【帝王霊~参~】
文字数 4,245文字
寒風の吹く街道は緊迫した雰囲気だった。
街道を歩く紺色の着物を着た浪人ーー髪は髷を結わない総髪で、金属の髪留めで前髪をうしろに撫で付けている。腰に差す刀は柄巻と下緒は薄青色で長さは二尺四寸、平均的な刀。
浪人が足を止める。その視線の先には五人の男が各々気だるそうにして待っている。
男たちは見ただけでわかるようなヤクザ者で、みな、袴を履かぬ着流し姿。着物にはおどろおどろしいような柄が描かれている。
男たちの頭であろうか、比較的洒落た格好の若造が浪人を見つけると、座っていた路傍の石からヒョイと立ち上がり、尻の砂ぼこりを払ったかと思うと、浪人の行き先を塞ぐように道に立ち塞がる。そして、その周りを取り囲んでいた男四人も、若造に合わせて準備を始める。
「待ってたぜ」若造がいう。「まさかこのまま逃げるつもりじゃあるめぇな?」
だが、浪人は何もいわない。
「どうしたんでぇ、口が利けなくなっちまったかぁ?」ヤクザ者のひとりがいう。
「テメェ、うちの組をメチャクチャにしやがって、それにオヤジまで……、このまま逃げられると思うなよ!」
どうやら浪人はヤクザたちの組を壊滅寸前のところまで追い詰めてしまったらしい。が、浪人は表情ひとつ変えることもなく、歩き出す。
「……やっちまえ!」
若造の命令でヤクザたちが刀を抜き、浪人に向かって突撃していく。
次の瞬間、四人のヤクザたちは歩く浪人の後方でピタリとその動きを止める。
浪人の手には刀が握られている。いつの間に抜刀したのか。その素早さは、その場にいる誰もがわからなかったようだ。
浪人は血を拭うこともなく、上向きに刀を納刀し、刀がカチッと鞘に納まると、
四人のヤクザは一斉に倒れる。
浪人は死体と化した四人のヤクザを振り返りもせずに、正面の若造に向かって再び歩き出す。若造は慌てた様子で懐から短筒を取り出すと、その銃口を浪人に向ける。
銃声ーー
だが、次の瞬間には、短筒は地面に叩き落とされている。浪人の手にはやはり刀。その居合の早さはかまいたちのようで、若造は腰を抜かしてその場にへたり込む。
「た、助けてくれッ! おれだけでも助けてくれッ! 銭ならやるッ! いくらでもやるッ!そうだ、お前さんをおれの子分ーーいや、おれがお前さんの子分になろう! 何なら、欲しいもの、何でもくれてやーー!」
「銭も仲間も間に合ってる」浪人はその低音の利いた声でいう。「欲しいのはーー」
「何だい……? いってーー」
次の瞬間、剣の一閃が若造の袈裟を真っ二つにする。若造はそのままバタリと倒れて動かなくなる。浪人は残心を取りながらゆっくりと刀を鞘に納めーー
「貴殿の命、だ……」
空っ風が吹く。街道の片方からみすぼらしい老人がひとりやって来る。老人は地面に横たわる死体を見、それから浪人の元へ駆け寄る。
「ありがとうございましただ。これであの街も平和になると思うでよ」
老人の礼に、浪人はひとことーー
「これが……、おれの仕事だから、な」
「やっぱりアンタ、川越から来た『天誅屋』のお人だろ? 遠路遥々よく来て下さって、こんなことしてくれて、ありがとうございましただ。このご恩は決して忘れはしないだ」
「わかってると思うが……」
「あぁ、アンタらのことは絶対話さないだ。その代わり、ワシだけでもいい、最期にアンタの名前を教えてくれないか?」
浪人は少し考えた後に口を開く。
「猿田……、猿田源之助」
猿田と名乗る浪人は即座に抜刀し、袈裟掛けに老人に斬り下ろす。老人は目を見開き、
「な、何で……」
「その隠し持っているドス、さ」
浪人のことばに呼応するように、老人の衣服は破け、その間から老人が隠し持っていたドスが地面に転がり落ちる。猿田は更に続ける、
「それと、腕と背中に入った刺青だ」
破けた着物の隙間から、老人の身体に入れられた妖怪のような刺青が覗ける。
「……貴殿が一番の悪党だったんだな」
「……まさか、貴様を見くびっていたと、いうのか」
老人が倒れると、猿田は素早く納刀し、転がる六つの死体を残して街道を去って行く。
