【冷たい墓石で鬼は泣く~伍拾壱~】
文字数 1,036文字
弱い犬ほどよく吠えるという。
それはその人自身に大した実力もなければ、自信すらもないからこそ、人から舐められないために自分の存在を喧伝するからだ。逆に強者であればあるほどにキャンキャン吠えるようなことはしないモノだ。それは吠えることで無駄な争いに巻き込まれかねないと経験の中で熟知しており、世の中には自分よりも上の存在がゴロゴロいると信じているからだーーもちろん例外はいるが。
その例外というのが『牛馬』、馬乃助だろう。あの男は尊大で、相手に対して敬意を持つということを知らないが、その尊大さの裏には熱心な探求心があり、自分の技術や知識を磨くことだけは決して怠らない。むしろ、自分はこれだけのことをやっているという自信があるからこそ、それほど尊大な態度を取ることが出来るのだろう。
だが、目の前にいる少年はどうだろう。
見た目でいえば、まず身体の線が細い。あれではまったくといっていいほど力はないだろう。動きも何処か芯がないというか、まるでコンニャクのようだった。木刀の持ち方も雑で、素人丸出しのクソ握りをしていた。そして、木刀をブンブン振る様も腕振りで、とてもじゃないが常陸は水戸の直参旗本への道を塞ぐ門番にはふさわしくなかった。
だが、相手を見くびっていれば、死ぬのは自分だとわたし自身よくわかっていた。ここは集中しなければ。折角の機会を無駄にしてしまうのはいうまでもない。
開始の合図があり、わたしはまず相手がどのように動くか見定めようとした。がーー
相手はいきなり奇声を上げながら上段に構えて突進してきた。まったく予想していない攻撃にわたしも呆気に取られてしまったが、何とか入り身になって相手の一撃を受け流すと、そのまま腰元に木刀を振り、寸止めにした。普通ならばこれで終わりである。
だが、少年はそのまま振り返って雑にわたしの頭を打ちに来た。勝ったのは間違いなかったが、勝ちが決まったのちに突然の反撃を食らうとは思ってもおらず、わたしはすぐさま頭上にて木刀で急な一撃を受けた。
「やめて下さい!」
介錯の者が少年を引き離した。が、少年は尚もわたしに斬り掛かって来ようとし、介錯の者は少年を押さえつけて、わたしに下がるよういった。が、わたしは呆然と立ち尽くすばかりだった。何なんだ、この男はーー
「やめんかッ!」
武田藤乃助が叫んだ。と、少年は不貞腐れたかのように木刀をその場に捨てると、介錯の人間を振り払って何処かへ行ってしまった。
まるで嵐のようだった。
【続く】
それはその人自身に大した実力もなければ、自信すらもないからこそ、人から舐められないために自分の存在を喧伝するからだ。逆に強者であればあるほどにキャンキャン吠えるようなことはしないモノだ。それは吠えることで無駄な争いに巻き込まれかねないと経験の中で熟知しており、世の中には自分よりも上の存在がゴロゴロいると信じているからだーーもちろん例外はいるが。
その例外というのが『牛馬』、馬乃助だろう。あの男は尊大で、相手に対して敬意を持つということを知らないが、その尊大さの裏には熱心な探求心があり、自分の技術や知識を磨くことだけは決して怠らない。むしろ、自分はこれだけのことをやっているという自信があるからこそ、それほど尊大な態度を取ることが出来るのだろう。
だが、目の前にいる少年はどうだろう。
見た目でいえば、まず身体の線が細い。あれではまったくといっていいほど力はないだろう。動きも何処か芯がないというか、まるでコンニャクのようだった。木刀の持ち方も雑で、素人丸出しのクソ握りをしていた。そして、木刀をブンブン振る様も腕振りで、とてもじゃないが常陸は水戸の直参旗本への道を塞ぐ門番にはふさわしくなかった。
だが、相手を見くびっていれば、死ぬのは自分だとわたし自身よくわかっていた。ここは集中しなければ。折角の機会を無駄にしてしまうのはいうまでもない。
開始の合図があり、わたしはまず相手がどのように動くか見定めようとした。がーー
相手はいきなり奇声を上げながら上段に構えて突進してきた。まったく予想していない攻撃にわたしも呆気に取られてしまったが、何とか入り身になって相手の一撃を受け流すと、そのまま腰元に木刀を振り、寸止めにした。普通ならばこれで終わりである。
だが、少年はそのまま振り返って雑にわたしの頭を打ちに来た。勝ったのは間違いなかったが、勝ちが決まったのちに突然の反撃を食らうとは思ってもおらず、わたしはすぐさま頭上にて木刀で急な一撃を受けた。
「やめて下さい!」
介錯の者が少年を引き離した。が、少年は尚もわたしに斬り掛かって来ようとし、介錯の者は少年を押さえつけて、わたしに下がるよういった。が、わたしは呆然と立ち尽くすばかりだった。何なんだ、この男はーー
「やめんかッ!」
武田藤乃助が叫んだ。と、少年は不貞腐れたかのように木刀をその場に捨てると、介錯の人間を振り払って何処かへ行ってしまった。
まるで嵐のようだった。
【続く】