【過去の自分は微笑まない】
文字数 2,510文字
過去に戻ってやり直したいと思ったことはあるだろうか。
こう考えるのは誰にでもあることではないだろうか。そして、その目的は過去に戻って失敗を帳消しし、成功として還元させるワケだ。
そんなことができたら苦労などないのだけど、そういった失敗体験もひとつの経験値として積み重ねられていくので、失敗することは決して悪いことではない。
ただ、問題は過去のどの時点からやり直したいか、だろう。
数分前、数時間前、はたまた数日前とか比較的最近ならまだわかる。確かにちょっとした失敗をやり直したい気持ちはおれにもある。
だが、中には中学生の時からやり直したい、というような、もはや過ぎ去って久しい過去からのやり直しを望む人も少なくない。
学生時代に戻って勉強し直したい、やりたいことをやりたい。そんなことを願って、そう考える人が少なくない。
だが、仮に戻ったところで無駄なのはいうまでもない。何故なら、その時を真剣に生きられなかった人間が、時間を戻してやり直せるワケがないからだ。
勉強したいと願って時間を戻すヤツはモラトリアムに甘えて勉強なんてしないし、他のことも同様になるのは目に見えている。
かくいうおれはというと、そんなことは思ったこともない。そもそも時間を大幅に巻き戻してやり直しをしたら、大学四年の時点でまたもやパニック障害になるのは目に見えているし、これまでの苦痛を再び味わうのはゴメンだ。
じゃあ勉強し直してよりいい大学へ行けばいいと思うかもしれないけど、さっきもいった通り、どんなに時間を戻してやり直しても、仮に頭脳レベルをそのまま保ってやり直しても、モラトリアムに甘えて勉強なんかしないし、学力レベルなんて所詮は改善しない。
そもそも、そんな考えは浪人して失敗するヤツの考え方と殆ど変わらない。
要はダメなヤツはいくらやり直そうとも、意識を変えない限りダメなまんまということだ。
ただ、一瞬でいいから時間を戻して楽しかった経験を再体験してみたいと思うことはある。自分にとって、最高に幸せだった時間をプレイバックしたいと本気で願う時がある。
そんな幸せだった過去のひとつが森ちゃんとやった二年前の遠征芝居のことだ。
さて、『遠征芝居篇』の二回目である。あらすじーー
「三年前の十一月、『ブラスト』の公演にゲストとして出演した五条氏は、公演後の打ち上げの場にて、舞台の演出と主演を務めた森川くんと話をする。それから数ヶ月後、森川くんから次のような連絡が来たのだ。『一緒に芝居をやりませんか?』」
こんな感じだな。詳しくは前回の記事を読んでくれよなーー
森ちゃんによると、他県に拠点を置く劇団から、合同でイベントをやらないかと誘いを受けたのだという。といっても、その劇団に参画するのではなく、森ちゃんは自分の力でメンツを集める必要があった。
そのひとりとして、おれが選ばれたワケだ。
こんな光栄な話はなかった。前回の芝居にて一緒に絡むシーンがなかったこともあって、おれは是非ともやってみたいと思った。
「取り敢えず、『よっしー』さんと『ゆうこ』さんに声を掛けてて、今返事待ち中です」
森ちゃんはいった。そうなると、上手くことが進めばメンバーは四人。そこからまた別でスタッフを探すのだろう。が、どうやらそういうことではないとのことだった。
というのも、森ちゃんが探すべきは芝居を一緒にやる役者だけでいいとのことだったのだ。
当たり前の話だが、芝居を作るには色々な場を取り仕切るスタッフが必要となる。が、森ちゃんがいうには、スタッフは合同でイベントを行う劇団のほうで何とかするとのことだった。
「なるほどな。てか、そうなると、本番の場所はやっぱりーー」
森ちゃんの答えは明白だった。向こうの劇団が拠点としている場所。となるとーー
遠征しての芝居になるということだ。
本番の日程は二日間。恐らく本番前日に前乗りするため、全体の期間としては二泊三日になるだろうとのことだった。
