【帝王霊~漆拾漆~】
文字数 1,139文字
身体から血の気が引くような寒気を感じた。
聞き間違い、だと思った。あたしに守護霊として憑いているのが、かつてのあたしの上司であり、成松との一件で非業の死を遂げたあの高城警部だというなんて。
高城警部ーー成松に息子を人質に取られ、あたしを誘き寄せるためのエサとなり、殺された人。高城警部が人間的に優れていたのはいうまでもないだろう。現役の警察官だった時も、探偵として活動を始めてからも、高城警部からは多大なるご厚意を受けた。死ぬ時も自らの所業を詫び、あたしの無事を祈ってくれた。
だが、その高城警部があたしに取り憑いているというのはどういうことだろう。
考えられるとしたら、高城警部は何か感じるモノがあったということだろう。だが、それは何なのかーー
しかし、今思えば、あの事件以降、ここまで成松の魔の手に掛かることなく無事に過ごせたのは、もしかしたら高城警部が守って下さっていたからなのかもしれなかった。
もし、目の前にいる成松と名乗る男が本当に成松の霊によって身体を乗っ取られているとするならば、それは逆にいえば、成松が死んで以降、あたしに対して何かしらの攻撃を加えることが出来たはずだった。何なら、成松自身があたしの身体を乗っ取って痛ぶり、辱しめることも出来たはずだ。
その兆候がなかったということは、つまり成松はあたしを攻撃することが出来なかった。何故ならあたしの守護霊である高城警部がいたからーー
いや、本当に高城警部があたしに憑いているのだろうか。
霊感のある詩織がいうには、あたしに守護霊が憑いているのは間違いない。だが、それが誰でどんな人物かということまでは聞いていない。もしかしたら、成松があたしのことを揺さぶるためにデタラメをいっているとも考えられた。
「何であたしに高城警部が憑いてるんだか。底意地の悪さだけは相変わらずだね」
「アナタには見えないでしょうけどね、高城は確かにアナタに憑いていますよ。さぞ悔しかったのでしょう。あの道楽息子をゴキブリのエサにされて無惨な死へと追いやられたのですから」
「ゴキブリのエサ......?」
「えぇ。傷ついた身体を浴槽に入れてね。ゴキブリまみれの浴槽に。あんな気持ち悪い光景は見たことがありませんね」
そういう成松の顔は不敵に笑っていた。これが真実だとしたら本当に狂っている。そして、あたしはその壮絶な光景を思い浮かべ、かつそれを知らされて絶望する高城警部を思って涙が止まらなくなった。
「ヒドイ......、何てことを......」
「文句ならわたしではなくてそこにいる佐野にいって貰いたいですね。ゴキブリを用意したのも、高城の息子も高城自身も、連れてきたのはこの女なのですから」
あたしの中で何かが砕ける音がした。
【続く】
聞き間違い、だと思った。あたしに守護霊として憑いているのが、かつてのあたしの上司であり、成松との一件で非業の死を遂げたあの高城警部だというなんて。
高城警部ーー成松に息子を人質に取られ、あたしを誘き寄せるためのエサとなり、殺された人。高城警部が人間的に優れていたのはいうまでもないだろう。現役の警察官だった時も、探偵として活動を始めてからも、高城警部からは多大なるご厚意を受けた。死ぬ時も自らの所業を詫び、あたしの無事を祈ってくれた。
だが、その高城警部があたしに取り憑いているというのはどういうことだろう。
考えられるとしたら、高城警部は何か感じるモノがあったということだろう。だが、それは何なのかーー
しかし、今思えば、あの事件以降、ここまで成松の魔の手に掛かることなく無事に過ごせたのは、もしかしたら高城警部が守って下さっていたからなのかもしれなかった。
もし、目の前にいる成松と名乗る男が本当に成松の霊によって身体を乗っ取られているとするならば、それは逆にいえば、成松が死んで以降、あたしに対して何かしらの攻撃を加えることが出来たはずだった。何なら、成松自身があたしの身体を乗っ取って痛ぶり、辱しめることも出来たはずだ。
その兆候がなかったということは、つまり成松はあたしを攻撃することが出来なかった。何故ならあたしの守護霊である高城警部がいたからーー
いや、本当に高城警部があたしに憑いているのだろうか。
霊感のある詩織がいうには、あたしに守護霊が憑いているのは間違いない。だが、それが誰でどんな人物かということまでは聞いていない。もしかしたら、成松があたしのことを揺さぶるためにデタラメをいっているとも考えられた。
「何であたしに高城警部が憑いてるんだか。底意地の悪さだけは相変わらずだね」
「アナタには見えないでしょうけどね、高城は確かにアナタに憑いていますよ。さぞ悔しかったのでしょう。あの道楽息子をゴキブリのエサにされて無惨な死へと追いやられたのですから」
「ゴキブリのエサ......?」
「えぇ。傷ついた身体を浴槽に入れてね。ゴキブリまみれの浴槽に。あんな気持ち悪い光景は見たことがありませんね」
そういう成松の顔は不敵に笑っていた。これが真実だとしたら本当に狂っている。そして、あたしはその壮絶な光景を思い浮かべ、かつそれを知らされて絶望する高城警部を思って涙が止まらなくなった。
「ヒドイ......、何てことを......」
「文句ならわたしではなくてそこにいる佐野にいって貰いたいですね。ゴキブリを用意したのも、高城の息子も高城自身も、連れてきたのはこの女なのですから」
あたしの中で何かが砕ける音がした。
【続く】