辺りは闇に包まれーー
「本日は誠にありがとうございました」
ライトアップされるとそこには、先ほど斬り殺されたヤクザたちと着物を着た女たち、そしてその真ん中には猿田源之助の姿がある。
猿田源之助は万感の笑みを浮かべて他の女やヤクザ連中と共に並んで頭を下げる。それから少しして猿田源之助はステージを降りる。
「素晴らしい演技でした。良かったらサイン頂けますか? 名前はーー」
猿田源之助はメガネを掛けた理系の大学生風の女性からそういわれ、差し出されたペンで芝居のパンフレットに名前を書き込む。
「はい、どうぞ。今日は観に来て下さって、ありがとうございました」
猿田がサインを渡すと、理系風の女性はコクりと頭を下げ、スタスタと帰って行った。そんな女性の背中を見送る猿田ーー。
「元気そうじゃねぇか、カッコよかったぜ」
猿田源之助の元にそんな声が届く。猿田は声のしたほうへ目を向けたかと思うと、喜ばしいといわんばかりの笑みを浮かべて見せる。
「おぉ、祐ちゃんじゃんか!」
猿田が「祐ちゃん」と呼んだのは、紛れもない鈴木祐太朗だ。そして、そのうしろには、
「カズくん! 会いたかったよ!」
「あっ! 詩織さん! 来てくれーー」
詩織は勢いよく猿田に抱きつく。
「カズくん、超カッコ良かったぁ! だぁーい好き!」
猿田は、恥ずかしそうにして立ち尽くす。
この猿田源之助という浪人を演じていた男は「山田和雅」ーーそう、今までのはすべて和雅が出演する芝居で、和雅は『川越天誅屋』という裏稼業に従事する『猿田源之助』という浪人の役だったのだ。
「その辺にしとけよ」祐太朗がたしなめる。
「そうだよ詩織ちゃん! でも、ちょっと羨ましいかも……」
同行して来た美沙がいう。幽霊ということもあって、美沙がタダ見であるのはいうまでもない。ちなみに、美沙も和雅もお互いのことは知らないし、和雅は知るよしもない。
「だってぇ……、久しぶりなのに……」詩織は仕方ないといった感じで和雅から離れる。「カズくん、今日はもう終わりでしょ?」
「え、あぁ、まぁ……」
「じゃあ、うちに泊まりなよ! ねぇ、お兄ちゃんも、それでいいでしょ?」
「止めとけよ、和雅も暇じゃない」
「でもお兄ちゃん」
詩織はそういって祐太朗の顔をじっと見詰める。祐太朗はそれに対し最初は呆れ気味ではあったが、突如ハッとして、
「……まぁ、久しぶりに会うんだしな。どうだよ、和雅。暇だったら今夜、メシでも食いに来ないか?」
「うん、いいで」和雅は快諾すると同時に、幾分表情を引き締める。「……もしかして、急用かい?」
「まぁ、そんな感じだ」
「……オッケイ」和雅は何か要領を得たように頷く。「終わったら後で連絡するわ」
「和雅くーん、お疲れ様ぁー!」
三人の会話に割り込むように、子連れの女がやって来る。髪は肩口まで伸びたストレートのセミロング。ネコのような顔つきに、口許にはほくろがひとつ。胸は小さめだが背は高い女。
「やっぱ和雅くんの刀捌きは別格だったよ!流石、先生なだけあるね!」
「先生じゃないけど、ね」照れくさそうに和雅はいう。
「またまたぁ、シンちゃんも驚いてたよ! 舞台観ながら『すげぇ』ってずっと呟いてたんだからぁ!」
「おい、やめろよぉ!」シンちゃんと呼ばれた少年が女を小突く。「でも、先輩、すげぇカッコ良かったです!」
シンちゃんという少年は中学生ぐらいだろうか。身長は女よりも小さいが、年代から見てもそこまで小さいという印象はない。しっかりと揃えられた髪型に、真面目そうな雰囲気。
「あっ! アイさん!?」美沙が声を上げる。
「何だと?」
「ん、どうしたん?」
うしろでアイの名前を呼んだ美沙を振り返る祐太朗に、和雅は問い掛ける。が、祐太朗は、
「あ、いや……、そちらの人たちは?」
「あぁ、こちら、おれの友人の『長谷川八重』さん。で、こっちの子が八重さんの教え子の『林崎シンゴ』くん」
「よろしくお願いしまーす」
ヤエはキャピキャピという。シンゴはそんなヤエに呆れるようにしつつも、鈴木兄妹を前に姿勢を正して頭をしっかりと下げ、
