【まだ見ぬ天地は美しく】
文字数 2,099文字
未開の地というのは興味深いモノだ。
そりゃ、本当の意味での未開の地なんて今の時代じゃ深海ぐらいしかないのだろうけど、これが個人レベルになるとそれは一気に増える。
確かにパソコンやスマホを使ってネットワークにアクセスすれば、人はあらゆる場所の景色を見ることができる。
だが、それは真にその景色を見たことにはならない。
やはり、真にその景色を見るといることは、景色に触れることで達成されると思うのだ。
そして、その日、その瞬間で景色というのはすべて異なる。
リアルタイムで体感した景色というのは、その瞬間にしか存在しない景色であって、空前絶後、同じモノではなくなってしまう。
おれは、そんな瞬間的な景色が大好きだ。
だからこそ、水物と呼ばれる生の芝居が好きなのだろうし、自分で舞台を踏んで芝居をするのが好きなのかもしれない。
さて、『遠征芝居篇』の第五回である。あらすじーー
「四月の初旬、五条氏は森ちゃんに招かれて、初めての『デュオニソス』の稽古へと赴いた。そこで出会った自分の役というのは、仕事に精を出すエリートではあるが、自分の気持ちに正直になれない『冬樹』という男だった。五条氏は冬樹を気に入り、これからの稽古を楽しみに待ち続けるのだった」
こんな感じか。詳しくは元記事を参照で。じゃ、やってくーー
最初の稽古から数週間後の朝、おれは五村市駅のロータリーでよっしーとふたりで佇んでいた。手にはビニール袋、中にはおにぎりやサンドイッチが入っている。
変な緊張感が身体を強ばらせる。別に緊張することなどないのだけど、こういう時に変に緊張してしまうのが恨めしい。
多分、これもパニックの弊害、というか後遺症なのかもしれないけれど、そんなことはいっていられない。そんな恐れや緊張なんかよりも好奇心が勝ってしまっているのだから、今更引いても仕方がない。
少しして車が一台、おれらの目の前に停まった。森ちゃんである。
この日は、チラシの写真撮影も兼ねて、本番の会場となる喫茶店へ行ってみようとなっていたのだ。
森ちゃんの運転する車に乗り込むと、次はゆうこを迎えに車は走り出す。
車内の空気は砕けている。まぁ、本番前というワケではないから緊張する理由もないのだけど、そんな空気感がおれには救いだった。
車が走り出して約三〇分、ゆうこが合流し、四人でいざ目的の喫茶店まで。
高速に乗り、防音壁の細かな筋の動きを眺めつつ、車内の会話を何となく聴いていた。メインの話題は、ゆうこが意中の相手にフラれたというモノ。ゆうこは随分と悔しそうなモノいいで自分の無念さを話していた。四人の中で一番年下で、みんなの妹みたいな扱いだったこともあって、みんな親身になって話を聴いていた。
おれはーーまぁ、そういうこともあるよね、といったスタンスで聞き耳を立てていた。
実際、フラれたとしても、どうにもできないし、関係を修復することもできないのだから、解決を時間に委ねるしかないんだよな。まぁ、それはさておきーー
失恋の影響でどこか自棄になっていたゆうこを宥めると、今度は前の席に座る男ふたりで、理系的な話になった。おれも森ちゃんも大学では理系の学部にいたこともあって、そういったアカデミックな話題も嫌いではなかったのだ。
後部座席では、女子ふたりが尚も恋愛の話をしていた。まぁ、途中でふたりとも眠ってしまい、気づけば目的の県へと入っていた。
高速を下りると、山に囲まれた街の景色が目の前に現れた。実に一年ぶりの光景である。一年前、確かにここへ来たのはいいが、舞台観劇中に倒れてしまうという不穏な記憶が蘇る。
だが、考え過ぎても意味はない。おれは外の景色を見ながら、メンバーにバレないように小さくため息をついた。
それから少しして、目的の喫茶店に着いた。
その喫茶店は見た感じはノスタルジックで、どこか懐かしい気分になりそうな雰囲気。表には大きな桜の木。花びらはまだ散っていない。
ここで、芝居をするのか。
そんな風に思いつつ、メンバーと共に店内へ入っていく。店内は外装と同様お洒落な装いで、本に漫画、海外ミュージシャンの名盤といわれるレコードがところ狭しと並んでいた。
これにはおれも興奮してしまい、何かバカみたいに声を上げていたーーバカはいつものこと? うん、そうだな。
マスターは朴訥な感じの人で、我々四人を朗らかに歓迎してくれた。
おれは、舞台として立ち回ることとなる店内の内装はさておいて、レッド・ツェッペリンの1stアルバムだとか、そういった話ばかりをしていた。もうワクワクして仕方なかった。
まぁ、それから森ちゃんにいわれて衣装に着替え、チラシのための写真撮影に移る。
三回ほど撮影した後にいい感じの写真が撮れたんで、撮影は無事終了。その後は昼食もかねてマスターのオススメのランチメニューを食べたのだけど、これがまた美味しかった。
食事を終え、すべての用事を終えたおれたちは舞台となる喫茶店を後にしたのだった。てか、これじゃ、ただの遠足だよな。それでもいいんだけどさ。
