【帝王霊~弐拾伍~】
文字数 2,382文字
エンジンの轟音に紛れてカーステレオから電子的な声が聴こえてくる。
「え、ちょっと、どういうことなの? ちょっと、佐野! 佐野!」
細く長い指がスマホをタップし、電話が切られる。真っ赤なネイルが和雅の目に映る。和雅はめぐみの愛車である『光岡オロチ』の助手席に乗って、運転するめぐみを眺めている。闇とオレンジが殆ど交互に混じり合う。
「いいんか、電話切って」
助手席に乗る和雅がいうと、めぐみは不敵な笑みを浮かべて真っ赤な唇を吐息混じりに開く。
「うん。アイならわかってくれるよ」
「随分と仲がいいんだな」
「ふふ。避けられてるけどね」
「避けられてるって実感がある割には、随分と積極的じゃんか」
「いいのよ。どうせ、あたしなんか誰と会っても深い関係を持つことなんかないんだから」
弱音のようにも聴こえるが、めぐみの声は何処までもあっけらかんとし、あっさりしている。が、そんなめぐみの口振りを他所に和雅は居所悪そうにしながら、
「そんなこというなよ。アンタだって、大事な誰かがいるんだろ?」
「いないよ、そんなの」
「またまたぁ」
「ウソじゃないよ。家族はいないし」
あっさりとした口振りが逆にリアルに響く。和雅はそのことばに思わず口を閉ざす。が、無理矢理明るい雰囲気を作るように、
「でもさ、アンタみたいな女性なら、男も放っておかんべ。彼氏とかいるんだろ?」
めぐみは口許を緩め、目を細めながら意味ありげに和雅を横目で見る。
「いないよ」
「へぇ、意外だね」
「そう? っていっても、モテないワケじゃないけどね。ただ、今のあたしに、そういう男を作る時間的な余裕も、資格もないからさ」
と、オロチはトンネルに入る。トンネル内部では暗闇とオレンジが殆ど交互に明滅する。めぐみの横顔が陰影を持って和雅の目に映る。
「へぇ、そうなんか。でも、時間的な余裕がないのはわかるけど、資格がないってのはどういうことなんよ?」
「……そのままのことだよ。あたしみたいにアウトローなことをやってる女はね、いつ死んでも可笑しくない。だから、そんな何てことない幸せを享受する資格なんかないんだ」
影がめぐみを寂しげに彩る。と、和雅は、
「何だそれ。ワケわからんね」
「あら、随分とケンカ腰だね。アナタだって、自分の能力を高めるために他の人たちが当たり前に手にする幸せを投げ捨ててるじゃない。あたしもアナタも、その資格を自ら放棄しているって意味では同じじゃない?」
「まぁ、そういう意味ではそうかもしれんけどね。でもさ、ずっとひとりでいると、突然に寂しくなったりしないんかい?」
「ないね」食い気味にめぐみはいう。
「ウソだで、それ」
「……何でそう思うの?」
「返答が早すぎる。まるで次のセリフを決め打ちしてるか、その場を取り繕うために話を合わせているようにしてるようにしか思えない」
「ふふ、流石。そこらへんの観察眼は大変素晴らしいね。でも、それは間違いかな」
めぐみの視線は前を見ながらも、ややうつむき加減になって何処か横にいる和雅を意識しているようでもあった。
「……またウソだな」
「ウソじゃないよ」
「ウソをつく時、男は目を外し、女は目を見るっていうけど、それ以前に、アンタ、アゴが引けてるよ。人間、自分の内を守ろうとすると無意識の内にアゴを引いてしまうんよ」
「……ふふ、良く見てるね」遠い目で先を見るめぐみ。「まぁ、本音をいうと、あたしだって普通の幸せが欲しかったよ。普通に男と結婚して、普通に子供を作って、家でダラダラして、ランチして、買い物して、面倒な自治会やママ友、PTAの付き合いをしたかった。でも……」
「何いってんだか。アンターーめぐみさん、だっけ?ーーおれよりも若いのにそんなこと考えるって、それは違うんでねぇの?」