「林崎シンゴです。先輩にはこの教師よりもお世話になっています」
「きゃー! かわいーい!」
詩織は声を上げ、シンゴに抱きつく。これにはシンゴも流石に困惑ーー当然、和雅も。
「え、あ、いや……、その……」
シンゴは救いを求めるように和雅とヤエ、祐太朗を見るも、ヤエはーー
「良かったね!」
とまったく助ける様子もなく、和雅は、
「まぁ、それも社会勉強だと思って」
と適当にはぐらかされてしまう。それから詩織はシンゴにいくつもの質問を浴びせ始める。シンゴは困惑気味ではあるが、詩織の質問に真面目に返答する。その横で祐太朗、和雅、ヤエの三人のやり取りが始まる。
「実はヤエちゃんの双子の妹さんも五村に住んでるんだぜ」
和雅がいうと、ヤエはコクりと頷く。祐太朗はそれを聴いてーー
「双子?」
「そうなんよ。だからねーー」
「もしかして、その妹っていうのは、『武井愛』って女探偵なんじゃないか?」
「え?」ヤエの顔に驚きが広がる。「アイをご存知なんですか?」
「おれのクソ同級生が不良警官なんだが、ソイツの昔の後輩だったとかで名前を聞いてな」
「へぇ、その人、もしかしてアイがいつもいってる人かも。世間って狭いね」ヤエはニッコリと笑って見せる。「そういえば、まだお名前聴いてなかったですね」
「あぁ、おれは『鈴木祐太朗』。こっちでお宅の教え子にイタズラしてるのが妹の『詩織』だ」
「へぇ! 妹さんなんですね! 改めまして、『長谷川八重』です。どうかよろしくお願いします。失礼ですが、祐太朗さんは、普段何をされてるんですか?」
「あぁ、まぁ、それはーー」困惑する祐太朗。
「便利屋だで。いうなれば、妹さんと似たような仕事をしていると思って貰っていいんかな」
祐太朗がいい淀んでいると、和雅が代わりに答える。祐太朗もそれに対し、
「まぁ、そんな感じだな。以後、よろしくな、長谷川さん」と手を差し出す。
ヤエはフッと笑って見せると祐太朗の手を握り、
「『ヤエ』でいいよ」
シンゴは依然として粘着する詩織に嬉しさと困惑さを同居させたような複雑な感情に揺れているようだったーー
【続く】
街道を歩く紺色の着物を着た浪人ーー髪は髷を結わない総髪で、金属の髪留めで前髪をうしろに撫で付けている。腰に差す刀は柄巻と下緒は薄青色で長さは二尺四寸、平均的な刀。
浪人が足を止める。その視線の先には五人の男が各々気だるそうにして待っている。
男たちは見ただけでわかるようなヤクザ者で、みな、袴を履かぬ着流し姿。着物にはおどろおどろしいような柄が描かれている。
男たちの頭であろうか、比較的洒落た格好の若造が浪人を見つけると、座っていた路傍の石からヒョイと立ち上がり、尻の砂ぼこりを払ったかと思うと、浪人の行き先を塞ぐように道に立ち塞がる。そして、その周りを取り囲んでいた男四人も、若造に合わせて準備を始める。
「待ってたぜ」若造がいう。「まさかこのまま逃げるつもりじゃあるめぇな?」
だが、浪人は何もいわない。
「どうしたんでぇ、口が利けなくなっちまったかぁ?」ヤクザ者のひとりがいう。
「テメェ、うちの組をメチャクチャにしやがって、それにオヤジまで……、このまま逃げられると思うなよ!」
どうやら浪人はヤクザたちの組を壊滅寸前のところまで追い詰めてしまったらしい。が、浪人は表情ひとつ変えることもなく、歩き出す。
「……やっちまえ!」
若造の命令でヤクザたちが刀を抜き、浪人に向かって突撃していく。
次の瞬間、四人のヤクザたちは歩く浪人の後方でピタリとその動きを止める。
浪人の手には刀が握られている。いつの間に抜刀したのか。その素早さは、その場にいる誰もがわからなかったようだ。
浪人は血を拭うこともなく、上向きに刀を納刀し、刀がカチッと鞘に納まると、
四人のヤクザは一斉に倒れる。
浪人は死体と化した四人のヤクザを振り返りもせずに、正面の若造に向かって再び歩き出す。若造は慌てた様子で懐から短筒を取り出すと、その銃口を浪人に向ける。
銃声ーー
だが、次の瞬間には、短筒は地面に叩き落とされている。浪人の手にはやはり刀。その居合の早さはかまいたちのようで、若造は腰を抜かしてその場にへたり込む。