そんなことは初めてだった。というか、中々そういった経験をすることはない。大抵、芝居をやるとしたら、地元か東京都内でやるのが殆どだからだ。
とはいえ、少し躊躇いもあった。それはおれがシンプルに出不精ということもあったが、何が一番マズかったかといえば、
イベントを共にする劇団だ。
おれは主催の劇団に対して、すごくうしろめたさを抱いていたのだ。
他県に拠点を置く劇団に対して、うしろめたさなんてないだろうと思われるかもしれないが、それは間違いだ。というのも、おれはーー
その劇団の公演中にぶっ倒れているのだ。
ことは一年前に遡る。その日、おれは『ブラスト』のメンバー数人と、森ちゃんが出る舞台を観に、その劇団の公演に足を運んだのだ。が、どうも体調が優れなかったらしくーー
公演中にぶっ倒れたのだ。
公演は一時ストップ、おれはゆうことXに付き添われて病院へ直行。だが、特に身体に異常はなく、疲れか睡眠不足が原因だろうと判断されて病院を後にすることに。
結局、本番の芝居を殆ど観ることもなく、その場を後にすることとなった。
つまり、このイベントに参加するということは、その劇団の人たちと顔を合わさなければならず。それはシンプルに気まず過ぎる。これが、おれがイベントへの参画を躊躇った理由。
「ちょっと考えさせて欲しい。でもーー」おれは少し間を置いていった。「正直、結構興味はあるんだ」
うしろめたさは確かにある。だが、気持ちは正直だった。何より、そんな形で人に必要とされ、声を掛けられることが殆どないだけに、嬉しかったし、声を掛けてくれた森ちゃんの力になりたいと思ったのは事実だった。
だからこそ、断るどころか、興味があると答えてしまったのだ。
おれの回答に、森ちゃんはーー
「わかりました。なら、後日お話を聴いてもらえるだけでもいいんですが、それならどうでしょう?」
おれは大丈夫だと答えた。
「わかりました。次はいつ『ブラスト』の稽古に来れそうですか?」
おれは、指定してくれれば、何とか調節できるか試してみると返事をした。
前進と後退が、同時に起きていた。
【続く】
こう考えるのは誰にでもあることではないだろうか。そして、その目的は過去に戻って失敗を帳消しし、成功として還元させるワケだ。
そんなことができたら苦労などないのだけど、そういった失敗体験もひとつの経験値として積み重ねられていくので、失敗することは決して悪いことではない。
ただ、問題は過去のどの時点からやり直したいか、だろう。
数分前、数時間前、はたまた数日前とか比較的最近ならまだわかる。確かにちょっとした失敗をやり直したい気持ちはおれにもある。
だが、中には中学生の時からやり直したい、というような、もはや過ぎ去って久しい過去からのやり直しを望む人も少なくない。
学生時代に戻って勉強し直したい、やりたいことをやりたい。そんなことを願って、そう考える人が少なくない。
だが、仮に戻ったところで無駄なのはいうまでもない。何故なら、その時を真剣に生きられなかった人間が、時間を戻してやり直せるワケがないからだ。
勉強したいと願って時間を戻すヤツはモラトリアムに甘えて勉強なんてしないし、他のことも同様になるのは目に見えている。
かくいうおれはというと、そんなことは思ったこともない。そもそも時間を大幅に巻き戻してやり直しをしたら、大学四年の時点でまたもやパニック障害になるのは目に見えているし、これまでの苦痛を再び味わうのはゴメンだ。
じゃあ勉強し直してよりいい大学へ行けばいいと思うかもしれないけど、さっきもいった通り、どんなに時間を戻してやり直しても、仮に頭脳レベルをそのまま保ってやり直しても、モラトリアムに甘えて勉強なんかしないし、学力レベルなんて所詮は改善しない。
そもそも、そんな考えは浪人して失敗するヤツの考え方と殆ど変わらない。
要はダメなヤツはいくらやり直そうとも、意識を変えない限りダメなまんまということだ。
ただ、一瞬でいいから時間を戻して楽しかった経験を再体験してみたいと思うことはある。自分にとって、最高に幸せだった時間をプレイバックしたいと本気で願う時がある。