「ふふ、急にどうしたの? 見た目の若々しい和雅くんも、年齢と共に説教くささに目覚めちゃったとでも?」
「正直、説教なんてするのもされるのも大嫌いだけどね。でも、自分の可能性を見限るのは、やっぱり違うと思うで。おれも何度となく自分を見限って芝居を辞めようと思ったけどさ、めぐみさんみたいにおれのことを見てくれてた人はいるワケじゃんか。それって、同じことだと思うんよ。だからきっと、めぐみさんのことを見てくれている誰かがいると思うで」
「……慰めてくれるんだ」
めぐみのことばに和雅は戸惑う。そんな和雅にめぐみはささやかに笑う。
「ほんと、そういうところがかわいいんだから。でも、ありがとう。……アナタのいう通り、あたしも少し自分を見限ってたのかもしれない。自分の人生の中で自由にパートナーを見つけられないからこそ、アナタのような役者にハマっちゃったのかもしれない。やってること、追っかけみたいなモンだもんね……」
「そういわれると、ねぇ……」和雅はめぐみから大きく視線を逸らす。
「ひとつ、訊いてもいい?」
「ん、何?」
「もし、あたしが一緒にいてっていったら、アナタは一緒にいてくれる?」
和雅はそのことばに一瞬戸惑いながらも、少しして息を飲み込むという。
「……めぐみさんが、そう望むなら」
「そう……、ありがとう」めぐみの目が、星が落ちたように一瞬キラリと光る。
「おれも訊いていいかい。おれの何処がそんなに良かったんだい?」
「それは……」口にしようとして、めぐみはふと笑みを浮かべる。「な、い、しょ」
「はぁ? ズルいわ、それ」
「ふふ、女はズルイくらいが魅力的なの」
「……まぁ、そうかもしれんがね」
「後で教えてあげるよ、後で」
「それはそうと何処に向かってるん?」
「それも、な、い、しょ」
「……そればっかだな。まぁ、いいけどさ」
長いトンネルを抜けるめぐみのオロチ。トンネル内の熱気を含んだ大気が爽やかな風に掻き消される。と、その先には綺麗な星のカーペットが空一面に広がっていた。
【続く】
「え、ちょっと、どういうことなの? ちょっと、佐野! 佐野!」
細く長い指がスマホをタップし、電話が切られる。真っ赤なネイルが和雅の目に映る。和雅はめぐみの愛車である『光岡オロチ』の助手席に乗って、運転するめぐみを眺めている。闇とオレンジが殆ど交互に混じり合う。
「いいんか、電話切って」
助手席に乗る和雅がいうと、めぐみは不敵な笑みを浮かべて真っ赤な唇を吐息混じりに開く。
「うん。アイならわかってくれるよ」
「随分と仲がいいんだな」
「ふふ。避けられてるけどね」
「避けられてるって実感がある割には、随分と積極的じゃんか」
「いいのよ。どうせ、あたしなんか誰と会っても深い関係を持つことなんかないんだから」
弱音のようにも聴こえるが、めぐみの声は何処までもあっけらかんとし、あっさりしている。が、そんなめぐみの口振りを他所に和雅は居所悪そうにしながら、
「そんなこというなよ。アンタだって、大事な誰かがいるんだろ?」
「いないよ、そんなの」
「またまたぁ」
「ウソじゃないよ。家族はいないし」
あっさりとした口振りが逆にリアルに響く。和雅はそのことばに思わず口を閉ざす。が、無理矢理明るい雰囲気を作るように、
「でもさ、アンタみたいな女性なら、男も放っておかんべ。彼氏とかいるんだろ?」
めぐみは口許を緩め、目を細めながら意味ありげに和雅を横目で見る。
「いないよ」
「へぇ、意外だね」
「そう? っていっても、モテないワケじゃないけどね。ただ、今のあたしに、そういう男を作る時間的な余裕も、資格もないからさ」
と、オロチはトンネルに入る。トンネル内部では暗闇とオレンジが殆ど交互に明滅する。めぐみの横顔が陰影を持って和雅の目に映る。
「へぇ、そうなんか。でも、時間的な余裕がないのはわかるけど、資格がないってのはどういうことなんよ?」