「た、助けてくれッ! おれだけでも助けてくれッ! 銭ならやるッ! いくらでもやるッ!そうだ、お前さんをおれの子分ーーいや、おれがお前さんの子分になろう! 何なら、欲しいもの、何でもくれてやーー!」
「銭も仲間も間に合ってる」浪人はその低音の利いた声でいう。「欲しいのはーー」
「何だい……? いってーー」
次の瞬間、剣の一閃が若造の袈裟を真っ二つにする。若造はそのままバタリと倒れて動かなくなる。浪人は残心を取りながらゆっくりと刀を鞘に納めーー
「貴殿の命、だ……」
空っ風が吹く。街道の片方からみすぼらしい老人がひとりやって来る。老人は地面に横たわる死体を見、それから浪人の元へ駆け寄る。
「ありがとうございましただ。これであの街も平和になると思うでよ」
老人の礼に、浪人はひとことーー
「これが……、おれの仕事だから、な」
「やっぱりアンタ、川越から来た『天誅屋』のお人だろ? 遠路遥々よく来て下さって、こんなことしてくれて、ありがとうございましただ。このご恩は決して忘れはしないだ」
「わかってると思うが……」
「あぁ、アンタらのことは絶対話さないだ。その代わり、ワシだけでもいい、最期にアンタの名前を教えてくれないか?」
浪人は少し考えた後に口を開く。
「猿田……、猿田源之助」
猿田と名乗る浪人は即座に抜刀し、袈裟掛けに老人に斬り下ろす。老人は目を見開き、
「な、何で……」
「その隠し持っているドス、さ」
浪人のことばに呼応するように、老人の衣服は破け、その間から老人が隠し持っていたドスが地面に転がり落ちる。猿田は更に続ける、
「それと、腕と背中に入った刺青だ」
破けた着物の隙間から、老人の身体に入れられた妖怪のような刺青が覗ける。
「……貴殿が一番の悪党だったんだな」
「……まさか、貴様を見くびっていたと、いうのか」
老人が倒れると、猿田は素早く納刀し、転がる六つの死体を残して街道を去って行く。
辺りは闇に包まれーー
「本日は誠にありがとうございました」
ライトアップされるとそこには、先ほど斬り殺されたヤクザたちと着物を着た女たち、そしてその真ん中には猿田源之助の姿がある。
猿田源之助は万感の笑みを浮かべて他の女やヤクザ連中と共に並んで頭を下げる。それから少しして猿田源之助はステージを降りる。
「素晴らしい演技でした。良かったらサイン頂けますか? 名前はーー」
猿田源之助はメガネを掛けた理系の大学生風の女性からそういわれ、差し出されたペンで芝居のパンフレットに名前を書き込む。
「はい、どうぞ。今日は観に来て下さって、ありがとうございました」
猿田がサインを渡すと、理系風の女性はコクりと頭を下げ、スタスタと帰って行った。そんな女性の背中を見送る猿田ーー。
「元気そうじゃねぇか、カッコよかったぜ」
猿田源之助の元にそんな声が届く。猿田は声のしたほうへ目を向けたかと思うと、喜ばしいといわんばかりの笑みを浮かべて見せる。
「おぉ、祐ちゃんじゃんか!」
猿田が「祐ちゃん」と呼んだのは、紛れもない鈴木祐太朗だ。そして、そのうしろには、
「カズくん! 会いたかったよ!」
「あっ! 詩織さん! 来てくれーー」
詩織は勢いよく猿田に抱きつく。
「カズくん、超カッコ良かったぁ! だぁーい好き!」
猿田は、恥ずかしそうにして立ち尽くす。
この猿田源之助という浪人を演じていた男は「山田和雅」ーーそう、今までのはすべて和雅が出演する芝居で、和雅は『川越天誅屋』という裏稼業に従事する『猿田源之助』という浪人の役だったのだ。
「その辺にしとけよ」祐太朗がたしなめる。
「そうだよ詩織ちゃん! でも、ちょっと羨ましいかも……」
同行して来た美沙がいう。幽霊ということもあって、美沙がタダ見であるのはいうまでもない。ちなみに、美沙も和雅もお互いのことは知らないし、和雅は知るよしもない。
「だってぇ……、久しぶりなのに……」詩織は仕方ないといった感じで和雅から離れる。「カズくん、今日はもう終わりでしょ?」
「え、あぁ、まぁ……」
