んでいる。
「アナタはみんなと外で隠れてて。残党がいたら後が面倒でしょ?」
「で、でも……」
「大丈夫。これだけの度胸があれば恐がることなんか何もないから。それに、こんなに倒したんだ、ヤツラの手下も殆どいないと思うし」
「でも……」
佇むふたりの女。ひとりはうつむき、うつむく女の肩に手を掛けるもうひとりの女。
「行かなきゃ」
そういって片方の女は燃える屋敷へと向かっていく。うつむいていた女がその場から姿を消したのは、それからすぐのことだった。
半刻もしない内だろうか。燃え盛る屋敷からふたりが姿を現した。片方は先程の女。そしてもうひとりはまったく別の男。
女は何もいわない。それどころか男のほうを見ようともしない。男もそれに対して特に何かをいうでもない。ただ、ギクシャクした間柄が空気を伝って渦巻いている。
「……これからどうするの?」女が訊く。
「先行っててくれ。後から行く」男がいう。
「戻るってこと?」
「そうだな」
「何で。アンタはもうあそこに用なんかないはずだけど」厳しい語調で女はいう。
「それは所詮お前の想像の範囲での話だ。いいから行きな」
男は感情のこもっていない虚無的な口振りでそういった。それに対して女は何もいうことなくゆっくりと去っていった。まるで未練を背中にぶら下げているようにゆっくりと。
炎は殆ど灰と化していた。
男は屋敷のほうを振り返る。崩れ落ちていく。まるで、ひとつの城が落ちるよう。丸太を組んで作った簡易的な造り。そんな粗末な城が炎にまみれて落ちていく。瓦礫が崩れ、地面を打ち、とてつもない音を立てる。
男は屋敷のほうから目を離さなかった。まるで何かを弔うような、そんな寂しげで悲しげな目だった。だが、そんな目が、その場で血を流して倒れている屍に対して向けられることはなかった。それは男が屋敷に背を向けても同じ。
所詮、屍は敷物でしかない。人生を歩む上で前に立ちはだかり、死んでいった取るに足らない肉塊の敷物でしかないのだ。
男は虚無的な目を屍に注ぐ。憐れむこともなければ、悲しむこともない。無。そこに感情などというモノが介入することはないといわんばかりの虚な視線が雨のように降り注がれる。
男は血だらけ。衣服は真っ赤に染まり、まるで最初からそうだったといわんばかりの色をしている。胸元、片頬は飛び散った血しぶきに汚れている。だが、最も血に汚れていたのは、男の手。手こそが最も血を浴びている。これでは足を洗ってもキレイになることはないだろう。
微かな炎の明かりを受けて佇む男。その姿はまるで鬼神のようだった。巨大に見える影。だらりと落とした両方の肩は失落しているというよりかは、完全に脱力して居心地の良さを味わっているように見えた。
真っ赤な血こそが自分の道を染め上げる染料で、そこに広がる屍は単なるオマケ。
男は笑わない。
男は懐から何かを取り出す。
髪留め。金属で出来た頭を覆うような髪留め。そしてもうひとつ取り出したのは手に巻くほどの小さな数珠。男はそれらを眺めると、少しして再び懐へとしまった。
屍の上に佇む鬼ーー男はそう見えた。
男は歩き出す。屍の間をくぐり、時には屍の上を跨いで、草履の裏を血に染めながら。
鬼の去った後、そこには屍の山が築かれる。
だが、そこに墓石が立てられることはない。鬼は笑わない。業火の中でも無表情。
鬼はーー去っていく。
【続く】
夜の闇の中に照らされる無数の何か。それは手だった、腕だった、足だった、人だった。赤い血を流し、はらわたを撒き散らす人の姿だった。目をひん剥いたまま動かない屍だった。
そんな中に女がふたり佇んでいる。
「アナタはみんなと外で隠れてて。残党がいたら後が面倒でしょ?」
「で、でも……」
「大丈夫。これだけの度胸があれば恐がることなんか何もないから。それに、こんなに倒したんだ、ヤツラの手下も殆どいないと思うし」
「でも……」
佇むふたりの女。ひとりはうつむき、うつむく女の肩に手を掛けるもうひとりの女。
「行かなきゃ」
そういって片方の女は燃える屋敷へと向かっていく。うつむいていた女がその場から姿を消したのは、それからすぐのことだった。
半刻もしない内だろうか。燃え盛る屋敷からふたりが姿を現した。片方は先程の女。そしてもうひとりはまったく別の男。
女は何もいわない。それどころか男のほうを見ようともしない。男もそれに対して特に何かをいうでもない。ただ、ギクシャクした間柄が空気を伝って渦巻いている。
「……これからどうするの?」女が訊く。
「先行っててくれ。後から行く」男がいう。
「戻るってこと?」
「そうだな」
「何で。アンタはもうあそこに用なんかないはずだけど」厳しい語調で女はいう。
「それは所詮お前の想像の範囲での話だ。いいから行きな」
男は感情のこもっていない虚無的な口振りでそういった。それに対して女は何もいうことなくゆっくりと去っていった。まるで未練を背中にぶら下げているようにゆっくりと。
炎は殆ど灰と化していた。
男は屋敷のほうを振り返る。崩れ落ちていく。まるで、ひとつの城が落ちるよう。丸太を組んで作った簡易的な造り。そんな粗末な城が炎にまみれて落ちていく。瓦礫が崩れ、地面を打ち、とてつもない音を立てる。
男は屋敷のほうから目を離さなかった。まるで何かを弔うような、そんな寂しげで悲しげな目だった。だが、そんな目が、その場で血を流して倒れている屍に対して向けられることはなかった。それは男が屋敷に背を向けても同じ。
所詮、屍は敷物でしかない。人生を歩む上で前に立ちはだかり、死んでいった取るに足らない肉塊の敷物でしかないのだ。
男は虚無的な目を屍に注ぐ。憐れむこともなければ、悲しむこともない。無。そこに感情などというモノが介入することはないといわんばかりの虚な視線が雨のように降り注がれる。
男は血だらけ。衣服は真っ赤に染まり、まるで最初からそうだったといわんばかりの色をしている。胸元、片頬は飛び散った血しぶきに汚れている。だが、最も血に汚れていたのは、男の手。手こそが最も血を浴びている。これでは足を洗ってもキレイになることはないだろう。
微かな炎の明かりを受けて佇む男。その姿はまるで鬼神のようだった。巨大に見える影。だらりと落とした両方の肩は失落しているというよりかは、完全に脱力して居心地の良さを味わっているように見えた。
真っ赤な血こそが自分の道を染め上げる染料で、そこに広がる屍は単なるオマケ。
男は笑わない。
男は懐から何かを取り出す。
髪留め。金属で出来た頭を覆うような髪留め。そしてもうひとつ取り出したのは手に巻くほどの小さな数珠。男はそれらを眺めると、少しして再び懐へとしまった。
屍の上に佇む鬼ーー男はそう見えた。
男は歩き出す。屍の間をくぐり、時には屍の上を跨いで、草履の裏を血に染めながら。
鬼の去った後、そこには屍の山が築かれる。
だが、そこに墓石が立てられることはない。鬼は笑わない。業火の中でも無表情。
鬼はーー去っていく。
【続く】