【藪医者放浪記~捌拾~】
文字数 1,055文字
待ち伏せというのは効果的な戦術のひとつであるといっていい。
それは敵の意表をつくには最適な戦い方だからといえる。人間、突然のことに対処するにはどんな達人でも多少の時間を必要とする。そして、多勢に無勢であれば、それはより効果的になるのはいうまでもない。
斎藤は角を曲がってハッとした。角を曲がったすぐそこに黒ずくめの男が立って待っていたからだった。斎藤はすぐさま刀を抜こうとした。だが、黒ずくめの男もまた腰に差しており、既に左手は刀の鍔に掛かっていた。
意表をつかれて体勢がブレている斎藤に対して、体勢の整っているほうが、いくら前者のほうが刀に手を掛けるのが早くても、その正確さ、抜刀の早さを取っても大きく変わる。
斎藤は死を意識したに違いなかった。瞳孔はしっかり開かれ、目の玉が怯えるように震えていた。
「斎藤さん......ッ!」何者かが斎藤の名前を呼んだ。「こっちです......ッ!」
その声は黒ずくめの男よりも奥で聞こえた。斎藤は体勢を崩しながらも刀を抜かんとするのをやめた。黒ずくめの男も刀を抜こうとはしなかった。と、黒ずくめの男のうしろから何者かが現れた。
猿田源之助だった。
「源之助殿......?」斎藤は流石に困惑していた。「......一体、どういうことなんです?」
黒ずくめの男を一瞥して斎藤はいった。と、猿田は黒ずくめの男に「もういいですよ」と声を掛けた。と、男は黒い頭巾を取った。
頭巾を被っていたのは、牛野寅三郎だった。その顔はにわかに汗ばんでいる。そして、何処か煮え切らないような顔。
「源之助殿」寅三郎はいった。「何でわたしがこんなことをしなければならないのですか?」
「いやぁ、これは申しワケない。ですが、斎藤さんならわたしが、いくら変装してもすぐにバレてしまうかな、と思いまして」
「まぁ、それならまだわかりますが、この御方、随分と腕が立つんでしょ? わたしが斬られたらどうするおつもりだったんですか」
「それは寅三郎殿の体力を信じておりましたから」
「モノはいいよう、ですな」
何処か皮肉めいた響きで寅三郎はいった。それに対して猿田は必死に謝り倒した。
「あのぉ」斎藤は寅三郎にいった。「何故わたしの腕が立つとわかったのですか?」
「あ、いや、立ち振舞いを見ればわかります。重心がしっかりと落ちていて、しかもひとつ一つの動きにまったくの無駄がないのですから」
「はぁ、そうでしたか」呆気に取られた様子で斎藤はいった。「で、あのご老人の荷物を盗ってどうされるおつもりだったんですか」
【続く】
それは敵の意表をつくには最適な戦い方だからといえる。人間、突然のことに対処するにはどんな達人でも多少の時間を必要とする。そして、多勢に無勢であれば、それはより効果的になるのはいうまでもない。
斎藤は角を曲がってハッとした。角を曲がったすぐそこに黒ずくめの男が立って待っていたからだった。斎藤はすぐさま刀を抜こうとした。だが、黒ずくめの男もまた腰に差しており、既に左手は刀の鍔に掛かっていた。
意表をつかれて体勢がブレている斎藤に対して、体勢の整っているほうが、いくら前者のほうが刀に手を掛けるのが早くても、その正確さ、抜刀の早さを取っても大きく変わる。
斎藤は死を意識したに違いなかった。瞳孔はしっかり開かれ、目の玉が怯えるように震えていた。
「斎藤さん......ッ!」何者かが斎藤の名前を呼んだ。「こっちです......ッ!」
その声は黒ずくめの男よりも奥で聞こえた。斎藤は体勢を崩しながらも刀を抜かんとするのをやめた。黒ずくめの男も刀を抜こうとはしなかった。と、黒ずくめの男のうしろから何者かが現れた。
猿田源之助だった。
「源之助殿......?」斎藤は流石に困惑していた。「......一体、どういうことなんです?」
黒ずくめの男を一瞥して斎藤はいった。と、猿田は黒ずくめの男に「もういいですよ」と声を掛けた。と、男は黒い頭巾を取った。
頭巾を被っていたのは、牛野寅三郎だった。その顔はにわかに汗ばんでいる。そして、何処か煮え切らないような顔。
「源之助殿」寅三郎はいった。「何でわたしがこんなことをしなければならないのですか?」
「いやぁ、これは申しワケない。ですが、斎藤さんならわたしが、いくら変装してもすぐにバレてしまうかな、と思いまして」
「まぁ、それならまだわかりますが、この御方、随分と腕が立つんでしょ? わたしが斬られたらどうするおつもりだったんですか」
「それは寅三郎殿の体力を信じておりましたから」
「モノはいいよう、ですな」
何処か皮肉めいた響きで寅三郎はいった。それに対して猿田は必死に謝り倒した。
「あのぉ」斎藤は寅三郎にいった。「何故わたしの腕が立つとわかったのですか?」
「あ、いや、立ち振舞いを見ればわかります。重心がしっかりと落ちていて、しかもひとつ一つの動きにまったくの無駄がないのですから」
「はぁ、そうでしたか」呆気に取られた様子で斎藤はいった。「で、あのご老人の荷物を盗ってどうされるおつもりだったんですか」
【続く】