「じゃあ、うちに泊まりなよ! ねぇ、お兄ちゃんも、それでいいでしょ?」
「止めとけよ、和雅も暇じゃない」
「でもお兄ちゃん」
詩織はそういって祐太朗の顔をじっと見詰める。祐太朗はそれに対し最初は呆れ気味ではあったが、突如ハッとして、
「……まぁ、久しぶりに会うんだしな。どうだよ、和雅。暇だったら今夜、メシでも食いに来ないか?」
「うん、いいで」和雅は快諾すると同時に、幾分表情を引き締める。「……もしかして、急用かい?」
「まぁ、そんな感じだ」
「……オッケイ」和雅は何か要領を得たように頷く。「終わったら後で連絡するわ」
「和雅くーん、お疲れ様ぁー!」
三人の会話に割り込むように、子連れの女がやって来る。髪は肩口まで伸びたストレートのセミロング。ネコのような顔つきに、口許にはほくろがひとつ。胸は小さめだが背は高い女。
「やっぱ和雅くんの刀捌きは別格だったよ!流石、先生なだけあるね!」
「先生じゃないけど、ね」照れくさそうに和雅はいう。
「またまたぁ、シンちゃんも驚いてたよ! 舞台観ながら『すげぇ』ってずっと呟いてたんだからぁ!」
「おい、やめろよぉ!」シンちゃんと呼ばれた少年が女を小突く。「でも、先輩、すげぇカッコ良かったです!」
シンちゃんという少年は中学生ぐらいだろうか。身長は女よりも小さいが、年代から見てもそこまで小さいという印象はない。しっかりと揃えられた髪型に、真面目そうな雰囲気。
「あっ! アイさん!?」美沙が声を上げる。
「何だと?」
「ん、どうしたん?」
うしろでアイの名前を呼んだ美沙を振り返る祐太朗に、和雅は問い掛ける。が、祐太朗は、
「あ、いや……、そちらの人たちは?」
「あぁ、こちら、おれの友人の『長谷川八重』さん。で、こっちの子が八重さんの教え子の『林崎シンゴ』くん」
「よろしくお願いしまーす」
ヤエはキャピキャピという。シンゴはそんなヤエに呆れるようにしつつも、鈴木兄妹を前に姿勢を正して頭をしっかりと下げ、
「林崎シンゴです。先輩にはこの教師よりもお世話になっています」
「きゃー! かわいーい!」
詩織は声を上げ、シンゴに抱きつく。これにはシンゴも流石に困惑ーー当然、和雅も。
「え、あ、いや……、その……」
シンゴは救いを求めるように和雅とヤエ、祐太朗を見るも、ヤエはーー
「良かったね!」
とまったく助ける様子もなく、和雅は、
「まぁ、それも社会勉強だと思って」
と適当にはぐらかされてしまう。それから詩織はシンゴにいくつもの質問を浴びせ始める。シンゴは困惑気味ではあるが、詩織の質問に真面目に返答する。その横で祐太朗、和雅、ヤエの三人のやり取りが始まる。
「実はヤエちゃんの双子の妹さんも五村に住んでるんだぜ」
和雅がいうと、ヤエはコクりと頷く。祐太朗はそれを聴いてーー
「双子?」
「そうなんよ。だからねーー」
「もしかして、その妹っていうのは、『武井愛』って女探偵なんじゃないか?」
「え?」ヤエの顔に驚きが広がる。「アイをご存知なんですか?」
「おれのクソ同級生が不良警官なんだが、ソイツの昔の後輩だったとかで名前を聞いてな」
「へぇ、その人、もしかしてアイがいつもいってる人かも。世間って狭いね」ヤエはニッコリと笑って見せる。「そういえば、まだお名前聴いてなかったですね」
「あぁ、おれは『鈴木祐太朗』。こっちでお宅の教え子にイタズラしてるのが妹の『詩織』だ」
「へぇ! 妹さんなんですね! 改めまして、『長谷川八重』です。どうかよろしくお願いします。失礼ですが、祐太朗さんは、普段何をされてるんですか?」
「あぁ、まぁ、それはーー」困惑する祐太朗。
「便利屋だで。いうなれば、妹さんと似たような仕事をしていると思って貰っていいんかな」
祐太朗がいい淀んでいると、和雅が代わりに答える。祐太朗もそれに対し、
「まぁ、そんな感じだな。以後、よろしくな、長谷川さん」と手を差し出す。
ヤエはフッと笑って見せると祐太朗の手を握り、
「『ヤエ』でいいよ」
シンゴは依然として粘着する詩織に嬉しさと困惑さを同居させたような複雑な感情に揺れているようだったーー
【続く】