【ナナフシギ~漆~】
文字数 2,222文字
夜の空気が轟音を轟かせていた。
飽きるほど見てきた小学校も、夜闇の中ではまるで廃墟のように見える。不気味に立ちはだかる校門は、まるであの世とこの世を隔てる境界線のようだった。
「いいのか?」祐太朗が訊ねる。
「何が?」と弓永。「別にビビっちゃいないからな。勘違いすんなよ?」
「んなこと訊いてねぇって。今日はボロが酷えな」
弓永は気まずそうに視線を逸らす。
「……今日はヤケに突っ掛かるな」
「別に突っ掛かってねぇよ。神経質になりすぎなんじゃね?」
「じゃあ、今の質問は何だよ」
「いや、単純に家に帰らなくていいのかなって。親も心配すんじゃねぇの?」
「……まぁ、そりゃあいいだろ。そん時はお前の家に泊まってたってことにしてくれよ」
「何でだよ。そもそも、ここまで付いてこなくてもいいんだぞ」
「バカいうなよ。お前に任せておいたら石川先生も無事じゃ済まないだろ?」
祐太朗は弓永の顔をじっと見詰めた。その表情は驚きだけでなく、相手の様子を伺っているようでもあった。弓永は怪訝そうにいった。
「……何だよ」
「もしかして、石川先生のこと好きなのか?」
「はぁ!?」弓永はギョッとする。「ふざけんなよ、お前。何でおれがそんな。大体、おれと先生は生徒と先生だぞ。何をワケのわからんことをいってんだよ」
と弓永は必死に否定した。その必死さに祐太朗はうっすらと笑って見せた。
「そこまで必死になられると、逆に不自然だぞ。……好きなんだな」
「好きじゃねえよ!」
「じゃあ、先生にそう伝えていいか?」ニンマリと笑っていう祐太朗。
「は……? 止めろよ、お前。そもそも誰々が先生のことキライとか本人にいうとか、最低だろ! それに、学級委員のおれが先生のことをキライだっていうなんて、クラスのことはどうなるんだよ!」
「はいはい、そうだな」
祐太朗は弓永のことばに聞く耳を持とうとしなかった。というより、むしろ弓永が石川先生のことを好きだと、より確信を持ってしまったようだった。弓永は祐太朗が自分のことばを全然信用していないことを悟ったようで、
「お前、信用してないだろ?」
「してない」
「ふざけんな! おれは……」
「あれ、鈴木くんに弓永くん……?」
突然名前を呼ばれて祐太朗と弓永は共に振り返った。ふたりの顔に驚きが広がった。
エミリが立っていた。
格好は学校にいた時と同じだった。祐太朗と弓永を見る目は驚きと安堵の両方を含んでいるように見えた。
「ふたりも来てたんだね」
「ふたりもって……」と祐太朗。「田中はどうしてここにいるんだよ」
「だって……、先生にあんな話されて、何か心配になっちゃって」
「そうはいっても、おれたちにどうにかなる話でもないと思うけどな」弓永はいった。
「でも、それでも来ちゃったってことは、やっぱりふたりも先生が心配だったんでしょ?」
弓永は沈黙した。祐太朗が代わりに答えた。
「まあな。でも、おれたちが来るとは限らないのに、何でひとりで来たんだよ?」
「うーん、それは……」エミリは考えを巡らせていた。「……何となく、ふたりなら来ると思ったから、かな?」
「何だよ、それ」
「でも、思った通りちゃんと来たじゃん」
「……まぁ、それはな」
「でも、ふたりの姿があって、何か安心した。本当は怖かったんだ……」
「だったら別に来なくても大丈夫だったんじゃないか?」弓永はいった。「別にイヤな予感がしてても、先生に悪いことが起こってるとは限らないだろ?」
「うん、それもそうなんだけど……」
エミリは口ごもった。ことばにしづらい何かがあるようだった。祐太朗と弓永は何もいうことなく、エミリの次のことばを待った。エミリはふたりの様子を伺うように上目遣いでふたりのことを見ていった。
「……可笑しなこといったって思うかもしれないけど、笑わないでね?」エミリはそれからまた少し沈黙して、いった。「……実は、急に先生の声が聴こえた気がして。それで……」
祐太朗と弓永は眉間にシワを寄せた。弓永は一歩踏み出して訊ねた。
「声が聴こえた? 何て?」
「『タスケテ』って……。わたし、どうかしちゃったのかな、って思ったんだけど、でも何かいても立ってもいられなくて……」
祐太朗と弓永は顔を見合せた。
「どういうことだ? おれには聴こえなかったぞ……」弓永はやや残念そうにいった。
「おれと一緒にいたからじゃねえの?」
「どういうことだよ? てか、何で田中にそんな声が聴こえたんだよ?」
祐太朗は簡単に説明した。要はこれは霊障と同じことで、石川先生の魂から分離した生き霊が、祐太朗とエミリ、ふたりの元に現れて、頭に直接声を飛ばした。非現実的でワケのわからない話ではあるが、霊ーー特に生命力の強い生き霊の強い思念というのは、そこら辺の浮遊霊と比べて圧倒的に人間に伝わりやすいということだった。特に、その伝えようとしている相手がその人との関係の深い相手ならより伝わりやすくなる、ということだった。
「つまり、おれはそこまで深い相手じゃないってことか……」弓永は残念そうにいった。
「まぁ、おれに伝わったから、お前に伝える理由がなくなったってことだろ。別にそんな残念そうにするほどでもねえだろ」
「ねぇ、何を話してるの?」
不思議そうにいうエミリに、ふたりは慌てふためく。と、弓永はいった。
「それより、い、急ごうぜ!」
校門は三人の小学生が足を踏み入れるのを不気味に待ち続けているようだった。
