【暴力ラーメン】
文字数 2,793文字
オバケは怖い。
いい年して何いってんだ、このガイキチはと思われても可笑しくはないのだけど、おれだってオバケは怖いのだ。
実家の部屋の目の前が墓地なのだけど、それでもオバケが怖いのだ。
まぁ、部屋の目の前が墓地っていうのは普通に慣れるし、一度慣れると夜は静かなこともあってむしろいいものなのだ。
それはさておき、もしオバケが出たらどうしようと、正直この年になっても不安で仕方がないのだ。
というのも、あんな『恨めし屋』なんて小説を書いていたらいつか霊が寄ってくるんじゃないかと、危惧しているからだ。
だって、怖い話をしていると霊が寄ってくるというように、霊の話をしていると、霊も寄ってーー誰だ今おれの肩叩いたの?
とまぁ、それもそうなのだけど、それに対抗するようにこの世にはこんなことばがある。
生きた人間こそが本当に怖い。
これもいうまでもないだろう。変な話、幽霊は見える人には見えるが、見えない人には見えないのだ。それに幽霊だからといってすべての霊が悪霊なワケではないのだから、見えない上に何もしてこないのなら、幽霊などいないのと同じでしかない。
が、人間はどうだろう。
人間は例外なく人間の目に見える。だが、その腹の内というのは見ることができない。今目の前にいる人間が何を考え、何をしようとしているかを知っているのは、その本人だけ。
だからこそ人間は怖いのだ。
もし、今、アナタが電車に乗っているとして、目の前の人、或いは隣の人が真っ当な人間だとどうしていいきれよう。今、アナタがストリートを歩いているとして、どうしてそこに通り魔がいないといえるだろう。
やはり、生きた人間こそがいちばん恐ろしいのかもしれない。
とまぁ、おどろおどろしい話から入ってしまったワケだけど、今回は可笑しな話だ。多分、怖い話ではないと思う。
あれは大学三年の時のことだ。確か夏休みに入る前のことだったと思う。
ある夕方、おれは当時のバンドメンバーと大学のサークル棟にある練習室にてバンド練習を終え、帰ろうとしたのだ。そこに同期であり、バンド仲間である「金原」がやって来た。
金原はおれらバンドのメンバーに、「メシでもどう?」と訊ねてきた。
まぁ、バンドの練習が終わった後は基本的にメシを食いにいくのが定番で、金原はそれを見越してそう訊ねてきたのだと思う。
ドラムの「ヨッピー」はこの後予定があるといって帰ることとなったが、おれを含めたバンドのメンバーは、金原の申し出を了承した。
その時のメンツは、おれと金原を除くと、ギタリストの「インギー」とベースの「颯太」のふたりだった。
インギーは、おれと同様海外のロックンロールが好きな男で、そのアダ名の由来は、スウェーデン出身のギタリスト『イングヴェイ・マルムスティーン』から来ている。
颯太は、おれの学科の友人でもあり、大学時代、いちばん一緒にいた友人だった。やはり、海外のロックーー特にプログレが好きで、普段は物静かではあるが、プログレ関連の話となると白熱するややオタク気質な青年だった。
四人で県道脇を歩きながら話した結果、適当なラーメン屋に入って腹を膨らまそうということになった。
おれらはこれまでに入ったことのなかった魚介系のラーメン屋に入ることにした。
店内は非常にキレイで、まだ開店してそこまで経っていないのではないかと思われた。
席に着き、適当に注文を済ませると、少しして注文した品が運ばれてきた。
湯気の立つラーメンを啜ると、麺によく絡んだ魚介系のさっぱりしたスープが舌をくすぐった。すると突然来客のチャイムが鳴ったのだ。
とはいえ、飲食店で来客のチャイムを気にするのは、店員か、他の飲食店で働いていてクセになってしまっている人か、誰かを待っている人と相場は決まっているワケだ。
いうまでもなく、おれはそんなことにはお構い無しだった。と思いきやーー
金原の様子が可笑しくなり出したのだ。
どうも、トイレを我慢しているような、そんな不自然でギコチナイ動きをしているではないの。視線もあちこち飛んでるし、明らかに動揺していた。
どうしたのか、と訊ねても、別に何でもで終わり。これには五条氏もワケがわからない。
そんな中、こんな声が聴こえてきた。
「どかしますか?」
「いいよ。そんなことするもんじゃない」
また何の話をしているんだって感じだったんだけど、まぁ、これもスルーしたんだわ。かと思いきや今度はーー
唐突に皿が割れる音がしたのだ。