まぁ、本題はこれからなんだけど。
【続く】
そりゃ、本当の意味での未開の地なんて今の時代じゃ深海ぐらいしかないのだろうけど、これが個人レベルになるとそれは一気に増える。
確かにパソコンやスマホを使ってネットワークにアクセスすれば、人はあらゆる場所の景色を見ることができる。
だが、それは真にその景色を見たことにはならない。
やはり、真にその景色を見るといることは、景色に触れることで達成されると思うのだ。
そして、その日、その瞬間で景色というのはすべて異なる。
リアルタイムで体感した景色というのは、その瞬間にしか存在しない景色であって、空前絶後、同じモノではなくなってしまう。
おれは、そんな瞬間的な景色が大好きだ。
だからこそ、水物と呼ばれる生の芝居が好きなのだろうし、自分で舞台を踏んで芝居をするのが好きなのかもしれない。
さて、『遠征芝居篇』の第五回である。あらすじーー
「四月の初旬、五条氏は森ちゃんに招かれて、初めての『デュオニソス』の稽古へと赴いた。そこで出会った自分の役というのは、仕事に精を出すエリートではあるが、自分の気持ちに正直になれない『冬樹』という男だった。五条氏は冬樹を気に入り、これからの稽古を楽しみに待ち続けるのだった」
こんな感じか。詳しくは元記事を参照で。じゃ、やってくーー
最初の稽古から数週間後の朝、おれは五村市駅のロータリーでよっしーとふたりで佇んでいた。手にはビニール袋、中にはおにぎりやサンドイッチが入っている。
変な緊張感が身体を強ばらせる。別に緊張することなどないのだけど、こういう時に変に緊張してしまうのが恨めしい。
多分、これもパニックの弊害、というか後遺症なのかもしれないけれど、そんなことはいっていられない。そんな恐れや緊張なんかよりも好奇心が勝ってしまっているのだから、今更引いても仕方がない。
少しして車が一台、おれらの目の前に停まった。森ちゃんである。
この日は、チラシの写真撮影も兼ねて、本番の会場となる喫茶店へ行ってみようとなっていたのだ。
森ちゃんの運転する車に乗り込むと、次はゆうこを迎えに車は走り出す。
車内の空気は砕けている。まぁ、本番前というワケではないから緊張する理由もないのだけど、そんな空気感がおれには救いだった。
車が走り出して約三〇分、ゆうこが合流し、四人でいざ目的の喫茶店まで。
高速に乗り、防音壁の細かな筋の動きを眺めつつ、車内の会話を何となく聴いていた。メインの話題は、ゆうこが意中の相手にフラれたというモノ。ゆうこは随分と悔しそうなモノいいで自分の無念さを話していた。四人の中で一番年下で、みんなの妹みたいな扱いだったこともあって、みんな親身になって話を聴いていた。
おれはーーまぁ、そういうこともあるよね、といったスタンスで聞き耳を立てていた。
実際、フラれたとしても、どうにもできないし、関係を修復することもできないのだから、解決を時間に委ねるしかないんだよな。まぁ、それはさておきーー
失恋の影響でどこか自棄になっていたゆうこを宥めると、今度は前の席に座る男ふたりで、理系的な話になった。おれも森ちゃんも大学では理系の学部にいたこともあって、そういったアカデミックな話題も嫌いではなかったのだ。
後部座席では、女子ふたりが尚も恋愛の話をしていた。まぁ、途中でふたりとも眠ってしまい、気づけば目的の県へと入っていた。
高速を下りると、山に囲まれた街の景色が目の前に現れた。実に一年ぶりの光景である。一年前、確かにここへ来たのはいいが、舞台観劇中に倒れてしまうという不穏な記憶が蘇る。
だが、考え過ぎても意味はない。おれは外の景色を見ながら、メンバーにバレないように小さくため息をついた。
それから少しして、目的の喫茶店に着いた。
その喫茶店は見た感じはノスタルジックで、どこか懐かしい気分になりそうな雰囲気。表には大きな桜の木。花びらはまだ散っていない。
ここで、芝居をするのか。
そんな風に思いつつ、メンバーと共に店内へ入っていく。店内は外装と同様お洒落な装いで、本に漫画、海外ミュージシャンの名盤といわれるレコードがところ狭しと並んでいた。
これにはおれも興奮してしまい、何かバカみたいに声を上げていたーーバカはいつものこと? うん、そうだな。
マスターは朴訥な感じの人で、我々四人を朗らかに歓迎してくれた。
おれは、舞台として立ち回ることとなる店内の内装はさておいて、レッド・ツェッペリンの1stアルバムだとか、そういった話ばかりをしていた。もうワクワクして仕方なかった。
まぁ、それから森ちゃんにいわれて衣装に着替え、チラシのための写真撮影に移る。
三回ほど撮影した後にいい感じの写真が撮れたんで、撮影は無事終了。その後は昼食もかねてマスターのオススメのランチメニューを食べたのだけど、これがまた美味しかった。
食事を終え、すべての用事を終えたおれたちは舞台となる喫茶店を後にしたのだった。てか、これじゃ、ただの遠足だよな。それでもいいんだけどさ。
まぁ、本題はこれからなんだけど。
【続く】