【ナナフシギ~死重死~】
文字数 1,062文字
緊迫した空気が少し弛んだようだった。
依然として緊迫はしていたはずだが、明らかにその中に暖かく穏やかな空気が混じり込んでいたのは確かだった。
「待てって、何するつもりだよ」
祐太朗が思わず口にした。だが、エミリはいいからといって譲らなかった。祐太朗ももはや戦意を喪失しているようだった。ただひとり声を上げたエミリを眺めていた。
エミリは静かに少女のほうへと近づいて行った。これには祐太朗も声を上げたが、やはりエミリは大丈夫といわんばかりに祐太朗を制して、そのまま少女のほうへと向かった。
まるでスローモーションにでもなったようだった。エミリの足取りがゆらりと残像を描くように動いていた。少女も悠然と歩み寄って来るエミリのことを見詰めていた。
エミリが少女の目の前で立ち止まった。
「......何?」
トゲはあるが、やはり動揺を隠しきれていない口調で少女はいった。エミリは何も答えなかった。そんなエミリの様子に少女は声を荒げた。
「だから、何って聴いてんだよ!」
アグレッシブな姿勢を見せつつも、それはもはや悪あがきのようでしかなかった。エミリの口許が少しばかり動いたーーいや、動いたというよりは揺らいだといったほうが正しいだろうか。微かに漏れ出す吐息は静寂の中で空気を震わしながら静かに響いた。
エミリは泣いていた。
何もいわなかったのではなかった。何もいえなかったのだ。感情が昂り、声を震わして、今そこにある気持ち、感情をことばにすることが困難になっていたようだった。エミリの顔は涙でグシャグシャになっていた。表情は歪み、全身を震わして、内に秘めた感情を今すぐにでも爆発させてしまわんばかりだった。
少女はもはや呆気に取られるしかなかった。と、突然にエミリは少女の手を取った。本来ならば生きた人間が霊魂に触れることなど不可能だ。祐太朗のように常人にはない特別な霊勘、霊能力を持っているというのならまた話は別だが、霊勘も霊能力もまともに持っていないエミリには霊に触れることなど普通に考えたら不可能な話だった。だが、エミリの手は間違いなく少女の手をしっかりと握っていた。これにはふたつの要因がある。
ひとつはここがあの世とこの世を繋ぐ霊道であるから。霊道の中は生ある世界と死者たちの世界の中間だ。故に生きた者と死んだ者の身体が交わり合うこともなくはない。
そしてもうひとつは、少女がエミリに対してこころを開き始めていたからだった。
「辛かったね......」
エミリは鼻水をすすりながら今にも消え入りそうな声色でいった。
【続く】
依然として緊迫はしていたはずだが、明らかにその中に暖かく穏やかな空気が混じり込んでいたのは確かだった。
「待てって、何するつもりだよ」
祐太朗が思わず口にした。だが、エミリはいいからといって譲らなかった。祐太朗ももはや戦意を喪失しているようだった。ただひとり声を上げたエミリを眺めていた。
エミリは静かに少女のほうへと近づいて行った。これには祐太朗も声を上げたが、やはりエミリは大丈夫といわんばかりに祐太朗を制して、そのまま少女のほうへと向かった。
まるでスローモーションにでもなったようだった。エミリの足取りがゆらりと残像を描くように動いていた。少女も悠然と歩み寄って来るエミリのことを見詰めていた。
エミリが少女の目の前で立ち止まった。
「......何?」
トゲはあるが、やはり動揺を隠しきれていない口調で少女はいった。エミリは何も答えなかった。そんなエミリの様子に少女は声を荒げた。
「だから、何って聴いてんだよ!」
アグレッシブな姿勢を見せつつも、それはもはや悪あがきのようでしかなかった。エミリの口許が少しばかり動いたーーいや、動いたというよりは揺らいだといったほうが正しいだろうか。微かに漏れ出す吐息は静寂の中で空気を震わしながら静かに響いた。
エミリは泣いていた。
何もいわなかったのではなかった。何もいえなかったのだ。感情が昂り、声を震わして、今そこにある気持ち、感情をことばにすることが困難になっていたようだった。エミリの顔は涙でグシャグシャになっていた。表情は歪み、全身を震わして、内に秘めた感情を今すぐにでも爆発させてしまわんばかりだった。
少女はもはや呆気に取られるしかなかった。と、突然にエミリは少女の手を取った。本来ならば生きた人間が霊魂に触れることなど不可能だ。祐太朗のように常人にはない特別な霊勘、霊能力を持っているというのならまた話は別だが、霊勘も霊能力もまともに持っていないエミリには霊に触れることなど普通に考えたら不可能な話だった。だが、エミリの手は間違いなく少女の手をしっかりと握っていた。これにはふたつの要因がある。
ひとつはここがあの世とこの世を繋ぐ霊道であるから。霊道の中は生ある世界と死者たちの世界の中間だ。故に生きた者と死んだ者の身体が交わり合うこともなくはない。
そしてもうひとつは、少女がエミリに対してこころを開き始めていたからだった。
「辛かったね......」
エミリは鼻水をすすりながら今にも消え入りそうな声色でいった。
【続く】