【ナナフシギ~弐拾壱~】
文字数 1,155文字
音が死んでいるようだった。
普通の環境であれば、何かしらの環境音が聴こえるはずだが、霊障によって発生したあの世とこの世の間では、そういった環境音は一切しない。これはこの間の世界というのが一種の独立した空間であるからだといわれている。音もなく消える神隠し、というのは所謂これと同じで、対象が間の世界に迷い混み、この世の音や存在と一線を画してしまったが故に起こることなのだという。
とはいえ、内で響く音に関していえば、普通の世界と同様に空気の振動によって音は飛び、響き渡る。そこら辺の物理的な現象に相違はない。
「これから、どうするの?」吐息混じりにエミリが訊ねた。
「取り敢えず、音楽室だな」
祐太朗がいうと、エミリは力なく、あぁと返事した。
音楽室の怪談話というのは、大体どの学校でも共通というか定番のひとつだ。そして、その内容は大抵、夜中に昔の音楽家の写真がしゃべったり笑ったり、もっとフォーカスしていえば、ベートーヴェンの霊が現れて、夜の音楽室にて生前の未練を晴らすが如くピアノを弾き続けているということだ。だがーー
「でもさ」エミリが口を開いた。「何でうちの学校はベートーヴェンじゃないんだろ。他の学校は大体そうなのに」
「そもそもベートーヴェンが日本のたくさんある小学校に出てくるってのが可笑しな話だろ。日本に小学校は100以上あるのに、そのすべてにベートーヴェンが現れるなんて。仮に何処かひとつに現れたとしても魂はそんなに分離は出来ない。ベートーヴェンも死んで随分と売れっ子にされちまったモンだよな。ダブルブッキングどころの話じゃねえじゃん」
祐太朗のことばにエミリは呆然とする。祐太朗が「どうした?」と訊ねると、エミリはハッとして、首を横に振った。
「ううん。祐太朗くんって、何か難しい話をよくするよなぁ、って」
「難しくなんかねえよ。身体も霊魂もひとつしかない。だから、ベートーヴェンの霊が日本中の学校に出るなんて話もパチモンだし、ベートーヴェンだって霊として出るなら祖国のドイツを選ぶだろうよ」
「それも、そうかもね......」何処か煮え切らないエミリ、その答えはすぐさまことばとして現れた。「でもさ、うちの学校の音楽室のナナフシギって......」
「そうだ。あれだって可笑しな話だ。身体も霊魂もひとつなら、まず全国に出るのはあり得ない。でも、ここは霊の魂が集まる霊道の中。仮にここにヤツがいたって可笑しくはないし、ちょっと名前を挙げるにはリアリティがありすぎる」
「確かにそうだよね......、日本の作曲家、だっけ?」
「そう。オマケにそいつの最期は憎しみがいっぱいだったらしい。今でもあの世に行けず、この世との間である霊道でさ迷っている可能性はーー」
突然、音楽が流れ出した。
荒城の月がーー
【続く】
普通の環境であれば、何かしらの環境音が聴こえるはずだが、霊障によって発生したあの世とこの世の間では、そういった環境音は一切しない。これはこの間の世界というのが一種の独立した空間であるからだといわれている。音もなく消える神隠し、というのは所謂これと同じで、対象が間の世界に迷い混み、この世の音や存在と一線を画してしまったが故に起こることなのだという。
とはいえ、内で響く音に関していえば、普通の世界と同様に空気の振動によって音は飛び、響き渡る。そこら辺の物理的な現象に相違はない。
「これから、どうするの?」吐息混じりにエミリが訊ねた。
「取り敢えず、音楽室だな」
祐太朗がいうと、エミリは力なく、あぁと返事した。
音楽室の怪談話というのは、大体どの学校でも共通というか定番のひとつだ。そして、その内容は大抵、夜中に昔の音楽家の写真がしゃべったり笑ったり、もっとフォーカスしていえば、ベートーヴェンの霊が現れて、夜の音楽室にて生前の未練を晴らすが如くピアノを弾き続けているということだ。だがーー
「でもさ」エミリが口を開いた。「何でうちの学校はベートーヴェンじゃないんだろ。他の学校は大体そうなのに」
「そもそもベートーヴェンが日本のたくさんある小学校に出てくるってのが可笑しな話だろ。日本に小学校は100以上あるのに、そのすべてにベートーヴェンが現れるなんて。仮に何処かひとつに現れたとしても魂はそんなに分離は出来ない。ベートーヴェンも死んで随分と売れっ子にされちまったモンだよな。ダブルブッキングどころの話じゃねえじゃん」
祐太朗のことばにエミリは呆然とする。祐太朗が「どうした?」と訊ねると、エミリはハッとして、首を横に振った。
「ううん。祐太朗くんって、何か難しい話をよくするよなぁ、って」
「難しくなんかねえよ。身体も霊魂もひとつしかない。だから、ベートーヴェンの霊が日本中の学校に出るなんて話もパチモンだし、ベートーヴェンだって霊として出るなら祖国のドイツを選ぶだろうよ」
「それも、そうかもね......」何処か煮え切らないエミリ、その答えはすぐさまことばとして現れた。「でもさ、うちの学校の音楽室のナナフシギって......」
「そうだ。あれだって可笑しな話だ。身体も霊魂もひとつなら、まず全国に出るのはあり得ない。でも、ここは霊の魂が集まる霊道の中。仮にここにヤツがいたって可笑しくはないし、ちょっと名前を挙げるにはリアリティがありすぎる」
「確かにそうだよね......、日本の作曲家、だっけ?」
「そう。オマケにそいつの最期は憎しみがいっぱいだったらしい。今でもあの世に行けず、この世との間である霊道でさ迷っている可能性はーー」
突然、音楽が流れ出した。
荒城の月がーー
【続く】