【続く】
飽きるほど見てきた小学校も、夜闇の中ではまるで廃墟のように見える。不気味に立ちはだかる校門は、まるであの世とこの世を隔てる境界線のようだった。
「いいのか?」祐太朗が訊ねる。
「何が?」と弓永。「別にビビっちゃいないからな。勘違いすんなよ?」
「んなこと訊いてねぇって。今日はボロが酷えな」
弓永は気まずそうに視線を逸らす。
「……今日はヤケに突っ掛かるな」
「別に突っ掛かってねぇよ。神経質になりすぎなんじゃね?」
「じゃあ、今の質問は何だよ」
「いや、単純に家に帰らなくていいのかなって。親も心配すんじゃねぇの?」
「……まぁ、そりゃあいいだろ。そん時はお前の家に泊まってたってことにしてくれよ」
「何でだよ。そもそも、ここまで付いてこなくてもいいんだぞ」
「バカいうなよ。お前に任せておいたら石川先生も無事じゃ済まないだろ?」
祐太朗は弓永の顔をじっと見詰めた。その表情は驚きだけでなく、相手の様子を伺っているようでもあった。弓永は怪訝そうにいった。
「……何だよ」
「もしかして、石川先生のこと好きなのか?」
「はぁ!?」弓永はギョッとする。「ふざけんなよ、お前。何でおれがそんな。大体、おれと先生は生徒と先生だぞ。何をワケのわからんことをいってんだよ」
と弓永は必死に否定した。その必死さに祐太朗はうっすらと笑って見せた。
「そこまで必死になられると、逆に不自然だぞ。……好きなんだな」
「好きじゃねえよ!」
「じゃあ、先生にそう伝えていいか?」ニンマリと笑っていう祐太朗。
「は……? 止めろよ、お前。そもそも誰々が先生のことキライとか本人にいうとか、最低だろ! それに、学級委員のおれが先生のことをキライだっていうなんて、クラスのことはどうなるんだよ!」
「はいはい、そうだな」
祐太朗は弓永のことばに聞く耳を持とうとしなかった。というより、むしろ弓永が石川先生のことを好きだと、より確信を持ってしまったようだった。弓永は祐太朗が自分のことばを全然信用していないことを悟ったようで、
「お前、信用してないだろ?」
「してない」
「ふざけんな! おれは……」
「あれ、鈴木くんに弓永くん……?」
突然名前を呼ばれて祐太朗と弓永は共に振り返った。ふたりの顔に驚きが広がった。
エミリが立っていた。
格好は学校にいた時と同じだった。祐太朗と弓永を見る目は驚きと安堵の両方を含んでいるように見えた。
「ふたりも来てたんだね」
「ふたりもって……」と祐太朗。「田中はどうしてここにいるんだよ」
「だって……、先生にあんな話されて、何か心配になっちゃって」
「そうはいっても、おれたちにどうにかなる話でもないと思うけどな」弓永はいった。
「でも、それでも来ちゃったってことは、やっぱりふたりも先生が心配だったんでしょ?」
弓永は沈黙した。祐太朗が代わりに答えた。
「まあな。でも、おれたちが来るとは限らないのに、何でひとりで来たんだよ?」
「うーん、それは……」エミリは考えを巡らせていた。「……何となく、ふたりなら来ると思ったから、かな?」
「何だよ、それ」
「でも、思った通りちゃんと来たじゃん」
「……まぁ、それはな」
「でも、ふたりの姿があって、何か安心した。本当は怖かったんだ……」
「だったら別に来なくても大丈夫だったんじゃないか?」弓永はいった。「別にイヤな予感がしてても、先生に悪いことが起こってるとは限らないだろ?」
「うん、それもそうなんだけど……」
エミリは口ごもった。ことばにしづらい何かがあるようだった。祐太朗と弓永は何もいうことなく、エミリの次のことばを待った。エミリはふたりの様子を伺うように上目遣いでふたりのことを見ていった。
「……可笑しなこといったって思うかもしれないけど、笑わないでね?」エミリはそれからまた少し沈黙して、いった。「……実は、急に先生の声が聴こえた気がして。それで……」
祐太朗と弓永は眉間にシワを寄せた。弓永は一歩踏み出して訊ねた。
「声が聴こえた? 何て?」
「『タスケテ』って……。わたし、どうかしちゃったのかな、って思ったんだけど、でも何かいても立ってもいられなくて……」
祐太朗と弓永は顔を見合せた。
「どういうことだ? おれには聴こえなかったぞ……」弓永はやや残念そうにいった。
「おれと一緒にいたからじゃねえの?」
「どういうことだよ? てか、何で田中にそんな声が聴こえたんだよ?」
祐太朗は簡単に説明した。要はこれは霊障と同じことで、石川先生の魂から分離した生き霊が、祐太朗とエミリ、ふたりの元に現れて、頭に直接声を飛ばした。非現実的でワケのわからない話ではあるが、霊ーー特に生命力の強い生き霊の強い思念というのは、そこら辺の浮遊霊と比べて圧倒的に人間に伝わりやすいということだった。特に、その伝えようとしている相手がその人との関係の深い相手ならより伝わりやすくなる、ということだった。
「つまり、おれはそこまで深い相手じゃないってことか……」弓永は残念そうにいった。
「まぁ、おれに伝わったから、お前に伝える理由がなくなったってことだろ。別にそんな残念そうにするほどでもねえだろ」
「ねぇ、何を話してるの?」
不思議そうにいうエミリに、ふたりは慌てふためく。と、弓永はいった。
「それより、い、急ごうぜ!」
校門は三人の小学生が足を踏み入れるのを不気味に待ち続けているようだった。
【続く】