音のしたほうを見ると、おれと同じ大学生くらいのお姉ちゃん店員が皿を落としたのだ。
が、彼女は謝らなかった。
それどころか身体を震わせており、呼吸もえらく荒いのだ。これには流石の五条氏もただならぬ空気を感じ、店内を見回してみたらーー
おれらの席以外、全部にヤクザが座ってた。
しかも、若頭や兄貴分と見られる人たちが隣のテーブルにいたのだ。
そこで漸く察した。先ほど聴こえた「どかしますか?」というのは、おれらを席からどかすかという話だったのだ。
オマケに隣のテーブルのすぐ脇には、色メガネを掛けた厳ついボウズ頭のアウトローが立っており、こちらをじっとねめつけているじゃないの。あぁ、これは金原もビビるわ。
それ以外の席にも見習いの若い衆と見られるジャージ姿のガキがいたりして、それこそライターを出して組員のタバコに火をつけたり、身の回りの世話をしたりしていた。
完全に組総出の食事会である。
とはいえ、この時の五条氏は『仁義なき戦い』のような実録ヤクザ映画や、ヤクザがリアルだと評する北野映画とかばっかり観ていたせいで、そんな状況にあっても、
「何だ、ヤクザか」
ぐらいにしか思わなかった。今考えると頭が可笑しいのだけど、この暴力団に厳しい今の世の中において、何の関わりもない大学生に手を出すヤクザなんかいるワケない。
手を出したら大問題なのはいうまでもなく、組の存続はおろか、ひいては組織の上にも迷惑が掛かる。そう考えたら、このご時世に大学生に手を出すのは精々三下のチンピラくらいで、地位のある人はまずしない。
だからこそ「どかしますか?」と訊かれた兄貴分は、「いい」と断ったのだ。面倒起こして立場を悪くするのは自分たちだからな。
そんな感じでラーメンを食い終えると、何事もなかったように代金を払って店を後にしたのだ。できれば、迷惑料として代金持って欲しかったんだけどな。
店から出た後、金原が、
「やべえよ!あれヤクザだよ!殴られなくてよかったよ!」
とかビビってたんで、上で書いたようなことを話したんですが、
「それは違うよ!ヤクザは誰彼構わず殴るよ!」
とかいってました。それはそれで失礼だぞ。とはいえ、気丈に振る舞い過ぎるのもどうかと思うよな。でも、やっぱりーー
人間よりもオバケが怖い。
アスタラビスタ。
いい年して何いってんだ、このガイキチはと思われても可笑しくはないのだけど、おれだってオバケは怖いのだ。
実家の部屋の目の前が墓地なのだけど、それでもオバケが怖いのだ。
まぁ、部屋の目の前が墓地っていうのは普通に慣れるし、一度慣れると夜は静かなこともあってむしろいいものなのだ。
それはさておき、もしオバケが出たらどうしようと、正直この年になっても不安で仕方がないのだ。
というのも、あんな『恨めし屋』なんて小説を書いていたらいつか霊が寄ってくるんじゃないかと、危惧しているからだ。
だって、怖い話をしていると霊が寄ってくるというように、霊の話をしていると、霊も寄ってーー誰だ今おれの肩叩いたの?
とまぁ、それもそうなのだけど、それに対抗するようにこの世にはこんなことばがある。
生きた人間こそが本当に怖い。
これもいうまでもないだろう。変な話、幽霊は見える人には見えるが、見えない人には見えないのだ。それに幽霊だからといってすべての霊が悪霊なワケではないのだから、見えない上に何もしてこないのなら、幽霊などいないのと同じでしかない。
が、人間はどうだろう。
人間は例外なく人間の目に見える。だが、その腹の内というのは見ることができない。今目の前にいる人間が何を考え、何をしようとしているかを知っているのは、その本人だけ。
だからこそ人間は怖いのだ。
もし、今、アナタが電車に乗っているとして、目の前の人、或いは隣の人が真っ当な人間だとどうしていいきれよう。今、アナタがストリートを歩いているとして、どうしてそこに通り魔がいないといえるだろう。
やはり、生きた人間こそがいちばん恐ろしいのかもしれない。
とまぁ、おどろおどろしい話から入ってしまったワケだけど、今回は可笑しな話だ。多分、怖い話ではないと思う。
あれは大学三年の時のことだ。確か夏休みに入る前のことだったと思う。
ある夕方、おれは当時のバンドメンバーと大学のサークル棟にある練習室にてバンド練習を終え、帰ろうとしたのだ。そこに同期であり、バンド仲間である「金原」がやって来た。
金原はおれらバンドのメンバーに、「メシでもどう?」と訊ねてきた。
