【藪医者放浪記~死拾捌~】
文字数 1,144文字
苦し紛れに何かをすれば、必ずボロが出る。
そもそも、苦しい状況下で何かを即興で取り繕うようなことをするのだから、それがあまりにも薄っぺらで役に立たないことはいうまでもないだろう。
さて、今ここでとてつもなくギコチナイ愛想笑いをしている男もそんな状況に陥っていた。男の名前は松平天馬。そう、川越に拠点を置く直参旗本の男だ。
今さら説明するまでもないだろうが、松平天馬は追い込まれていた。その理由は簡単。水戸から来た藤十郎と娘であるお咲の君の縁談があるというのに、お咲の君は相も変わらず喋る気配がないからだ。
何としてでも時間を稼がなければ。
だが、そうは思っていても、それがイタズラに時間を長引かせているだけであるのはいうまでもなかった。何故ならお咲の君が話をしないのは病のせいではなく、単純に自分の意思でのことなのだから。
しかし、松平天馬がそんなことを知るよしもなかった。今の天馬に出来ることといえば、ただ愛想笑いを浮かべて藤十郎を接待することだけでしかなかった。
藤十郎は何処かつまらなそうだった。それもそうだろう。そもそも、松平邸に出向いたのはお咲の君との縁談が目的であって、それを後回しにして接待を受けるというのは本意でなかったのはいうまでもなかった。道中、九十九街道にて問題が起こりはしたが、何とか当の本人は無事でいたから良かったというモノ。まぁ、それでも従者が何人も死んでいるので、そもそもいい気分ではないだろうが。
そして当然ではあるが、接待の場にお咲の君の姿はない。アレだけの修羅場の後に、縁談を後回しにされて、ただメシを食うだけでは藤十郎もいい気がしないのはいうまでもないだろう。
「松平殿」イラ立ちを抑えようともせずに、藤十郎はいった。「一体いつまでこんなことをしておられるのです?」
藤十郎のイラ立ちはもっともだったが、天馬に出来ることといえば、相も変わらず愛想笑いをすることだけ。ただ、真実が明らかになるまでの時間をイタズラに先延ばしにしているだけに過ぎなかった。
「いえ、ですから......」
「大体、何だって食事の席にお咲の君が同席なされないのです! こちらと食を共にするというだけでも光栄であろうに!」
天馬はただただ困惑するばかり。だが、そんな天馬の態度が藤十郎を更にイラ立たせるのはいうまでもなかった。
「さては」藤十郎はいった。「お咲の君に会わせられない事情がおありなんですな!?」
図星ーーまごうことなき図星だった。ドキッとする天馬。そして、止しておけばいいのにーー
「わかりました。そこまでいわれてはこちらだって黙ってはいません! お咲の君と対面させましょう!」
とか豪語してしまったモノだからどうしようもなかった。
まったくどうなることやら。
【続く】
そもそも、苦しい状況下で何かを即興で取り繕うようなことをするのだから、それがあまりにも薄っぺらで役に立たないことはいうまでもないだろう。
さて、今ここでとてつもなくギコチナイ愛想笑いをしている男もそんな状況に陥っていた。男の名前は松平天馬。そう、川越に拠点を置く直参旗本の男だ。
今さら説明するまでもないだろうが、松平天馬は追い込まれていた。その理由は簡単。水戸から来た藤十郎と娘であるお咲の君の縁談があるというのに、お咲の君は相も変わらず喋る気配がないからだ。
何としてでも時間を稼がなければ。
だが、そうは思っていても、それがイタズラに時間を長引かせているだけであるのはいうまでもなかった。何故ならお咲の君が話をしないのは病のせいではなく、単純に自分の意思でのことなのだから。
しかし、松平天馬がそんなことを知るよしもなかった。今の天馬に出来ることといえば、ただ愛想笑いを浮かべて藤十郎を接待することだけでしかなかった。
藤十郎は何処かつまらなそうだった。それもそうだろう。そもそも、松平邸に出向いたのはお咲の君との縁談が目的であって、それを後回しにして接待を受けるというのは本意でなかったのはいうまでもなかった。道中、九十九街道にて問題が起こりはしたが、何とか当の本人は無事でいたから良かったというモノ。まぁ、それでも従者が何人も死んでいるので、そもそもいい気分ではないだろうが。
そして当然ではあるが、接待の場にお咲の君の姿はない。アレだけの修羅場の後に、縁談を後回しにされて、ただメシを食うだけでは藤十郎もいい気がしないのはいうまでもないだろう。
「松平殿」イラ立ちを抑えようともせずに、藤十郎はいった。「一体いつまでこんなことをしておられるのです?」
藤十郎のイラ立ちはもっともだったが、天馬に出来ることといえば、相も変わらず愛想笑いをすることだけ。ただ、真実が明らかになるまでの時間をイタズラに先延ばしにしているだけに過ぎなかった。
「いえ、ですから......」
「大体、何だって食事の席にお咲の君が同席なされないのです! こちらと食を共にするというだけでも光栄であろうに!」
天馬はただただ困惑するばかり。だが、そんな天馬の態度が藤十郎を更にイラ立たせるのはいうまでもなかった。
「さては」藤十郎はいった。「お咲の君に会わせられない事情がおありなんですな!?」
図星ーーまごうことなき図星だった。ドキッとする天馬。そして、止しておけばいいのにーー
「わかりました。そこまでいわれてはこちらだって黙ってはいません! お咲の君と対面させましょう!」
とか豪語してしまったモノだからどうしようもなかった。
まったくどうなることやら。
【続く】