「……そのままのことだよ。あたしみたいにアウトローなことをやってる女はね、いつ死んでも可笑しくない。だから、そんな何てことない幸せを享受する資格なんかないんだ」
影がめぐみを寂しげに彩る。と、和雅は、
「何だそれ。ワケわからんね」
「あら、随分とケンカ腰だね。アナタだって、自分の能力を高めるために他の人たちが当たり前に手にする幸せを投げ捨ててるじゃない。あたしもアナタも、その資格を自ら放棄しているって意味では同じじゃない?」
「まぁ、そういう意味ではそうかもしれんけどね。でもさ、ずっとひとりでいると、突然に寂しくなったりしないんかい?」
「ないね」食い気味にめぐみはいう。
「ウソだで、それ」
「……何でそう思うの?」
「返答が早すぎる。まるで次のセリフを決め打ちしてるか、その場を取り繕うために話を合わせているようにしてるようにしか思えない」
「ふふ、流石。そこらへんの観察眼は大変素晴らしいね。でも、それは間違いかな」
めぐみの視線は前を見ながらも、ややうつむき加減になって何処か横にいる和雅を意識しているようでもあった。
「……またウソだな」
「ウソじゃないよ」
「ウソをつく時、男は目を外し、女は目を見るっていうけど、それ以前に、アンタ、アゴが引けてるよ。人間、自分の内を守ろうとすると無意識の内にアゴを引いてしまうんよ」
「……ふふ、良く見てるね」遠い目で先を見るめぐみ。「まぁ、本音をいうと、あたしだって普通の幸せが欲しかったよ。普通に男と結婚して、普通に子供を作って、家でダラダラして、ランチして、買い物して、面倒な自治会やママ友、PTAの付き合いをしたかった。でも……」
「何いってんだか。アンターーめぐみさん、だっけ?ーーおれよりも若いのにそんなこと考えるって、それは違うんでねぇの?」
「ふふ、急にどうしたの? 見た目の若々しい和雅くんも、年齢と共に説教くささに目覚めちゃったとでも?」
「正直、説教なんてするのもされるのも大嫌いだけどね。でも、自分の可能性を見限るのは、やっぱり違うと思うで。おれも何度となく自分を見限って芝居を辞めようと思ったけどさ、めぐみさんみたいにおれのことを見てくれてた人はいるワケじゃんか。それって、同じことだと思うんよ。だからきっと、めぐみさんのことを見てくれている誰かがいると思うで」
「……慰めてくれるんだ」
めぐみのことばに和雅は戸惑う。そんな和雅にめぐみはささやかに笑う。
「ほんと、そういうところがかわいいんだから。でも、ありがとう。……アナタのいう通り、あたしも少し自分を見限ってたのかもしれない。自分の人生の中で自由にパートナーを見つけられないからこそ、アナタのような役者にハマっちゃったのかもしれない。やってること、追っかけみたいなモンだもんね……」
「そういわれると、ねぇ……」和雅はめぐみから大きく視線を逸らす。
「ひとつ、訊いてもいい?」
「ん、何?」
「もし、あたしが一緒にいてっていったら、アナタは一緒にいてくれる?」
和雅はそのことばに一瞬戸惑いながらも、少しして息を飲み込むという。
「……めぐみさんが、そう望むなら」
「そう……、ありがとう」めぐみの目が、星が落ちたように一瞬キラリと光る。
「おれも訊いていいかい。おれの何処がそんなに良かったんだい?」
「それは……」口にしようとして、めぐみはふと笑みを浮かべる。「な、い、しょ」
「はぁ? ズルいわ、それ」
「ふふ、女はズルイくらいが魅力的なの」
「……まぁ、そうかもしれんがね」
「後で教えてあげるよ、後で」
「それはそうと何処に向かってるん?」
「それも、な、い、しょ」
「……そればっかだな。まぁ、いいけどさ」
長いトンネルを抜けるめぐみのオロチ。トンネル内の熱気を含んだ大気が爽やかな風に掻き消される。と、その先には綺麗な星のカーペットが空一面に広がっていた。
【続く】