【藪医者放浪記~参拾壱~】

文字数 1,031文字

 下がったままの切っ先が震えている。

 ずっとそのままの状態で構えていれば、いくら腕に優しい構え方であっても、厳しいモノがあるのはいうまでもない。

 険しい表情と不敵な笑みが向き合っている。前者は猿田源之助、後者は牛馬である。互いの刀、共に切っ先を落とし、それが大きく上に上がる様子はない。その表情は対照的ではあるが、その奥にある感情は共通しているようだった。

 死がそこにあった。まるで吸い寄せられるように身体が動かんとしている。だが、動けばそこで終わりなのは見えていた。源之助も牛馬も互いが互いに後の先を取ることを得意としている。

 冷たい風が着物と髪をなびかせる。完全な硬直状態。が、源之助は大きくため息をついた。かと思いきや、源之助は下ろしていた愛刀の『狂犬』を静かに鞘に納めた。牛馬は顔を歪めた。

「......どういうつもりだ?」

 牛馬の問いに、源之助は無言の笑みで応えた。だが、その笑みは何処か引き吊っており、口許と頬が若干痙攣を見せていた。まったく意図が不明な納刀に牛馬も表情を歪める。刀を抜いた状態と納めた状態では抜いた状態のほうが圧倒的に有利なのはいうまでもない。だが、互いの表情だけを見れば、まるで形勢が逆転したようにしか見えない。

 かと思いきや、源之助は静かに牛馬のほうへと歩み寄っていった。完全な自殺行為。明らかに不利な状況の中で、自ら得物を持つ相手に近づいていくなど、普通なら考えられる話ではない。だが、この狂気の沙汰を演じるのは猿田源之助。土佐流に腕の覚えあり、牛馬もその腕前を目にせずとも見抜いたほど。そんな牛馬が源之助の所業に恐れを抱かないワケがないだろう。

 刀を抜いていない相手が近づいてくる。そんな状況では下段の構えは形なしもいいところ。弾く攻撃もなければ、やれることといえば急な真っ向か袈裟懸けの一撃くらいだろう。突きも出来なくはないが、剣線もブレやすく決定的な一撃にはとてもじゃないかなりにくいし、本来の突きの強味である速効性とスキのなさが失われてしまうことを考えれば、普通の正眼に戻すほうがいい。

 確かに居合の使い手である源之助の急な一撃をかわすための一手段としては下段は意味はなくない。だが、逆にその腕前から考えてそれを瞬間的に捌くことは牛馬でも難しいのはいうまでもない。

 牛馬は刀を正眼に戻し、源之助を注視する。

 源之助は深く沈み込む。その時、源之助の右手が刀の柄に触れた。

 牛馬は刀をグッと握り、そのまま突きーー

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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