そんな幸せだった過去のひとつが森ちゃんとやった二年前の遠征芝居のことだ。
さて、『遠征芝居篇』の二回目である。あらすじーー
「三年前の十一月、『ブラスト』の公演にゲストとして出演した五条氏は、公演後の打ち上げの場にて、舞台の演出と主演を務めた森川くんと話をする。それから数ヶ月後、森川くんから次のような連絡が来たのだ。『一緒に芝居をやりませんか?』」
こんな感じだな。詳しくは前回の記事を読んでくれよなーー
森ちゃんによると、他県に拠点を置く劇団から、合同でイベントをやらないかと誘いを受けたのだという。といっても、その劇団に参画するのではなく、森ちゃんは自分の力でメンツを集める必要があった。
そのひとりとして、おれが選ばれたワケだ。
こんな光栄な話はなかった。前回の芝居にて一緒に絡むシーンがなかったこともあって、おれは是非ともやってみたいと思った。
「取り敢えず、『よっしー』さんと『ゆうこ』さんに声を掛けてて、今返事待ち中です」
森ちゃんはいった。そうなると、上手くことが進めばメンバーは四人。そこからまた別でスタッフを探すのだろう。が、どうやらそういうことではないとのことだった。
というのも、森ちゃんが探すべきは芝居を一緒にやる役者だけでいいとのことだったのだ。
当たり前の話だが、芝居を作るには色々な場を取り仕切るスタッフが必要となる。が、森ちゃんがいうには、スタッフは合同でイベントを行う劇団のほうで何とかするとのことだった。
「なるほどな。てか、そうなると、本番の場所はやっぱりーー」
森ちゃんの答えは明白だった。向こうの劇団が拠点としている場所。となるとーー
遠征しての芝居になるということだ。
本番の日程は二日間。恐らく本番前日に前乗りするため、全体の期間としては二泊三日になるだろうとのことだった。
そんなことは初めてだった。というか、中々そういった経験をすることはない。大抵、芝居をやるとしたら、地元か東京都内でやるのが殆どだからだ。
とはいえ、少し躊躇いもあった。それはおれがシンプルに出不精ということもあったが、何が一番マズかったかといえば、
イベントを共にする劇団だ。
おれは主催の劇団に対して、すごくうしろめたさを抱いていたのだ。
他県に拠点を置く劇団に対して、うしろめたさなんてないだろうと思われるかもしれないが、それは間違いだ。というのも、おれはーー
その劇団の公演中にぶっ倒れているのだ。
ことは一年前に遡る。その日、おれは『ブラスト』のメンバー数人と、森ちゃんが出る舞台を観に、その劇団の公演に足を運んだのだ。が、どうも体調が優れなかったらしくーー
公演中にぶっ倒れたのだ。
公演は一時ストップ、おれはゆうことXに付き添われて病院へ直行。だが、特に身体に異常はなく、疲れか睡眠不足が原因だろうと判断されて病院を後にすることに。
結局、本番の芝居を殆ど観ることもなく、その場を後にすることとなった。
つまり、このイベントに参加するということは、その劇団の人たちと顔を合わさなければならず。それはシンプルに気まず過ぎる。これが、おれがイベントへの参画を躊躇った理由。
「ちょっと考えさせて欲しい。でもーー」おれは少し間を置いていった。「正直、結構興味はあるんだ」
うしろめたさは確かにある。だが、気持ちは正直だった。何より、そんな形で人に必要とされ、声を掛けられることが殆どないだけに、嬉しかったし、声を掛けてくれた森ちゃんの力になりたいと思ったのは事実だった。
だからこそ、断るどころか、興味があると答えてしまったのだ。
おれの回答に、森ちゃんはーー
「わかりました。なら、後日お話を聴いてもらえるだけでもいいんですが、それならどうでしょう?」
おれは大丈夫だと答えた。
「わかりました。次はいつ『ブラスト』の稽古に来れそうですか?」
おれは、指定してくれれば、何とか調節できるか試してみると返事をした。
前進と後退が、同時に起きていた。
【続く】