まぁ、バンドの練習が終わった後は基本的にメシを食いにいくのが定番で、金原はそれを見越してそう訊ねてきたのだと思う。
ドラムの「ヨッピー」はこの後予定があるといって帰ることとなったが、おれを含めたバンドのメンバーは、金原の申し出を了承した。
その時のメンツは、おれと金原を除くと、ギタリストの「インギー」とベースの「颯太」のふたりだった。
インギーは、おれと同様海外のロックンロールが好きな男で、そのアダ名の由来は、スウェーデン出身のギタリスト『イングヴェイ・マルムスティーン』から来ている。
颯太は、おれの学科の友人でもあり、大学時代、いちばん一緒にいた友人だった。やはり、海外のロックーー特にプログレが好きで、普段は物静かではあるが、プログレ関連の話となると白熱するややオタク気質な青年だった。
四人で県道脇を歩きながら話した結果、適当なラーメン屋に入って腹を膨らまそうということになった。
おれらはこれまでに入ったことのなかった魚介系のラーメン屋に入ることにした。
店内は非常にキレイで、まだ開店してそこまで経っていないのではないかと思われた。
席に着き、適当に注文を済ませると、少しして注文した品が運ばれてきた。
湯気の立つラーメンを啜ると、麺によく絡んだ魚介系のさっぱりしたスープが舌をくすぐった。すると突然来客のチャイムが鳴ったのだ。
とはいえ、飲食店で来客のチャイムを気にするのは、店員か、他の飲食店で働いていてクセになってしまっている人か、誰かを待っている人と相場は決まっているワケだ。
いうまでもなく、おれはそんなことにはお構い無しだった。と思いきやーー
金原の様子が可笑しくなり出したのだ。
どうも、トイレを我慢しているような、そんな不自然でギコチナイ動きをしているではないの。視線もあちこち飛んでるし、明らかに動揺していた。
どうしたのか、と訊ねても、別に何でもで終わり。これには五条氏もワケがわからない。
そんな中、こんな声が聴こえてきた。
「どかしますか?」
「いいよ。そんなことするもんじゃない」
また何の話をしているんだって感じだったんだけど、まぁ、これもスルーしたんだわ。かと思いきや今度はーー
唐突に皿が割れる音がしたのだ。
音のしたほうを見ると、おれと同じ大学生くらいのお姉ちゃん店員が皿を落としたのだ。
が、彼女は謝らなかった。
それどころか身体を震わせており、呼吸もえらく荒いのだ。これには流石の五条氏もただならぬ空気を感じ、店内を見回してみたらーー
おれらの席以外、全部にヤクザが座ってた。
しかも、若頭や兄貴分と見られる人たちが隣のテーブルにいたのだ。
そこで漸く察した。先ほど聴こえた「どかしますか?」というのは、おれらを席からどかすかという話だったのだ。
オマケに隣のテーブルのすぐ脇には、色メガネを掛けた厳ついボウズ頭のアウトローが立っており、こちらをじっとねめつけているじゃないの。あぁ、これは金原もビビるわ。
それ以外の席にも見習いの若い衆と見られるジャージ姿のガキがいたりして、それこそライターを出して組員のタバコに火をつけたり、身の回りの世話をしたりしていた。
完全に組総出の食事会である。
とはいえ、この時の五条氏は『仁義なき戦い』のような実録ヤクザ映画や、ヤクザがリアルだと評する北野映画とかばっかり観ていたせいで、そんな状況にあっても、
「何だ、ヤクザか」
ぐらいにしか思わなかった。今考えると頭が可笑しいのだけど、この暴力団に厳しい今の世の中において、何の関わりもない大学生に手を出すヤクザなんかいるワケない。
手を出したら大問題なのはいうまでもなく、組の存続はおろか、ひいては組織の上にも迷惑が掛かる。そう考えたら、このご時世に大学生に手を出すのは精々三下のチンピラくらいで、地位のある人はまずしない。
だからこそ「どかしますか?」と訊かれた兄貴分は、「いい」と断ったのだ。面倒起こして立場を悪くするのは自分たちだからな。
そんな感じでラーメンを食い終えると、何事もなかったように代金を払って店を後にしたのだ。できれば、迷惑料として代金持って欲しかったんだけどな。
店から出た後、金原が、
「やべえよ!あれヤクザだよ!殴られなくてよかったよ!」
とかビビってたんで、上で書いたようなことを話したんですが、
「それは違うよ!ヤクザは誰彼構わず殴るよ!」
とかいってました。それはそれで失礼だぞ。とはいえ、気丈に振る舞い過ぎるのもどうかと思うよな。でも、やっぱりーー
人間よりもオバケが怖い。
アスタラビスタ。